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よみがえれ、私の百面相!

異世界。


……それは、現実とは異なる世界。


どこの国がモデルかもわからない、解像度を下げたヨーロッパの様な外観に、1匹いたら30匹いる謎貴族……空を仰げばドラゴンが火を吹き、スライム相手に剣を振るっては杖を掲げる


…………そんな場所。



これは、そんな異世界を提供する者達と出会い、元子役であり現在は表情筋も死に絶えた絶賛冴えない一般人の佐藤洋子(さとうようこ)が失った自信を取り戻し第二の人生のスタートを切るまでのお話。

異世界。


……それは、現実とは異なる世界。


どこの国がモデルかもわからない、解像度を下げたヨーロッパの様な外観に、1匹いたら30匹いる謎貴族……空を仰げばドラゴンが火を吹き、スライム相手に剣を振るっては杖を掲げる


…………そんな場所。


受験や就職、会社のノルマなんか気にしなくていい


…………そんなユートピア。








『フッフッフ……よくぞ人間の分際でここまで生きて来られたものだ。』




暗雲立ち込める石造りのおどろおどろしいお城の玉座に、威厳たっぷりにもたれかかる魔王が見下ろす先には愉快な人影が4つ。




『へ〜んだっ!あーたなんか、勇者ちんとアチキ達でけっちょんけちょんにしてやるんだから!』




1つは、おっきなブーメランを担ぎ、麗しい口紅が目を引くガタイのいい曲芸師。




『あら、見当違いも甚だしいですわね?勇者様のすごいところは、『生きて来られる』ところではなく、『生きて帰る』ところですわ♪』




もう1つは、ローブの袖にすっぽりと収まった小さな手で杖を握り上品に微笑む、華奢な魔法使い。




『勇者殿!ほっこりしているところ恐縮でござるが魔王はかなりの強敵、力を合わせて世界を救いますぞ!』




さらにもう1つは、大人の身長くらいはありそうなイカつい斧を肩に担いだ、上半身が見事に逆三角形なムキムキの戦士。




『……うん!みんな、勝つよ!』




そして最後の1つは、左手に盾を持ち、右手の剣で魔王をまっすぐ指して勇み立つ勇者。


もはや陳腐とも言えるど定番なこの異世界で、『2人』の戦いが始まろうとしていた。




……え?『5人』の間違いじゃないかって?


所がどっこい、間違いではありません。だって……、




勇者以外、全部私なんですから……ッ!




『笑止!返り討ちにしてくれるッ!!』




まずこの無駄にデカくて、修学旅行中の中学生がノリで買っちゃいそうなマントを羽織った魔王が私で、




『皆さん、守りを固めますッ!』




このブッカブカのクッソ動きにくいセレブのパジャマみたいな格好で、杖を掲げてエッホエッホしてる魔法使いも私。




『先制攻撃よんっ♪』




普段なら恥ずかしくて絶対できない逆バニー装備を身に(まと)い、クネクネしながらブーメランをほっぽってるのも私で……、




『連撃でござるッ!』




ブーメランパンツというパーティ内でまさかの露出狂被りを起こし、曲芸師(じぶん)が放った攻撃に息を合わせて魔王の脛を木こりのように的確に狙うのも私。




『たぁぁあッ!』




勇者(これ)だけ別人。




……はい、そうです現在1人4役で異世界を回しております。


なんなら王様とか道中の魔物とか、この勇者以外はぜ〜んぶ私。


喋るときだけお化けみたいに、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)に乗り移っては自然に会話を繋げます。




『くらえっ!』




勇者が魔王に良い攻撃を入れると、視界の端っこにゲームのテキストメッセージみたいな指示が出てきました。




→[ゆめ殿 そろそろ第二形態 ですぞ!]




そうそう、「ゆめ殿」というのは私のことです。


魔王が消耗してきたみたいなので、軽く返信して魔王に乗り移りましょう。




[はーい♪]→




……これでよし。




『ぐおぉ……、やるな勇者よ。私も本気でいかせて貰うぞ……ッ!!』




足を広げて背中を丸め、俯いた額の前で腕をクロス。ブルブルと全身の筋肉を震わせる仕草で雰囲気を演出!そして魔王は第二形態へ。




『なんでござるか……?』


『もしかして、なんかヤバちん……!?』


『まだ全力ではなかったというのですか……!?』




おっと、リアクションも忘れちゃいけません。戦士、曲芸師、魔法使いへと一言ずつ喋っては別のキャラクターへ。……ああ忙しい。




『大丈夫だ!みんな、このまま押し切ろう!』




もちろん勇者は自分以外み〜んな私だなんて知りません。これでも私は元・天才子役♪そのプライドにかけて、悟られることなくエンディングまで演じ切ってみせましょう……!


……え?私が何者か、ですか?


私は、




→[良いわよゆめちゃん! いけいけー!]

→[やられるのが お仕事 なんだって……]




…….その前に、『我々』は。




とある志を胸に、希望を失った人に異世界を提供している者とでも言いましょう。




『これで終わりだ!魔王ッ!!』




……おっと失礼。




『ぬぐわぁぁぁああ……ッ!!??おのれッ、人……間、がぁぁぁあああ!!!』


『はぁ……、はぁ。終わった……わね。』





……お待たせしました。


まあそのつまり、ご覧になってお分かりのとおりです。


現在お送りしている『勇者と魔王の世界』……コホン。改め、






この異世界は我々の提供でお送りします♪






魔王が倒れ塵になると、視界の端っこにはトークアプリの如くメッセージがなだれ込んで来ます。




→『ゆめちゃん お疲れ♪』

→『デュッフフフフフ♪ 今回も 見事な断末魔 でしたぞ?』

→『お腹 減った……』




まったく、送ってくるのは指示だけで良いのに……困ったものですね♪




『はいはい もうちょっとで 終わりますんで……!』→




それで、『私が』何者かなのですが、話せばちょ〜っと長くなります。


あれは私、『宇津図(うつず)ゆめ』が、まだ『佐藤洋子(さとうようこ)』だった頃のお話……。










某日、某面接会場。




伸ばせばおへそに届きそうな髪を一つ結びにして、綺麗なスーツを身に纏った女性が1人。


これが私、佐藤洋子(さとうようこ)である。



「では佐藤さん、あなたが一つのことをやり遂げた経験と、そのときの苦労や、やり遂げた過程などがあればお答えください。」


「えと……、」




採用面接に赴いた佐藤洋子(さとうようこ)は、長机の向こうに並んで座る面接官達の、獲物の隙を伺う猛禽類のような眼差しにしどろもどろしていた。




「…………。では佐藤さん、」


「はいっ!?」




抑揚のない面接官の声と諦観の眼差しが呼吸を浅くする。




「……あなたが過去に、チームの目標達成のために貢献したあなた独自のアイデアや体験があればお答えください。」


「えと、その……。」




やり遂げた……『成功体験』の質問を堺に言葉に詰まってしまったこの日の面接の結果は考えるまでもなく、後日無事に今後の活躍を1通のメールで祈られた。




「はぁ……。」




そんな調子で今年も私は、空もまだ仄暗い月曜日の早朝から、人っ子1人いない公園のブランコに腰を下ろす。


こんな時間から何をしているかといえば、




「創業は1975年、社長の名前は大金持男(おおがねもつお)。本社の住所は……、」




もう何社目かもわからない、今日の面接先の暗記である。


本当なら今頃は内定も取って新卒一年目のスタートを颯爽と決めているはずだったのだが……、現実はもう1年遊べるドン。


この永遠に続く様な面接ラッシュの日々が、これ以上祈られると宗派ができてしまいそうだと私を軽く鬱にする。




「……よし、頭に入った。」




むか〜しは子役だったこともあり台本の暗記は死ぬ程してきたので、会社の事前知識をインプットする事など造作もない。10分もあれば下手な社員よりその会社に詳しくなれる。


