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Runner  作者: 赤井慎一
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2.風の始まり

都会を思わせる広い街並み。

その街から少し外れた住宅街。

住宅街を過ぎれば、一際寂しい風貌の田舎町が広がっていた。

山に登る傾斜の急な坂道。

その途中に一つの大学が建っていた。

この大学には広いグラウンドがある。

大学の陸上サークルたっての希望で作られたものだ。

そのグラウンドで松山久伸は走っていた。

快調に飛ばしている。

見慣れた風景が風を切って自分を運ぶ。

だが実際に動いているのは自分で、この感覚が得られれば調整は順調にきているということだ。

残り五十メートルのスパート地点まできた。

全身の力を振り絞り、懸命にゴールを追う。

ゴールしたと同時に走りを止めることなく、少しずつペースを下げる。ゴールから三十メートルくらい進んだところで、ようやくペースが歩みになった。順調だな。久伸は満足していた。この千メートルトラックは大学時代、よく走った馴染みのコースである。大学側から許可をもらい、卒業した今でも、ここを練習コースとしている。

「ラストスパートの50m、6秒代切る勢いだ。素晴らしいタイムだな」

声のする方へ顔を向けると、そこには、大学時代世話になった陸上サークルの先輩、高木実がいた。

「来ていたんですか。」

相変わらずの寝癖頭、それに煙草。癖のあるかすれ声。身だしなみもだらしがないときたら、もうどこかのおじさんにしか見えない。

「携帯に電話してみたんだが、出ないんでひょっとしたらと思って来てみたんだ。練習熱心なこったな。」

ふぅと煙草の煙を吐き出しながら実は言った。

「全く、そんな煙を吸って何が楽しいんですか。」

「楽しいわけじゃないさ。これは生活の一環だ。飯を食う、小便をする、睡眠をとる、この生活のリズムにタバコを吸う、が追加されただけだ。」

言い終わると実はにやっと笑った。

「ならその生活のリズムに寝癖は直す、身だしなみを整える、を追加してもらいたいですね。」

「まあそう言うな。めんどくさいだけだ。」

めんどくさいはこの先輩の口癖になっている。そのうち生きることさえめんどくさいと言い出しかねない。

「日曜日ということもあって、道が混んでるんだ。ここまで来るのに時間がかかったんだぞ。」

「来てくれなんて頼んだ覚えはありませんが。」

「レースが近いんだ。電話に出なきゃトレーニング中だと思うだろ。」

実はまたしてもにやっと笑った。

レースとは二千二百年、今から約五十年前に国から申請許可の下りた競技、賭競走のこと。

賭競走のレーサー約二十人がレースをし、誰が勝つか賭けるというものだ。

要するに競馬の人間編ということだ。

そして僕は、その賭競走のレーサーをしている。

現在、一週間後のレースに向けて調整中なのだ。そして実さんは、僕のサポーターをしてくれているのだ。若くして足を故障し、レーサーを引退しなければならなくなり、新しくレーサーとしてデビューする僕のサポーターになってくれると言ってくれたのだ。話す時はたいていこんな感じだが、感謝している。

「そろそろおれは帰ろうと思うんだが、お前も帰るなら送ってくぞ。」

「いえ。もう少し。それに帰る時も、徒歩か走りと決めてますんで。」

「そうか。無理だけはするなよ。レース直前でケガでもしたら元も子もないからな。と言うよりめんどくさいからな。」

そう言うと実は帰っていった。出たな、口癖。久伸はため息をつきながらも頭を下げた。

よし、もう一本いくか。

久伸は体の各所を伸ばしながら、ストレッチを兼ね、スタート地点へと歩いていった。




トレーニングを終えた久伸は、自宅へと向かっていた。

少し走りすぎた。

へとへとになったため、今日は歩いて帰ることにしたのだ。自宅はここから車で約十分のところにある。歩いて帰れば三十分くらいはかかる。トレーニングにはならないにしても、毎日続けていれば、積み重ねで結構鍛えられるのだ。最近では、バイト先にも走っていくことがある。車の免許は持っているのだが、やはり少しでも自分の体を鍛え上げておきたいのだ。

久伸は淡々と歩を進め、細い十字路を過ぎ、住宅街へと入っていった。すると久伸の横を一台の車が通り過ぎた。その車は数メートル先で停止し、エンジンが切れた。ドアが開き、運転手が出てくる。

「何度電話したと思ってるの?」

いきなり怒鳴り声を上げた。幼なじみの峯井由佳だ。

「あぁ悪い。トレーニング中で出れなかった。」

「あぁ悪いだけですむと思ってるの?あんたのせいでストレス溜まったわ。ハゲたら慰謝料とるからね。」

どういう摂理でそうなるんだ。

「おいおい、仕方ないだろ。いくら携帯でも電話に出れないことくらいある。」

「トレーニングを理由に自分を正当化するなんて、いい性格ね。」

どっちがだ…。埒があかないので話題を切り替えた。

「それで用件はなんだよ?」

「そうそう。今度レースでしょ?応援に行こうかと思ってね。レース会場の場所とか聞こうかと思って電話したの。」

その電話に出なかったがためにおれは怒鳴られたのか。

「あぁ場所なら…」

「とりあえず乗って。お腹減っちゃった。ご飯でも食べに行こうよ。」

人の話を遮ってそう言うと、さっさと車に乗り込んでしまった。なんて身勝手でマイペースなやつなんだ。幼なじみの腐れ縁だな。でもちょうど腹も減ってきたし、ご馳走になるか。

久伸はしぶしぶ助手席に乗った。

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