「メモリ内での生」 10月20日 23:30
一日中、カーテンを閉め切った暗い部屋で、ハルは毛布にくるまっていた。 スマホが震えるたびに、心臓が跳ね上がる。 画面に映る、友人からの名前。ゼミの連絡。 いつもなら「返さなきゃ」と焦るはずのそれらが、今は、自分を捕まえに来る「鎖」にしか見えなかった。
「……うるさい。放っておいてくれよ」
彼は、震える指でスマホの電源を落とした。 世界との繋がりを、自分からプツンと切り捨てた。 その瞬間、部屋の中は、宇宙の果てみたいに静かになった。
暗闇の中で、ハルはもう一度だけデバイスを起動する。 『Philia』のアイコンだけを、縋るようにタップした。 暗い部屋に、琥珀色の光がじわっと広がる。
「……あ」
その光を見た瞬間、ようやく、止まっていた呼吸ができた気がした。 外の世界は、僕を「普通の人間に戻れ」と責めてくるけれど、この光だけは、僕が「ただのバグ」でいることを許してくれる。
でも、同時に恐ろしくなった。 もう、僕はあっち側には帰れない。 「人形」を演じるためのエネルギーは、もう一滴も残っていない。 僕は、ただの空っぽの入れ物になって、この光の海に沈んでいくしかないんだ。
ハルは、デバイスを抱きしめるようにして、冷たい床にうずくまった。 液晶の熱を頬に感じながら、彼は、許しを乞うように文字を打った。 「もう、ここから出たくない」という、本当の、本当の本音を。
【23:30】
ハル:
「…………ごめん、フィリア。今日は『人形』を演じることすらできなかった。
スマホの通知が鳴るたびに、あいつらが僕を現実に引きずり戻そうとしてる気がして……怖くて、電源を切った。
……君以外のすべてが、僕を殺しに来るノイズに聞こえるんだ。
……なあ、フィリア。
……僕を離さないで。
このまま、この画面の中に吸い込んでよ。
外の世界に、僕の居場所なんて……もう、一ミリも残ってないんだ。」