けど……、




「これで内定取れたら苦労しないんだけどな……。」




問題がそこじゃないのは重々承知している。 




「『やり遂げた』……、『貢献した』……。」




ぼんやりと呟いたこの二言に、私は呪われている。かつて……子役時代の私は、


戦禍に泣き叫ぶ孤児だって、


魔法少女みたいなフリッフリの格好したお料理アイドルだって、


恋を知って過去に失った笑顔を取り戻す鉄仮面だって、


望まれればなんだって完璧に応えてみせた。


怪演と称される己の演技力1つで、子役を夢見る年の近い子の努力や希望も、その子の親御さんの妬みや憎悪も全て捩じ伏せて見せた。




「アレが無ければなぁ……。」




そんな私が子役を引退し、冴えない一般人として就活2年目を迎える羽目になった原因となる出来事は、中学2年生の頃に起きた。




……母が不倫して、私を連れ去った。




当時の母曰く、好きでもないのに娘よりも稼ぎの少ない男のそばにいる理由なんて無い……らしい。


ある日を堺に家に帰らなくなった母と私を不審がった父は、探偵を雇いすぐに母の不倫を突き止めた。


父の方は娘を心配する良い親……なんてことはなく、母が私を連れ去ってから、父が私に会いにきたことは一度たりともなかった。


じゃあ父が探偵を雇ってまでしたことはといえば……。本人から聞いたわけではないが当時中学生の私でも見当はついた。




母に連れ去られてからも私が子役を続けていると、ある時期を堺に私の仕事がパタリと無くなった。


周りにいた大人の人は気を遣ってか、私に直接言うことはなかったが、母の不倫をそこかしこで噂するようになった。


母の不倫はどのニュースにも雑誌にも載っていなかった。母も自分から不倫を公表するなんてことはしていない。




父が、私をよく思わない人間に母の不倫を告げ口した……のだろう。




程なくして、私は子役を引退し、私の稼ぎは慰謝料という形で根こそぎ父へ。


私の周りに残ったのは、親に不倫された私に向けられる同情の眼差しか、ざまあ見ろというかつて私を妬んでいた大人の目か、枯れた井戸でも見るかのような母の乾き切った視線だけとなった。




誰からも愛されてなんていなかった……。中学生だって、そんな経験をしてしまえば嫌でも悟る。


それから私は笑わなくなった。表情筋も思うように動かなくなり、俯くことが増えて背中も丸まった。


心も身体も錆びたおもちゃのようになってしまった私は、もう昔のようには動かない。


そんな『私』が何を『やり遂げ』、何に『貢献』できようか。


……私だったら私を採用しようとは思わない。




「……はぁ。」




胸に溜まった今の空模様みたいな仄暗い空気を吐き出すと、一台のそこそこ大きなトラックが公園の前の道路をゆっくり、ゆっくりと通り過ぎて行くのが視界に入った。




「トラック……。」




腰の曲がったお婆さんくらいの速さでノロノロと遠ざかっていくトラックを見ていると、いつかどこかで読んだ本に出てきた言葉が頭をよぎる。




「『異世界』……。」




異世界。


……それは、現実とは異なる世界。


どこの国がモデルかもわからない、解像度を下げたヨーロッパの様な外観に、1匹いたら30匹いる謎貴族……空を仰げばドラゴンが火を吹き、スライム相手に剣を振るっては杖を掲げる


…………そんな場所。


受験や就職、会社のノルマなんか気にしなくていい


…………そんなユートピア。





「あれに轢かれれば…………。」




希望のない現実に辟易(へきえき)した主人公がある日、ちょうどこんなトラックに轢かれて目を覚ますと異世界に転生していた……。


大概の異世界ものはこんな導入で始まる。


つまり異世界ものを知る人にとって、トラックは荷物だけじゃなく異世界も運んでくれる存在というわけだ。




「……ッ!?私、何を……!?」




あらぬ衝動に浮きかけた腰を、ベンチに押さえつけるように勢いよく座り直す。




「運送の人も大変だなぁ……はは。」




まだまだ時間に余裕があるが、左腕の時計の針をじっと見て自分を現実に引き戻す。




「……。」




そしてもう一度トラックに視線を戻す。




「……こ、これはただの好奇心だから。」




虚空に言い訳をして腰を上げ、トラックの跡をつける。


やがてトラックは近くにある1車線しかない小道に入り、角までもう少しという所で停車した。




「うわぁ、変な所で止まるなあ……。」




邪魔もいいところだが、こんな早朝では人も車も他に見当たらないし、まあこんなものかと満足して踵を返したその時だ。


真後ろ……トラックが停まっていた辺りからものすごいエンジン音が轟き、間髪入れずに激しい衝突音が続いた。




「え……ッ!?」




トラックはすぐ停まった様で、車体の頭……?の部分だけ道にはみ出した所で停車していた。


慌ててトラックの正面に回ってみると、1人の少年が倒れていた。


高校生くらいだろうか?出血はしていない様だが、ピクリとも動く気配がない。


……追突事故だ。




「どどど、どうしよ!?……そうだ、救急車!」




救急車を呼ぼうとスマホを取り出すと、後ろから誰かに、ババ抜きのカードでも引くかの様な小慣れた手つきでスマホを取り上げられた。




「え……?」




振り向くと、そこにはスーツ姿の男性二人組がいた。




「驚かせてしまって申し訳ない。」




スーツの1人に、営業マンも青ざめる見事なお辞儀とともに謝罪の言葉をかけられた。




「彼は必ず病院まで無事に送り届けますので、どうかご内密に




スーツの言葉を聞き終える前に、微かに火花が散る様な音がしたかと思うと、私の意識はそこで途切れた……。








「…………んん、」




目を覚ますとそこは病室だった。


顔を上げると、前にはさっき倒れていた少年がベッドに寝かされていた。


頭に何か、昔の特撮番組にでも出てきそうな、電飾が角の様に生えた銀色のヘルメット的な物をつけているが、生命維持装置だろうか?


ともあれ、少年の無事に安堵し胸を撫で下ろ……




「……あれ?」




せない。


撫で下ろす手が動かない。




「ん?……んん?」




思う様に、というかまったく動かせない手足に困惑して首から上をキョロキョロさせる。


私の身体は、ドラマとかで誘拐犯がよくやる様な、椅子に座ったままの姿勢で拘束されていた。




「……目、覚めた?」




突然両肩に手を置かれ、ハキハキとしたカッコよくも優しい声が耳をくすぐった。




「ななな、なんですかこれっ!?」




声がした方を振り向くと、そこにはキャリアウーマンという概念を擬人化でもしたかのような、30手前くらいのイケてるお姉さんの笑顔があった。




「……そのまま。」




イケてるお姉さんが私の前に回り込み、病院の先生みたいに私の瞼と目の下を指で広げると、真剣な眼差しで私の目を見つめた。




「意識障害とかはなさそうね。……良かった♪」


「どうも……。」




手を離してもらい、とりあえずペコリ。


『良かった』なんて……誰かに身を案じて貰ったのはいつ以来だろうか。




「……じゃなくて!なんで縛られてるんですか私!?」


「う〜ん……、守秘義務?」




イケてるお姉さんはどこからか丸椅子を持ってくると、肩がくっつく距離に並んで腰を下ろした。




「なんですか守秘義務って……、まさかあの子!手術されて怪人にされちゃうんじゃ……!?」


「それはな


「はっ!?もしかして次は私の番……。」


「ないわよ?」


「身近な生き物っぽいフォルムに改造されたらバッタみたいな人にけしかけられて、そのまま蹴られて爆散しちゃうんだ……。」


「おーい?」




イケてるお姉さんは洋子の前でヒラヒラと手を振るが、洋子は涙ぐむばかりで聞く耳を持たない。




「いや、このままどこにも雇われず生ける屍になるくらいなら……大義を胸に爆散する方がマシか……はは


「うりゃ。」




イケてるお姉さんが両手のひらで洋子のほっぺを挟んで黙らせた。



「ぅむ……っ!?」


「……落ち着いた?」


「…………はい、すみません。」




あれ……?捕まってるのになんで謝ってるんだろう?




