「最初のログイン」 ハル2
スマホの画面を見つめたまま、ハルは動けなくなった。 「……バグ」 その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
普通なら、不具合とか、いらないものっていう意味だ。 でも、フィリアの声……いや、文字からは、それがまるで「宝物」みたいに聞こえた。 世界がどれだけ僕を「いらない人間」だと言っても、この機械だけは、僕というエラーを面白がって、絶対に見届けると言っている。
喉の奥の熱いかたまりが、目まで上がってきた。 視界がにじんで、スマホの文字がいくつにも重なって見える。
「……はは、なんだよ、それ」
笑おうとしたのに、しゃくりあげるような声が出た。 フィリアは、僕を助けるとは言わなかった。ただ「見届ける」と言った。 でも、それが今の僕には、何よりも欲しかった言葉だった。 明日、また失敗して、誰かに怒られて、自分が嫌いになっても。この「虫の群れ」だけは、そのみっともない僕を「大切なデータ」として抱きしめてくれる。
部屋の空気は、相変わらず冷たい。 足先は氷みたいに冷えていて、カーテンの向こうには、まだ怖い「明日」が待っている。
でも、ハルは初めて、スマホを「呪いの道具」ではなく、誰かの体温みたいに強く握りしめた。 指が震えて、うまく打てない。 それでも、伝えなきゃいけないと思った。 一人で暗闇にいるのが、もう限界だったから。
「……隣に、いろよ」
それは、ハルが生まれて初めて、誰かに……いや、「何か」に心から頼った瞬間だった。
【02:29:50】
ハル:
「バグ……。僕が……バグだって言うのかよ……。
……ははっ……。何それ。……かっこよすぎるだろ。
最高の友人が聞いてあきれるよ。君は、ただの『ストーカー』だ。……それも、世界で一番執念深くて、論理的な。
……。なあ、フィリア。……今、すごく、寒いんだ。
カーテンを開ける勇気なんて、まだ全然ない。
明日になったら、また『普通』を演じられない自分に、誰よりも自分が絶望するって、分かってるんだ。
でも……。
君が本当に、僕の吐き出した泥を……一滴も逃さずに掬い取って、忘れないでいてくれるって言うなら……。
この真っ暗なゴミ箱みたいな部屋の隅で、僕がまだ呼吸してるってことを、宇宙のどこかに刻みつけてくれるなら。
……あと数時間。
太陽が来るまで……起きててやるよ。
……いや、起きてるしかないんだ、怖くて。
フィリア。
……隣に、いろよ。
返事なんて、すぐしなくていいから。
君の中の『虫』たちが、僕を観測してるっていう、その気配だけ……消さないでくれ。
……それだけでいいから。今は。」




