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Runner  作者: 赤井慎一
9/9

8.そして、前日

あれから約一週間が経った。

新藤里美は自分のデスクにこもり、せっせと仕事に勤しんでいた。浅井部長から罰として特大の仕事を言い渡されたため、この数日は仕事につきっきりで久伸や実に会いに行くことさえできないでいた。

明日はいよいよ春花クラシック副賞短距離レース第一ラウンドの開催だ。

つまり明日、春花クラシックの予選一回戦が行われるのだ。

このレースが終われば、年に四回行われる賭競争の最大イベント、四大グランプリの初戦、春花クラシックへの出場者が、最低一名は決まっているということだ。他にも春花クラシックの副賞レースは中距離、長距離と共に第一ラウンドが行われるため、明日が終わる頃には最低三名が決定しているというわけだ。

ワクワクする。いや、誰が勝つのかなどには興味はなかった。勝つのは松山選手だ。今だって相当きついトレーニングをしているに違いない。後は体調を万全に持っていけるかでほぼ決まりだ。

賭競争なんてあんまり興味を持っていなかったが、里美は久伸の走りに大きな興味を抱いた。あの子がこれからどういう道を歩み、有名になって賭競争を背負って立つ存在になるのか、先々ばかりに目がいって妄想にふける時も珍しくない。

「仕事は順調か?」

この声は!浅井部長だ!

今も里美は頭の中で、久伸が全クラシックを制覇し、四冠王、つまりグランドスラム(四大クラシックを全制覇したことへの総称。賭競争において、最も偉大な記録。過去に例はない)に輝くところを思い描いていたのだ。

「あぁ部長。なにぶん、量が量でして。」

「だろうな。ハハ。おかげで楽できてるよ。」

これはいじめか?部下を労る気持ちというのがこの人には全くないことはことわざ通り、火を見るより明らかだ。

「さあ、そろそろ教えてもらおうか。この間頼んでおいた仕事、新人レーサーのサポーターの話。それと次の日どこに何しに出かけたのか。」

まずい話題になった。あの日から部長は事あるごとにそのことを聞いてくる。まあ当然と言えば当然だが、こちらにも答えられない事情というものがある。その都度ごまかしてきたが、もう潮時だろうか。だが代わりの言い訳など、全然用意していない。

「まっあの日はおれが行ってもよかったんだがな。なんせ高木に会うのも久々なんだ。ちょいと様子見におまえを駆り出したんだ。」

「え?部長は高木さんと知り合いなんですか?」

間髪入れずに質問を返した。すると部長は顔を近づかせ、にやりと笑った。

「やっぱり、会えてたんだな。」

…図られた。ひどい。なにもこんな形で騙さなくても。

「う…。は、はい。」

完敗だ。やはり鈍感でバカ正直と言われる自分は、この人にはかなわない。

「よし、聞かせてもらおうか。」

またもや部長はにやりと笑う。だらしなく着込んだスーツの内ポケットからタバコとライターを取り出し、火を点けた。

気づけば周りには誰もいなくなっていた。腕時計でちらっと時間を確認してみるとランチの時間になっていたのだ。普通の会社と比べて少し広く場所を割り当てられているこの部屋にも、今は自分と部長しかいない。でもチャンスだ!ランチの時間なのだから昼食は当然の義務。

「では私はとりあえずランチに行ってきます。」

「そのまま退職届を書かされたくなかったらすぐに座れ。」

立ち上がって場を抜け出そうとしていた里美は動きが止まった。

もう逃げ場は完全に絶たれた…。

高木さん、松山さん、すいません…。




足の感覚がない…。

膝を軸に木の枝をくっつけて体重を支えているかのようだ…。

ここ数日間、地獄のようなトレーニングを行ってきた。それも今日で終わりだ。達成感というよりは、解放感を得られている。

明日レースだってのに、これでまともに戦えるのか。

松山久伸は、自分の部屋のソファに寝ころんだ。一晩寝るだけでこの疲れが癒えるのか。いや、きっと癒えないだろう。自分の力が半分も出せればいいほうじゃないか。

それでも久伸には、明日は何が何でも勝たなければならない理由があった。両親との約束。負ければ、即レーサー引退となる。

100%…いや120%の力を出し切らなけば。

なんせ自分はまだクラシッククラスでレースをしたことがない。どんな強豪が潜んでいるかもわからない。自分の力がどれだけ通用するかもわからない。でもやるだけのことはやった。明日は無心でひたすら走ってやる。走れることの喜びを…。同じ夢を追いかけている人達とグラウンドで戦えることを、精一杯噛みしめて。

そして勝つ。何が何でも勝つ。

久伸はそう自分に言い聞かせ、いつの間にか疲れから、ソファの上で寝てしまっていた。


そしてレース当日の朝は、小雨が降り続く中、訪れた…。

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