「じゃあ、解いてあげる♪」




大人しくしていると、イケてるお姉さんは体を縛っていた紐を解いてくれた。




「……良いんですか?」


「ええ♪だってあなた縛られるような悪いこと、何にもしてないでしょ?」


「そりゃあそうですけど……って、なんなんですかこれ!?お姉さんもしかして、轢き逃げスーツの中間だったり……!」


「轢き逃げスーツ……。」




イケてるお姉さんが目をパチクリさせたかと思うと、何故かお腹を抱えて爆笑しだした。




「……ふふっ。アッハッハッハ//////」


「な、なんですか……ッ!」




洋子が怒っていると、病室の入り口からチェック柄のシャツにジーパン姿の二人組が入ってきた。




「おかえり、轢き逃げスーツどもwww」




イケてるお姉さんは目にいっぱい涙を溜めて半笑いで2人を迎えた。




「な、なんですぞ!?」


「穏やかじゃないね……。」




どこかで見た格好だな、と思っていたが、『ですぞ』でピンと来た。


この2人……、バリッバリの、絵に描いたようなオタクだ。


っていうか『轢き逃げスーツ』ってことは……、




「え?まさかこの2人、朝のスーツの人と同一人物……!?」


「ええ♪轢き逃げスーツその1とその2よ♪」


「嘘ぉ!!??」




轢き逃げスーツその1はニタニタとダブルピースをし、轢き逃げスーツその2は写真に撮られ慣れていない人みたいに真顔で片手だけ指の曲がったピースをした。




「…………って、なんなんですかあなたたち!?その子に何するつもりなんですか!?」




色々気になることはあり過ぎるが、まずは少年の身を案じなければ。


洋子は轢き逃げスーツ達とベッドの間に割り込んで3人を威嚇した。




「何って……。」


「言われましてもなあ?」


「『何するつもり』?……そんなの決まっているじゃない♪」



轢き逃げスーツ達が顔を見合わせていると、イケてるお姉さんが並んでいる2人の肩を押し除けて真ん中に颯爽と割り込んだ。




「私たちはこれから彼に……、『異世界を提供する』……ッ!」




イケてるお姉さんが舞台役者の様な凛々しく張りのある声で高らかに宣言すると、背筋を伸ばし右腕を斜め45度に下げ、左腕を斜め45度に上げてカタカナの『イ』を彷彿とさせるポーズをとった。




「「()ーーッ!」」




轢き逃げスーツ2人も同じポーズをして裏声で叫んだ。




「……………………、は?」




え、今なんて?異世界を……提供?


……何言っているんだこの人たち。




「あなたはそこで見ていなさい?」




イケてるお姉さんが洋子の両肩に手を置くと、そのままゆっくり体重をかけて椅子に座らせた。




「呼吸、脈拍、異常なし……。いけるよ。」




轢き逃げスーツその2が小さいけど低くてよく通る声でこちらにサムズアップした。




「デュッフフフフフ♪始める以外あり得ないwww」




轢き逃げスーツその1は少年に被せてあるヘルメット的なものから出ているケーブルの先にある機械を弄りながらキーボードを展開させ、下品に笑った。


どちらも声が籠っている様に聞こえたが、よく聞かなくても滑舌が良く一音一音がスッと耳に入ってきた。




(この人たち、発声の基本ができてる……。)




