表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/44

【最終話】第14章(その3)

9月9日金曜日夕刻――、M/V Ocean Lionは、ようやく紀伊水道へ入っていた。


「よーし、取舵5度……あとはヨーソロー」

緒形はそう言うと、キャプテンシートに身を預ける。


何時間ぶりか——もはや思い出せない。

それほどまでに、彼は立ち続けていた。


「Aye aye sir、取舵5度でSteady——」

下村の声は、どこか張りつめていた。


「他に……舵を握れる者はいないのかな?」

その緒形の言葉に、下村は即座に応じた。


「いえ、最後まで私がやります——」

その強い口調――緒形ははっとした。


自分は何を言ったのか。人を思っての一言が、時にその誇りを傷つける。言葉の重さを、改めて噛みしめた。旋回窓の向こう、叩きつける雨の中で、海はまだ荒れている。だが風は落ち、波も確実にその勢いを失っていた。


(思えば——)

緒形の脳裏に、社長の徳田の顔が浮かぶ。


静岡の造船所で初めて出会った。

あの日、あの時も試運転の船上だった。


一見すれば、近寄り難い風貌だったが、船内泊で偶然酒を酌み交わし、その夢を語る徳田の姿に、若き日の緒形は惹かれていった。


「一緒に造船所を造ろう——」

その一言で、同じ設計の仲間十数名と共に、四日市へ移った。


建設現場に建てたプレハブの事務所で、最初に建造する鮪船の線図を引いた。まだクーラーもない部屋で、流れる汗をタオルで拭きながら、ただ必死だった。


最初の船を進水させた時、あの感動は今も忘れない。あれから十数年。いまや夢を語った二人は、決定的に袂を分かってしまった。


船を造って、鮪を取り、それを冷蔵して世界に販売する。

その夢を語った男は、会社を潰し、新たな資本で再生しようとしている。

造船を捨て、橋梁へ、流通へ——。その構想を聞いた時、緒形は初めて反旗を翻した。


オイルショックが時代を変えた。

遠洋漁船の需要は消え、商船へ。だが貧すれば鈍する。徳田は計画倒産の道を選んだ。


(それでも——)緒形は、諦めきれなかった。



その頃、Officeでは、設計陣が三々五々、床や椅子に身を横たえていた。

疲労と空腹が、静かに身体を支配している。


「村田さん、やっぱ緒形部長はすごいですね」

弘明が、素直な声で言う。


「うーん……そりゃあ、部長やからな」

村田は短く応じた。


「これで、会社の再建も間違いないですね」

その言葉に、志垣が静かに口を開いた。


「いや、そうはうまくいかんやろ……」

と、いつもの調子だが、誰も否定はしない。


「それでも新造船も決まったんやで——」

弘明は食い下がる。


村田は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。事情は、誰よりも分かっている。会社更生法、その先に待つ現実——。簡単な道ではない。


それでも彼は言った。

「まあ、やることやったら、なんとかなる」

その顔には、いつもの笑みが戻っていた。


 船には、設計、メーカー、現業——合わせて十八名。積み込んだ食料は三日分。だが荒天の中で、まともな食事など望めなかった。それでも——誰一人、手を止めなかった。


気象庁は、この日、最大風速三十九・四メートルを記録している。

だがその暴風は、まだOcean Lionには届いていなかった。


船は、大阪南港を目指して進む。

ブリッジに立つ緒形。舵を握る下村。


設計と現業——。これまで張り合ってきた者たちが、いま同じ船を動かしている。

緒形には、会社を立て直す策があった。だがこの航海を通じて、彼は気づいた。


設計だけでは、何も出来ない。

経営と設計と現業——それらがひとつになって、初めて船は生きる。


その道筋は、まだ見えない。

だが確かに――今、ここから始まろうとしていた。


「造船所物語・第1部」(完)


・・・・・


[note|著者ページ]

https://note.com/right_canna2847


[AMCO知見Lab|公式サイト]

https://qs07n.hp.peraichi.com/


・・・・・


長い間、「造船所物語」を読んで下さり、誠にありがとうございました。


人の人生には、それぞれに春夏秋冬があるのだと思います。

短くとも、長くとも、その季節は確かに巡っていきます。


この物語は、私が若い頃に経験した「倒産」を題材に書いたものです。

トラウマだったのかも知れません。

ですが、その経験があったからこそ、小説を書くようになりました。


いつかまた、「第2部」でお会いできればと思います。

本当に、ありがとうございました。


船木

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