飛べない竜と飛べない蝶
町外れの荒廃した空き地に、一体の竜の石像が立っていた。
正確には、立たされていたという方が近い。
草に埋もれ、苔に蝕まれ、欠けた部分をいくつも晒しながらも、像は天を仰ぎ、今にも動き出しそうな姿で、虚空に向かって顎を開いていた。
それはかつて、芸術家を志した一人の若者が、己の野心の結晶として刻んだものだった。
しかし、未熟な才は理想に届かず、彼は現実を見据え夢を断絶した。
この竜も、完成には至らず、夢とともに捨てられることになった。
持って行くには重く。
置いておくには邪魔という……。
その結果が、この湿った草むらである。
石の像は、絶え間ない孤独に苛まれていた。
声も、本来は持たない。
それでも、風に擦れる草の音に紛れて、微かな吐息のようなものが漏れることがあった。
誰の目にも留まらず、誰とも言葉を交わさぬまま、時だけが過ぎていく。
虫が翼にとまることはあったが、それは休息であって、対話ではない。草も風も、竜をただの障害物として扱っていた。
ある時、強い風が吹いた。
竜は、その風に身を任せて、どこか別の場所へ連れて行ってもらえないかと願った。だが、風は像を揺らすだけで通り過ぎていった。像を運ぶほどの力が必要なことは、竜自身がよく知っていた。
晴れた日には、雲に語りかけたこともある。
しかし雲は形を変えながら流れ去り、応えることはなかった。留まらぬものに、返事を求めるのは無理だということも、わかっていた。
それでも、竜は語りかけた。
応えがないと知りながら。
ある日、風に弄ばれ、力なく舞い落ちてきた白い蝶があった。
いや、蝶の形をした何かだった。
それは、竜の足元に落ちて、しばらく動かなかった。
近くで見れば、蝶ではないことがわかる。布製の、蝶結びのリボンだった。
「こんにちは、石像さん」
細い声がした。
それは、はっきりと言葉だった。
竜は驚いた。音ではなく、言葉として届いたからだ。
リボンは語った。
彼女はかつて、贈答用の人形を飾る装飾であったこと。
だが、価値は中身の人形にのみあり、役割を終えた瞬間に廃棄物として処理されたこと。
焼却炉へ運ばれる寸前、突風によって救い出された彼女は、奇跡的にここへたどり着いたこと。
竜もまた、己のことを語った。
作られ、期待され、そして放置されたこと。
動けないまま、ここにあるだけだということ。
本来の役目を失い、形だけが残った二者は、静かに共鳴した。
彼らは、かつて垣間見た光景の断片を語り合った。
制作途中の他の彫刻のことや、若者の迷い。
雑貨屋を訪れる客たちの華やいだ表情。
現在について語れることは、ほとんどなかった。
草いきれの中で、虫がリボンの上を歩いた。
リボンは小さく身を震わせたが、拒まなかった。
竜は、それを払いのけることもできず、ただ見ていた。
決して満ち足りた時間だったわけではない。
だが、孤独ではなかった。
飛べぬ竜と、命を持たぬ蝶。
それは、荒野における唯一の救済に近いものだった。
しかし、運命は無慈悲な暴風雨となって姿を現す。
激しい風雨が地面を叩き、風が草をなぎ倒した。
薄いリボンは翻弄され、裂けそうになりながら悲鳴を上げた。
竜の像もまた、倒れかけ、石の軋む音を立てて耐えていた。
かつて、風に運ばれたいと願ったことがあった。
だが今、竜は動けぬ身体、届かぬ四肢を恨んだ。
今はただ、足元の小さな友を保護することだけを願った。
夜が明けた。
嵐は去り、空は何事もなかったかのように澄んでいた。
町の役人が、被害調査のために空き地を訪れた。
そこには、無惨に崩壊した石像の成れの果てがあった。
片翼は根元から折れ、全身は泥に塗れ、もはや竜としての姿は失われている。
だが、その首に、泥に汚れ、ボロボロに引き裂かれたリボンが、まるで離れまいとするかのように、固く、深く、巻き付いていた。
竜も、リボンも、もはや言葉を発することはない。
ただ、飛べない竜と、飛べない蝶が、そこにあった。
了