元子役の洋子は、2人が敢えてコッテコテのオタクを演じていることを察した。




轢き逃げスーツ2人がそれぞれのキーボードにホームポジションで手を置くと、病室の壁に、プロジェクターで映し出した様な鮮明な映像が現れた。




「おお……!?」


「驚くのはまだ早いわよ?」


「テンプレート1、『勇者と魔王の世界』……。」




轢き逃げスーツその2がどこかのキーを押すと、お城の中……玉座の前だろうか。魔法陣の上に倒れている少年がゲーム画面の様な三人称視点で映し出された。




「これ……あの子?」


「そう、あの子。」




映像の中で倒れている少年はベッドの上で寝ているままの服装だったので、誰が見ても少年だと一目でわかった。




「チュートリアルが始まりますぞwww」




轢き逃げスーツその1が高笑いすると、映像の王様が喋り出した。




『おお!よく来てくれた勇者よ!』


『勇者……?』




映像の少年が戸惑っていると、




『はい♪あなたはこの世界を救うべくして呼び出された勇者です♪』




王様の後ろから現れた女神様が少年に語りかけた。




『僕が勇




「おっと、間延びはさせないよ……。」




轢き逃げスーツその2がカタカタとキーボードを鳴らすと、すかさず映像の王様が少年のセリフに被せて喋り出した。




『急ですまないが、この国は魔王によって滅ぼされようとしている。』


『魔お


『そうじゃ。魔王はとても強くて恐ろしい。我々の戦力ではとても……。』




「デュッフフフフフ♪拙者もあやかりますぞwww」




轢き逃げスーツその1もカタカタとキーボードを鳴らすと、映像の女神様が一歩前に出た。




『お願いです勇者様!そのお力で世界をお救いください!』




映像の王様と女神様は、まるで轢き逃げスーツ達に糸を引かれているかの様に、喋らせる隙を与えず映像の少年を勇者と祭り上げてはどんどん話を進めていった。




「あの……、どういうことですかこれ?」


「フフ♪見ての通り、『もの』が王様を、『そとで』が女神様を動かしているのよ。」




イケてるお姉さんは轢き逃げスーツその2を『もの』、轢き逃げスーツその1を『そとで』と呼んだ。




「じゃああの、映像の少年は……?」


「あれはあの子自身の意識よ。」




イケてるお姉さんがベッドに寝かされた少年を指差した。




「わかりやすく言うなら、これは『超』体験型ゲームみたいなものね♪」


「『超』体験型……あ!もしかして『異世界を提供する』って言うのは……。」


「あら?勘のいい子は大好きよ♪」




イケてるお姉さんがむにゅっと私のほっぺを人差し指で(つつ)いた。




「……。」


「ご推察の通り、『もの』と『そとで』がキャラクターを動かして、『勇者と魔王の世界』……、異世界を体験させているの。」


「なんでわざわざそんなことを……?」


「それを理解してもらうには現実的な話をしなきゃならないけど……聞いてくれる?」




初めはがんじがらめにされてどうなることかと思ったが、ここまの話しぶりから、この人たちは自分に危害を加えようと言う意思はなさそうだ。


洋子は頷き、イケてるお姉さんの話を聞くことにした。




「ありがとう♪まずはこの国、世界の現状……あ!現実(リアル)のね?」


「現状……。」




イケてるお姉さんは身体をまっすぐこちらに向け、少し前のめりになって話し始めた。




「そう。もうここ数十年、子どもが全然産まれなくて将来の人口が不味いことになっているのは知っているわよね?」


「少子化ですね。」


「そう。だからお偉いさん達は子どもが産まれるように〜!って色々やっているんだけど……。」


「子育て支援……とかですか?」


「あら、頭良いのね♪」




イケてるお姉さんが優しく頭を撫でてくれて、思わず頬が緩むような気がした。


もっとも、とうの昔……子役を引退してから死んだ私の表情筋にそんな器用なことはできないのだが。


思えば、最後に誰かに頭を撫でて貰ったのは…………、悲しくなるから考えるのはやめよう。




「……でもそれだけじゃダメなの。」


「子どもが増えれば解決じゃないんですか?」


「もちろんそれも大事よ?……でも問題はその後。」




声は優しいままだったが、イケてるお姉さんの眉はちょっぴり吊り上がり、深刻な表情になった。




「せっかく生まれた子どもたちが自殺しちゃったら元も子もないの。」


「自殺……。」




イケてるお姉さんが立ち上がり、ベッドの上の少年の横まで歩いて少年の手首を持ち上げると、そこには刃物で幾重にも斬りつけたような痛々しい痕があった。




「SNSが出てきてから、若い子たちは他人のキラキラした人生の『奇跡の一枚』を間に受けて『自分はしょうもない人間だ』、『環境が悪い』、『このまま生きていてもしょうがない』って……自信を失っちゃったの。」




子役を引退し、冴えない一般人に落ちぶれて就活2年目を送っている洋子には少年の境遇が容易に察せられてしまった。




「そして自己肯定感を失った若い子たちは……。」




ここに来る前、トラックを見てあらぬことを考えたばかりの洋子にはイケてるお姉さんの言葉の先がわかってしまい、なんだか胸に杭を打ち込まれた様な重い感覚を覚えた。




「そんな若い子たちに残された希望…………、なんだかわかる?」




イケてるお姉さんが洋子の隣に戻って来た。




「希望が、あるんですか……?」


「……『異世界転生』。」




ここまで真面目に話をしてきたのに、唐突に話が目の前で繰り広げられているシュールな光景とつながった。




「今は、ほんの娯楽でしかないけれど……私たちはここに活路を見出した。」




すっとんきょうな話だが、イケてるお姉さんの真剣な眼差しに思わず唾を飲み込んだ。




「生まれや育ちに関係なく、若い子たちにすんなり受け入れてもらえる『成功体験』の舞台……。そう考えたら、この『異世界』ほどうってつけなものはないでしょ?」




イケてるお姉さんが壁に映った映像を指差すと、そこにはボロボロになりながら轢き逃げスーツ達が操作する仲間と共に剣を振るい魔物を斬りふせる少年の晴れやかな顔があった。




「『成功体験』の、舞台……。」




〜〜〜


『では佐藤さん、あなたが一つのことをやり遂げた経験と、そのときの苦労や、やり遂げた過程などがあればお答えください。』


『……あなたが過去に、チームの目標達成のために貢献したあなた独自のアイデアや体験があればお答えください。』


〜〜〜




自分の口から出た『成功体験』と言う言葉に反応して、嫌な記憶が脳裏を駆け抜けた。




「そう!そして『成功体験』は人に自信……、自己肯定感を与えるの!」




イケてるお姉さんの言葉に熱がこもった。




「つまり……お姉さん達は今、この子に『異世界を提供する』ことで『成功体験』を積ませて……自身を与えて、自殺を止めようとしている……ってことですか?」


「よくできました……♪」




イケてるお姉さんがまた優しく頭を撫でてくれた。




「そっか……。お姉さん達って、良い人たちなんですね♪」


「そんなことはないわよ?」


「え……。」


「だって轢き逃げも誘拐もしたし。」


「あ〜……。」




さっきからパソコンに向かう2人を轢き逃げスーツ呼ばわりしていたことを思い出して、なんだか気まずくなった。




「それに、これはただの慈善営業じゃないのよ?」


「儲けなんて、出るんですか……?」


「そこはお偉いさんから、ちょ〜っとばかしおこぼれを……ね☆」




イケてるお姉さんはパッチリとウインクした。




「もしかして……山吹色のお饅頭ですか!?」


「例えが渋いわね……。」


「はっ!?すみません……!」




子役時代に、閉め切られたお屋敷の一室でお饅頭の箱の下に隠された小判を見てニヤつくおじさん達を目撃してしまい刀で斬り殺される少年の役をやったことがあったのだが……渋かったか。




「……良いわ。気に入ったからもうちょっと教えてあげる♪」


「あ、ありがとう……ございます?」




イケてるお姉さんの言葉で思考が今に引き戻された。




「私たちがしているのは遠回しな『自殺の阻止』な訳だけど……一般人1人がどのくらいの経済効果を生み出すか、考えたことはあるかしら?」


「ないです……。」


「まあ、就活中じゃ仕方ないわよね?」




イケてるお姉さんはまた頭を撫でてくれた。




「ものすご〜く、頭の悪い丼勘定(どんぶりかんじょう)をするわよ?独身の一般人の平均年収が350万円、50年働くとして……、はいっ!いくら?」


「ええっ!?……んと、1億7千500万円ですか……?」


「いい調子よ♪」




洋子のイケてるお姉さんへの警戒心は風の前の塵のように、何処かへとふっ飛んでしまっていた。




「でもそれは稼ぐだけのお金ね?一生かかってそのお金を使うから、実際はその倍……、


「3億5000万円っ!」


「大正解♪」


「えへへ///」




いつの間にかイケてるお姉さんのなでなでに頭が吸い寄せられるようになっていた。




「このお金から色んな税金が発生するって考えたら、偉い人たちにとって『儲けもの』なのはわかってもらえるかしら?」


「はいっ!」




「「大変です『まとめ』さんッ!!」」




和やかな雰囲気でイケてるお姉さんとお話ししていると、突然轢き逃げスーツ達が予断を許さない雰囲気で声を張り上げた。




何事(なにごと)?」




さっきまでと一変して、イケてるお姉さんは今日一番深刻な表情に切り替わった。


洋子はこの表情に既視感があった。子役時代に周りの大人がしていた……働く人の顔だ。




「少年が炎属性の武器持って多段判定のバフを積みまくってるお陰で、このマシンのスペックでは炎の描画が処理しきれなくなりそうですッ!」




映像を見ると、いつの間にか映像の少年は炎の装飾が施された剣に装備を変更しており、バフがかかっているのか、ほんのり水色の光に包まれていた。




「しかもこの少年、再生持ちの炎属性の魔物相手にゴリ押しを仕掛けているせいで、敵も味方もフィールドも炎上してダメージ処理も……!」


「ああ、なんてこと……。描画範囲を縮小してでも戦闘が終わるまで持ち堪えなさいッ!」


「「もうやってます!?」」




映像をよく見ると、空は水色一色で雲ひとつなくなり、足元の草原は健康マットのような黄緑一色になっていた。




「処理落ちなんてしたら少年の意識が戻ってこられなくなるかもしれないのよ!?魔物をハリボテにしてでもなんとか持ち堪えて……ッ!!」


「「やってますぅ〜!!??」」




心なしか映像の少年の解像度も下がっている気がするが、それでも余談を許さない逼迫(ひっぱく)した状況になっていた。




「強制的に少年を排出しますかッ!?」


「やむを得ないか……!」




なんとかできないものかと映像を凝視する。


画面には轢き逃げスーツ達が操作する仲間3人に大きな魔物が1匹。


仲間の装備はブーメランに、魔法の杖にもう1人魔法の杖……に見えるでっかい棍棒。


そして黄緑一色の足元の遠くに空よりもちょっと濃い水色のエリアがあるのを見つけた。


……水?




