悲しい時間、侍女のつぶやき。
新しい宰相様は、知り合いでした。
私の少女時代は、ひどいものだったと思います。
いじめられ、怖がられ、忌み嫌われ、蔑まれる。これでこんなにまっとうな人物ができたのは、すごいと思っていいはずです。はっはっは。
でも、そんなものに慣れ始めると、もっと恐ろしいことに気づきました。私は、感情を失いかけていたのです。
10歳頃でしたかね。気づいた時には愕然としましたよ。まったく気づきもしませんでしたが、私は傷ついていたらしいです。転んでも痛くなくて、いじめられても悲しくなくて。そのときの記憶は曖昧です。だから、彼のことも曖昧なのです。
キミは、感情がない。
そう、医者に言われた。
故に、私は、感情がない。
ずてっ。
転んだから、けがをした。
怪我をしたから、血が出た。
感情がないから、痛くない。
私は、家に帰らなくてはならない。
故に、歩く。
てくてくてくてく。
どすっ。
巨漢と、ぶつかった。
だから、巨漢は、怒っている。
感情がないから、怖くない。
私は、家に帰らなくてはならない。
故に、歩く。
てく。
「おい!どこ見てんだよ!」
「前を向いています。従って、前を見ています。」
「ああん!?」
「厳密には、道と木々、街並みを見ています。」
「あははははっ」
響き渡った笑い声。
「僕はナイト。君は?」
「おいてめぇ、割り込んでくんじゃねーぞ!」
知らない人に名乗ってはいけない。
そういわれた。
だが、ナイトという人物のことを私は認識した。
つまり、知っている人である。
故に、名乗ってよい。
「ルナ。」
「どこ行くの。」
「家。」
「どこにある。」
「村。」
「遠い?」
首を振る。
私は、家に帰らなくてはならない。
故に、歩く。
てくてくてくてく。
少年即ちナイトは、ついてきた。
私は家に帰り、彼もまた家に帰った。
引っ越してきた、「お隣さん」だった。
3か月がすぎた。
彼は私を恐れなかった。
「ルナは。嫌じゃないの?」
「何が」
「いじめ。」
「嫌じゃない」
「嬉しい?」
「嬉しくない。感情が、ないから。」
こんなことを聞いて得をするのであろうか。
感情が、ない私に。
「あるでしょ、感情」
「ない」
「根拠は」
「・・・ない」
あれ。私は感情がなくて、だから嫌われてて、友達がいなくて。
かなしくて。
あれれ。なんで?
「ある・・・?」
「ある。」
満足そうにいった彼は、「ご感想は?」と聞いた。
「疲れた、なぁ。」
彼に関する記憶は曖昧です。つい最近まで顔忘れてました。
けれど、いたことだけは確かです。その存在は、絶対です。私の、支えだったのに。
でも。
なんで。
どうして。
「死んだはずでは・・・」