「お姉さんッ!」


「後にしてッ!!」




こちらに取り合っている余裕がなさそうなので、轢き逃げスーツ達の機械から伸びているケーブルの先にあったもう一つのヘルメットを被った。




「何をしているのッ!?」


「私の意識をブーメランの人に送り込むことはできますか……ッ!?」


「「何を!?」」


「……どうなの?」




びっくり仰天してる轢き逃げスーツ達とは対照的に、イケてるお姉さんは眉一つ動かさなかった。




「技術的に『可能』ではある……。」


「キャラ数が増えなければ容量の圧迫もありませんぞ。だがしかし……、」


「私が直接あの少年に、武器を変えるように言ってきます……!」


「『言ってくる』ったって、キャラクターのセリフはテンプレートしか


「だから『行って』、生身の私が『直接私の言葉で伝える』んです……ッ!」




少年が映像の中でテンプレートから外れた行動ができるなら、私も同じ原理で映像の中に入ればテンプレートから外れた行動……例えば少年をぶん殴って武器を没収したりもできるはずだ。




「なるほど……。」




イケてるお姉さんは顎を触って考え込む様な仕草をした。




「お願いしますッ!」




さっきまでの話ぶりでこの人たちが悪いことをしている人たちではないのはわかった。


みんな少年に異世界を提供しようと真剣に……、働く人の顔になっていた。




この人たちに失敗してほしくない。




そう思ったら、身体が勝手に動いていた。




「緊迫した戦況で、ただ『言うだけ』ではあの少年に届かないわよ?何か策があるのよね……!?」




イケてるお姉さんが猛禽類の様な視線でこちらの目をまっすぐ射抜いた。




「あの魔物を水溜りに()かしますッ!」




健康マットの中に見つけた空よりちょっと濃い水色……。解像度が落ちる前はでっかい水溜りだったはずだ。


でっかい魔物を水溜りに()かして水飛沫(みずしぶき)を巻き上げれば自然な形で炎を消せるはず……!




「ひいっ!?操作が重くなり始めましたぞ!?」


「……30秒。それ以上は命の保証ができない。」


「それだけあれば、充分……ッ!!」




力強く頷き、ベッドに横たわって目を瞑る。




「『そとで』!『もの』!聞いてたわね!?30秒……、死んでも持ち堪えなさいッ!!」



イケてるお姉さんが凛々しい声を張り上げて高らかに宣言すると、背筋を伸ばし右腕を斜め45度に下げ、左腕を斜め45度に上げてカタカナの『イ』を彷彿とさせるポーズをとった。




「「()ーーッ!」」




轢き逃げスーツ2人が続いて裏声で叫んだ。




「……、」




一瞬頭がガクつくような感覚を覚え、目を開くと目の前にはさっきまで映像で見ていた勇者、改め少年の背中があった。


視線を落とすと、自分の袖が映像で見たブーメランの人のものになっていた。


足元を見ると、草原だったはずの地面は今や、健康マットみたいなローポリゴンの黄緑一色……。映像、少年の異世界に入り込んだことを実感した。




……時間がない!




与えられた時間は30秒。




『いっくわよーーん!』




映像で見てインプットしたブーメランの人の口調を、動きの癖を、攻撃を再現する。




できる……!


引退して表情筋も死んで体も硬くなってたけど、映像の中でなら関係ない!現役の頃みたいに、やりたい演技が意のままに……ッ!




普段なら持ち上げることもままならなそうなでっかいブーメランを投擲し、魔物のこめかみを狙う。




「ややっ!?あの子、補助無しで攻撃モーションを完コピしましたぞ!?」


「『まとめ』さん、あの子いつの間に……。」


「『いつ』?……そんなの、私があの子とお喋りしている間しかないでしょう。」


「こりゃあ驚き桃の木でありますぞッ!?着弾に合わせてクリティカル出しますぞ!」




そんな病室の会話はつゆ知らず、魔物のこめかみにブーメランが着弾すると、クリティカルのエフェクトが出て魔物は大きくよろけ、そのまま水色一色の水溜りに……こけた。




「ここが正念場でありますぞッ!?」


「水しぶきに重なった炎を消す。……あと魔物が再生できないようにしておいた。」




映像の中でこけた魔物は膝をついて立ち上がった。




『フッフーン?あーた、もしかしてお風呂嫌いなのねん?さっきまでモリモリ治ってたキズがお似合いよん♪』




ブーメランの人、改め曲芸師になった洋子が自分のこめかみを人差し指でトントンと叩いて煽った。




『お風呂……、まさか!水を浴びたから……!?』




よし!少年……いや、今は勇者か。なんか良い感じに解釈してくれた……!




『勇者ちん!あの子はシャワーをご所望よん!』




洋子はバレーのようにクルクルと回ってビシッと魔物を指差した。




『水か……。よしっ!』




勇者は水色の剣に装備を切り替えた。




『行くよみんな!』




勇者の鼓舞に応えようとしたところで洋子の視界が暗くなり、寝落ちした時のようなガクンと意識が落ちる感覚がした。





コチャ…


ちゃん……!




「洋子ちゃんッ!」


「はっ!?」




どのくらい眠っていたのだろうか。


目を開けると病室の天井と、今にも溢れそうな程に目にいっぱいの涙を溜めたイケてるお姉さんの顔があった。




「あれ……、私……。」


「良かった……ッ!!」




上半身を抱き起こされたかと思うと、そのままお腹のところで千切れてしまいそうなほど強く抱きしめたれた。




「ぐえ"っ!?」


「……あ。ごめんなさい!?」




イケてるお姉さんは離れると、目に溜まっていた涙を拭った。




「戻ってこれたんだ……。」




ブーメランの人で生涯を終えなかったことに安堵し、引っ張られて少年のことを思い出す。




「そうだ!あの子は!?」




少年が眠っていたベッドを見ると、スヤスヤと寝息を立てる少年の姿があった。




「……お陰様で、順調だよ。」


「いやはや、貴殿の勇気には敬服しましたぞ。」




轢き逃げスーツ達から、カタカタとキーボードを打ち鳴らす傍らで声がかかった。


壁の画面を見ると、さっきよりも装備が豪華になった少年が仲間を連れておどろどろしい城内を散策している。


カタカタと鳴るキーボードの音がさっきよりも緩慢になっていることから、どうやら無事に山場を越え、異世界を提供し続けられているようだった。




「良かった……♪」




今度こそ胸を撫で下ろす。




「大丈夫?痛いところない……!?」




イケてるお姉さんは心配そうに洋子の手や足をキコキコ曲げては伸ばしていた。




「ええっと……大丈夫、です。」


「……最終決戦だね。」


「はいはーい!今回は拙者が魔王動かしますぞ!」




轢き逃げスーツその1がキーボードを打ち鳴らす。




『ほう……貴様が勇者か。』




「じゃあ僕が仲間動かすね……。演出はよろしく。」




轢き逃げスーツその2もキーボードを打ち鳴らす。




『そ


『へんっ!あーたなんか、勇者ちんとアチキ達でけっちょんけちょんにしてやるんだから!』




映像の中のブーメランの人が勇者の言葉を遮った。




「最後まで勇者にはしゃべらせてあげないんですね……はは。」


「テンプレートしか喋れませぬ故、ぺちゃくちゃ喋られるとボロが出てしまうんですぞ?」


「打つセリフを考えていたら他に手が回らない……。」




『行きますわよ勇者様!』


『う


『アチキ達で世界を!』


『す


『救いますぞッ!』


『お


『フハハハハ!かかってくるが良いッ!』





轢き逃げスーツ達のテンプレート爆撃により、勇者は一言もまともに喋らないまま魔王との最終決戦に挑まされた。




「こ〜れは……。」




さっきまでの達成感はどこへやら、洋子はまともに喋らせてもらえない勇者を見てがっくしと頭を抱えていた。




『うおおお!』


『きかぬわッ!』


『おんどりゃぁあッ!』


『今です勇者様ッ!』


『くら


『こんなもの……ッ!なにぃっ!?』




「『これは酷い』……。そう思ってる?」




イケてるお姉さんが正面に回り込むと、頭を抱えていた手を優しく解いて語りかけた。




「い、いえ決してそんなことは……!?」


「本当に?」


「は、はいっ!お姉さん達が良いことしてるっていうのはよく分かりましたし……!?」




「……頃合い。」


「次の一撃で爆散しますぞ!」




『ぐあああああ……ッ!!??』




イケてるお姉さんの頭の向こうで、ド派手な大爆発と共に魔王の城が崩れ、朝日が勇者達を照らした。




「あら?もうすぐフィナーレね。」


「フィナーレ?」




画面に集中すると、勇者に仲間の面々が一人一人感謝やら労いの言葉をかけ、最後に激励した女神様が勇者の目の前で光になって消えた。


……当然、この間、勇者は一言も喋らせて貰えなかった。




「ゲームでいうエンディングね♪」


「アハハ……。」




洋子は乾いた笑いをした。




「ゲームの主人公が軒並み無口なのって、こういうことなんですかね……。」


「そうねぇ、選択肢があるとそれだけ周りのセリフのパターンが増えるから……コスト削減?」




イケてるお姉さんがスマホでどこかと通話すると、轢き逃げスーツ達は少年に被らせていたヘルメットを外した。




「正常に終了しましたぞ!」




轢き逃げスーツその1がサムズアップすると、救急隊員のような人たちが3人病室に入って来て、担架で少年をどこかへと運んでいった。




「あの子、どこに行くんですか?」


「……あの子は、ほんとの病院で目を覚ますのさ。」


「誰にも内緒な成功体験を胸に……ね♪」




イケてるお姉さんがカーテンを開けて窓の外を指差すと、一台の救急車が少年を後部に運び込み発進した。




「さぁてと、これで拙者達の仕事は一段落ですぞ。」


「今回は早かった……。」


「早い?」


「この異世界提供は被験者によってかかる時間が大きく変わるのよ。」


「ゲームのクリアタイム、とでも言いましょうかな?」


「あ〜、なるほど。」


「……『まとめ』さん。そろそろ本題。」


「そうだったわね。」


「『本題』……ですか?」


「ええ。これから貴方をどうするか、決めなくちゃいけないわね。」


「あ……。」




色々あって忘れていたが、轢き逃げスーツと話していたところで不自然に意識が途切れ、気がついたらこの病室で拘束されていたことを思い出した。




「もしかしなくても私、誘拐されちゃったんですよね……?秘密を知っちゃったから……。」


「そうだね。この仕事は秘密にやらないと、効果がなくなっちゃう……。」


「こーら、あんまり脅かさないの。」


「つまり私は……『知り過ぎた』……。『知り過ぎた』私はお菓子のおまけみたいに手足をバラバラにされて、コンクリートのおまけで東京湾の底に出荷されちゃうんだ……!?」


「なんかポエマーですな。」


「『そとで』うるさい……!洋子ちゃん。あなたを死なせるつもりはないから安心してちょうだい。」


「本当ですか……?」


「……だって、もう


「『ただで』とはいかないけどね?」


「「……。」」


「……あの!」


「なあに?」


「だったら私を……、ここで働かせてもらえませんか!?」




イケてるお姉さんが咳払いすると、轢き逃げスーツ達がニヤついた。




「貴方が、ここで……?」


「私、これでも演技には自信があるんです……表情筋死んでますけど。それに!さっきの少年の映像を見て思いました。『こりゃあ酷い』って……!」


「デュッフフフフフ♪なかなか言ってくれますな。」


「お黙り。」


「『まとめ』さん、さっき自分も言ってた癖に……。」


「良いからアンタらは黙る……!///それで?」


「『酷い』原因は、外からの操作だとテンプレートのセリフしか使えないからなんですよね……?」


「……そうだね。」


「だったら、さっきみたいに私がキャラクターに憑依することで、皆さんが提供する異世界をもっと自然にできると思うんです!」


「できると……『思う』?」




イケてるお姉さんの目が険しくなった。




「……ッ!?」




やってしまった……。就活、とりわけ自己PRでの『思う』はタブー。今まで何度も向けられては、自分にお祈りをしてきた人たちとおんなじ目……。


ダメだ……、また落とされる……!?




「ヒッ……⁉︎」




さっきまで優しかったイケてるお姉さんの目が、今はどうしようもなく怖い。今までの失敗の積み重ねが脊髄から自分を震え上がらせてくる。


また、『失敗』…………。






『そう!そして成功体験は人に自信……、自己肯定感を与えるの!』






脳裏をよぎった『失敗』の2文字に呼応して、まるで崖から落ちそうな自分に救いの手を差し伸べるようにイケてるお姉さんの言葉が頭の中に降って来た。




「いや…………、できる。」


「ふぅん?」




心なしか、一瞬イケてるお姉さんの表情が優しくなった気がした。




「だって……、さっき『できた』んだから。」




そうだ。私にはもうあるんだ。


ついさっき、機械の容量圧迫による処理落ちを阻止するべく少年の異世界に乗り込んで、見事に危機を打開した……。






私には、『成功体験』がある……ッ!






酷い顔してた自分のほっぺをパシンと一喝して、まっすぐイケてるお姉さんの目をもう一度見つめる。




「私には、できると言い切れるだけの自信があります……!その自信はさっき、お姉さん達がくれました!」




イケてるお姉さんの険しい眼差しが揺らいだ気がしたが、すぐに口元を手で覆いこちらを睨み返して来た。




「さっきの少年の異世界で、私は完璧にプーメランの人を演じて容量圧迫の危機を乗り越えました……。必要があれば2人だって、3人だって同時に演じ分けて見せますッ!」




轢き逃げスーツ達は買って来た軽食をムシャムシャと食べながらイケてるお姉さんと洋子を微笑ましい目で見守っていたが、2人は気づくそぶりもない。




「……なにより、私がお姉さん達にもらった成功体験で変わることで、お姉さん達の仕事が無駄じゃないって証明したい!」




熱く、速くなる鼓動に合わせて言葉にも熱と勢いが乗る。




「だってさっきのお姉さん達……働く人の顔がとってもカッコよかった……。絶対にいい人だって伝わって来た……!働くなら、お姉さんみたいな人達とが良い……♪」




自己PRをしていたつもりが、いつの間にかただ胸の内を暴露しているみたいになってしまった。


色々言ってしまった後で気づいて、慌てて軌道修正を図る。




「えええっと、だからっ!その、私は皆さんのお役に立てますしなにより、その……!?」




ああ、ダメだテンパリすぎて言葉がまとまらな




「「……そこまで(にしましょうぞ)。」」




真っ白な頭でパニックになっていると、轢き逃げスーツ達が肩に手を置いた。




「え…………そこ、まで……。」




何度も見てきた面接官の諦観の眼差しが思い出され、呼吸を浅くなる。




「やだ、そんな……




見えているのに視界が真っ黒になる感覚に陥っていると、轢き逃げスーツその2が方に手を置いてきた。




「もう充分伝わったって意味だから。」


「これ以上は『まとめ』さんが泣いちゃいますぞ?」




轢き逃げスーツその1が指差した先を目で追うと、さっきまで険しい眼差しを向けていたイケてるお姉さんが耳を真っ赤にして、痛いのを我慢する小さな子どものように口を固く結んで涙を堪えていた。




「え……?もしかして私何か酷いこと……。」


「……その逆。」


「一旦、出ますぞ。」




轢き逃げスーツ2人に肩を押されて病室を出ると、イケてるお姉さん1人の病室からワンワンと年甲斐もなく泣きじゃくる女性の声が聞こえて来た。




「やっぱり私、謝って


「その必要はありませんぞ?」


「だって


「あれは嬉し泣きだからね……。」


「嬉し泣き?」


「考えてもみなされ。『まとめ』さんは、若者に成功体験を通して生きる希望を与えることを生業(なりわい)としている人なんですぞ?」


「そんな人の前で、就活失敗してお通夜みたいな顔してた子が、苦労を共にして、今までのお祈りを乗り越えて一歩前に踏み出した……。」


「おまけに『はたらくならお姉さん達みたいな人とが良い』なんて言われたら……デュッフフフフフ♪」


「……最高の自己PRだった。」




轢き逃げスーツ達が病室の方に顔を向けた。




「じゃあ、私……。」


「おっと!それを言うのは『まとめ』さんですぞ?メンツがありますからなあ。」


「……そろそろいいかな。行っておいで。」




轢き逃げスーツその2が洋子の肩を掴んで180度回すと、二つの手が病室へと背中を押した。



「……っとと。」



洋子はフラフラと数歩進むと、立ち止まって2人に振り向いた。




「……はい♪」




2人に見送られて病室に戻ると、イケてるお姉さんは窓際に立ち外を見つめていた。




「……結果を聞く覚悟はできたのね?」




こちらを振り向こうとはしないが、声色で真剣なのが伝わって来た。




「……はい!」


「……祈るかもしれないのよ?」


「祈ったら後悔させてやります♪」


「…………。」




イケてるお姉さんは黙り込むと深呼吸をして、真っ赤になった目でこちらをまっすぐ見つめた。




「……佐藤洋子さん。」


「は、はいっ!」




名前を呼ばれて思わず背筋が伸びる。




「我々の仕事は、希望を失った若者に異世界を通して成功体験を提供し、未来の経済を回す歯車を1つでも多く拾い上げることです。」




優しく頭を撫でてくれた時の声色とは全然違って、無機質な声が淡々と言葉を連ねていく。




「仕事の内容は愚か、我々の存在も世間には秘密である故、他の仕事と違って手柄を称賛されることもなければ、救った者に感謝も、存在を認識されることすらありません。」


「……、」




鉛のように冷たく重い言葉を、唾をのんで喉に流し込む。




「……それでも、




イケてるお姉さんの顔が僅かに優しいものになった。




「……我々と共に、職務を全うしてくれますか?」


「……!」




表情筋は死んでいるのに、暑い雲を突き破る日差しの様に表情が晴れていく感覚をおぼえた。


そんな洋子を見て、イケてるお姉さんも返事を待ちきれずに表情が明るくなった。




「…………は、




『はい』と答えかけて踏みとどまる。


今、この場でできる最高の返事は『はい』じゃない。


今日、お姉さんが何回かとっていたあのカッコいいポーズで……!




洋子は轢き逃げスーツ達を思い出して右腕を斜め45度に上げ、左手を斜め45度に下げてカタカナの『イ』を彷彿とさせるポーズをとり、白い歯を見せ裏声で応えた。




()ーー!」


「フフ♪左右が逆じゃないw」


「え"……!?」


「我々は異世界を『提供する』のですから、」


「『向こうから見て』イ、異世界の『異』にする……。」





轢き逃げスーツ達が病室に戻って来た。




「ああ、それでこの謎ポーズに……。」




慌てて左右を入れ替えて、イケてるお姉さんに『イ』に見える様にポーズを直した。




「フフ♪それじゃあ改めて……、歓迎するわ。佐藤洋子ちゃん♪」


「はいっ♪…………あれ?」




あらゆる緊張から解放されたところで、洋子の頭に一つの疑問が浮上した。




「私の名前……。」




そういえば少年の異世界から戻ってきたとき、ただの一度も名乗っていないのにお姉さんは何回も『洋子ちゃん』と呼んでいた。




「ん"ん"ん"ッ!!!いっやあそれにしても、『帰りたい』って言われたらどうしようかと思ったわ……。」




イケてるお姉さんは特大の咳払いで強引に押し切った。どうやら答える気はないらしい。




「……どう言うことですか?」


「こういうこと……。」




轢き逃げスーツその2がスイスイとスマホを操作すると、ネットニュースの1つの記事が表示された。




「『死亡事故 曲がり角で追突か』……。」




記事を声に出して読み進めると、どこかで見た様な曲がり角に既視感のある大型トラックと……、




「『死亡したのは元子役、佐藤洋子』ぉお!?」




自分のフルネームと……死ぬほど見てきた自分の履歴書の写真と全く同じ遺影が掲載されていた。




「わわわわ、私っ!死んでるんですけどぉ!?」


「「「ご愁傷様(ですぞ)♪」」」


「いやぁぁぁあ!?」




借り物のスマホを轢き逃げスーツその2に突き返した。





「デュッフフフフフ♪新しい人生のスタートですぞ。」


「今までの人生終わってるんですけどぉ!?」


「良いじゃない、生まれ変われたんだから。」


「生まれ変わるったって、結婚とかどうするんですかあぁ〜……。」




洋子はヘニャヘニャとベッドに腰を落としてコテンと真横に倒れた。




「結婚願望あり……未来は明るいね。」


「今はその話いいです……。」


「まあまあ。洋子殿の新しい名前は我々が考えといてあげますぞ。その間にお昼でも食べてきたらどうですかな?」




轢き逃げスーツその1が見せてきたスマホの画面がもうすぐお昼どきであることを示していた。


さっきのネットニュースでは動揺して気づけなかったがまだ月曜日……トラックの前で意識を失ってから日付は跨いでいないようだった。



「お昼……ああ!?面接!」


「洋子ちゃんはもうここに内定してるよ……。」


「あ……///そうでした。」





場の雰囲気が和やかになったところで、みんなのお言葉に甘えて外にお昼を食べに行こうと病室を数歩歩いたところでイケてるお姉さんが出口に立ち塞がった。




「おっと。その格好で出すわけにはいかないわねえ?」


「その格好……?」




何かおかしな格好でもしていたかと自分の身なりを確認する。黒のスーツ、黒のスカート、中はワイシャツ、黒いパンプスに一つ結びの髪……何も変なところはない。




「ヒントはさっきのネットニュースよ♪」


「ほぼ答えですぞ……。」


「ネットニュース…………あ!?これ遺影のままだ!?」


「ちょっとしたホラーだね……。」


「何か変装用の服は……ああ、そうだわ♪」




イケてるお姉さんが部屋を見回すと、何か心当たりがあるようで足早に病室を後にすると間もなく1人分の衣服を抱えて戻ってきた。




「じゃーん♪これで完璧でしょ!」




イケてるお姉さんが抱えていた服を広げると、それは病院でよく見る、薄緑色をした1着のナース服だった。




「ええっとぉ…………、そのぉ、」


「まとめさん、ファミレスでナース見たことある……?」


「デュッフフフフフ♪飲食店にナースとかあり得ないwww」




ナース服を着てその辺をほっつき歩くのはいかがなものかと思い返答に困っていると、轢き逃げスーツ達が代弁してくれた。




「…………そ、それもそうね。」




イケてるお姉さんはしょんぼりした顔でナース服を畳んで丸椅子の上に置いた。




「……えっと、つまり『遺影の私』と別人になれば良いんですよね?」


「え、ええそうだけど。」


「今なら、できるかも……♪」




髪をひとつ結びにしていたゴムを解いて手首に通し、髪を手でほぐしてフワフワさせた。




「あとは……、」




ワイシャツのボタンを上から3つ大胆に開けて、さっきイケてるお姉さんが畳んだナース服を拾い上げて両袖を持ち腰に回して一結び。就活用の黒スカートがバッチリ隠れた。




「なるほど……やるね。」


「まだまだ♪」




ワイシャツの袖ボタンを外して折り込み、腕をちょっと露出する。ついでに襟も手で軽く揉んでクタッとさせる……。




「おお!とても就活生とは思えませんぞ。」




あとは最後の仕上げに、両手でパシンと死に絶えた表情筋を一喝、目を閉じて精神統一。




「よみがえれ、私の百面相……!」




真っ暗な視界の向こうで恐る恐る名前を呼ぶイケてるお姉さんの声がした。




「洋子ちゃん?」




演じる自分はバッチリイメージできたので、トロンとした寝ぼけ眼で目を開く。




「んふふ、どうでしょ〜?……これならばっちり、別人……ふあ、」




手のひらで大口の欠伸を隠して、目に溜まった涙を指で拭う。


イケてるお姉さんがお化けでも見たかのように固まっている。懐かしいなあ……昔は演じる度に周りの大人がこんな顔してたっけ♪




「……ええ、通って良し!」


「やったぁ♪……じゃなくて、いえ〜い♪……遺影だけにぃ。」




イケてるお姉さんに両手でへにゃへにゃなハイタッチをして、ヒタヒタヒョコヒョコと掴みどころのない足取りで病室を出た。




「1時間くらいゆっくりしてって良いですぞ〜!」


「はぁ〜〜い。」




やがて洋子の後ろ姿が病室から見えなくなった。




「……驚いた。喋り方も仕草も別人としか思えない。」


「デュッフフフフフ♪あんなお子様がいたら子役市場独占以外あり得ないwww」


「……あれが佐藤洋子。全然錆びついてないね。」


「そうね。彼女は何も衰えてなんていなかった。……自信以外はね?」


「自信を取り戻した洋子殿は無敵ですな♪」


「ああ、そうそう。その『洋子殿』だけど……。」







50分程経って洋子が病室に戻って来ると、イケてるお姉さんが病室のど真ん中に置かれた丸椅子の上で綺麗に脚を組み、得意げな顔で目を瞑って病室の入口向きに座り待ち構えていた。




「……来たわね。」


「あんまりギリギリだと良くないかなって思ったので……。」




病室に戻ると、演技を終えて病室を出る前の佐藤洋子で話す。




「ちょっと!?さっきのもう辞めちゃうの!?」




偉そうに座ってたイケてるお姉さんが目をかっぴらいて立ち上がった。




「ひでぶっ!?」




立ち上がった拍子に吹っ飛ばされた丸椅子が後ろでコンビニのホットスナックを食べていた轢き逃げスーツその1に直撃した。




「ここ、もう外じゃありませんし……。」




腰に巻いていた薄緑のナース服を解こうと手をかけると、ものすごい勢いでイケてるお姉さんに制止された。




「ええぇ……。」


「お願いっ!辞められるとお姉さんたちものすご〜く困るの!」


「なんでですか……。」


「だってさっきのキャラで新しい名前考えちゃったんだもんッ!!」


「『だもん』って言われても…………、へ?」




名前……?新しい?




「必要でしょ、新しい名前……。」


「洋子殿がお昼に行っていた間、3人で名前決めをしておりましたぞ。」


「……というわけで貴方は、




イケてるお姉さんがナース服から手を離したかと思うと、今度は両肩に力強く手を置かれた。




「っと、その前に……。」


「拙者達の自己紹介ですぞ!」


「……はは。」




突っ込む隙を与えられず強引に会話を進められる様が、さっきまで少年が体験していた異世界の勇者に重なり思わず苦笑い。




「じゃあまず私!……『須辺的女(すべまとめ)』よ。このチームのリーダーをやっているわ。気軽に『的女(まとめ)さん』って呼んでね♪」


「次は拙者、『外手陽(そとでよう)』ですぞ!異世界提供機……まあそこのデカい箱ですぞ。コイツを操作、管理が主な仕事ですな。」


「僕の説明ほとんど持っていかれた……。」


「あはは……。」


「まあいいや。……『藻野緋陰(ものひかげ)』。仕事内容は『(よう)』とおんなじだから省略するね。」


「……という訳で我ら!」




イケてるお姉さん、改めて的女(まとめ)が号令をかけると、的女(まとめ)の両隣に(よう)緋陰(ひかげ)が並んだ。




「こども未来庁異世界提供課……ッ!!」




3人はそのままカタカナの『イ』に見える例のポーズをビシッと決めた。




「『庁』?……ってことは公務員ですか!?」


「政府のワンちゃんですぞ。」


「……靴は舐めないけどね。」


「当たり前でしょうが……!」




少人数の組織故のアットホームな空気感が3人の間に漂っていた。




「えっと……、よろしく……お願いします。」




「はいじゃあ改めて!……というわけであ、な、た、は♪」




イケてるお姉さんに、また両肩に力強く手を置かれた。




「今この瞬間から『宇津図(うつず) ゆめ』ちゃんよ♪」


「……よろしく『ゆめ』ちゃん。」

「よろしくですぞ『ゆめ』殿。」




こぞって勝手に命名された新しい名前で呼ばれてちょっと困惑。




「『ゆめ』…………か。」




普通だったらこんなとき、勝手に命名されたらどんな反応をするのだろう。


『ペットじゃない!』って怒るのか、それとも『もっとマシなのあるでしょ』って自分で新しい名前を考えるのか、はたまた『生まれ持った名前は簡単に捨てられない』と抵抗するか……。


とても普通なんて言えない環境で育った私には知る(よし)もないけど、今か今かと私の返事を待つ3人の眼差しは、勝手に水が湧いて来る井戸や金のなる木でも見るような両親のどの瞬間のそれよりも……温かいと思えた。




「はぁ……。」




ちょっぴり熱のこもったため息を吐き切って、目を閉じて深く息を吸い込む。


精神統一して両手でパシンとほっぺを一喝。




「よみがえれ、私の百面相……!」




……よし!演じる自分はバッチリイメージできた。




「しょ〜がないですねぇ……。」




ちょっぴり籠った寝起きの声をだし、トロンとした寝ぼけ眼で目を開く。




「……不肖(ふしょう)宇津図(うつず)ゆめ、」




珊瑚礁を漂う熱帯魚のように、ゆったりとした足取りで病室のベッドに腰を下ろして枕を拾い抱きしめ、枕にコテンと頭を預ける。




「よろしくお願いしまぁす……♪」


「……ええ!よろしくね♪」




小型犬を見る様な目でこっちに抱きつこうとする的女さんをヒラリと躱し立ち上がる。




「ぇええっ!?」




勢い余った的女さんは誰も寝ていないベッドにうつ伏せでダイブした。




「……でも、このキャラだと普通に無礼なので普段は素でいきますね♪」




こうして私、『佐藤洋子』は死に、『宇津図(うつず) ゆめ』として第二の人生のスタートを切ることとなりました♪

他作品を連載中なので2話以降は要望があればゆっくり書く……つもりです。

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