第13章(その3)
「今から船橋に連絡を入れようと……」
弘明の視線を感じた村田が、そう答えた。
「そんな悠長なこと言うとったら、間に合うものも間にあわへんぞ――」
村田の返事を否定した有田は、
弘明に「どけ――」と言うと、ハッチに取り付いた。
「おい――お前なんとか言ったなあ……おもての倉庫に道具箱あるから、持って来い」
有田が顎を船首へ向けてそう弘明に言う。
と、弘明は村田に目でものを言いつつ向かった。
その間も船は揺れ続け、船首部に近くなればなるほど、縦揺れ横揺れがとめどなかった。
(この鉄板の向こうは、あの底しれぬ海)
そう思うと一物が竦み、生きた心地がしない。
それでも、これは仕事や――と思うと、
なんとか酷い揺れの中を倉庫まで辿り着く。
だが棚の道具箱を取ろうとすると、船が縦に持ち上がり、また床が抜けるように落ちる。
それでも工具箱を手に通路を戻り、それを有田に渡すと、彼は中からスパナを取り出した。
「村田――、ブリッジの宇田に排水ポンプの準備をしろと、倉庫から電話してくれ」
「えっ、マスター、中へ入るんですか?」
「マンホールの蓋の締め忘れに違いない。なにしろ連日の徹夜続きだったからなあ……」
その言葉が終わらない内に有田は、ステップを登って小ぶりの四角いハッチを全開した。
(えっ、その格好で水の中へ入るつもり?)
そう思って弘明が村田の顔を見ると、
すでに彼の意志を悟ったような納得顔だった。
「いいか、ブリッヂへ言っとけ。合図を送ったら1番、1番のポンプをまわせと……」
「はい、分かりました」
と村田の目に、畏敬の念が籠もっている。
その横で、まさか――と思う弘明の目の前で、有田はスパナを口に加え、ハッチを全開。すぐ大きな安全靴を履いた足を入れたかと思う、体に似合わぬ柔軟さで、すっと中へ入った。
後から弘明が懐中電灯で中を照らす。その間におもての倉庫へ向かった村田は、壁の船内電話を取ると大声を放った。
「ブリッヂ、ブリッヂ、こちら村田――」
だが雑音……、もう一度叫んだら出た。
「こちらブリッヂ宇田、どうぞ――」
「マスターが1番Holdへ入ります――、排水ポンプ、スタンバイ願います――」
そう言うと送話口を押さえて通路を覗き、
1番Hold横にいる弘明に手で合図を送る。
それを弘明がHoldの中の有田に伝える。
「ブリッヂと連絡がつきました――」
そう言って中を照らすと、揺れる水面に浮かぶ有田が、口のスパナを取って叫んだ。
「よーし、ポンプまわせ――」
「えっ、でもそんなことしたら体ごと――」と叫ぶ弘明。
だが有田はスパナを口に加え直すと、拝むようにして手を合わせ潜った。
「そんな――」と、弘明は声を上げるものの、有田は暗い水面に飛沫を上げ、そこに彼の白いシャツの残像を残しながら消えていった。
「村田さん――、ポンプ始動――」
思わず弘明は、ステップに立ったまま声を張り上げた。
唸る嵐の音に包まれる通路の中で、
倉庫の村田に届けとばかり怒鳴り倒した。
とにかく今は、
――Free waterを止めねば――
という一心で、弘明は叫んでいた。
弘明の目に焼き付いた、水に潜る有田の映像――懐中電灯の淡い光の中で、白シャツがゆっくり揺れていた。そして消えてしまった。
あの水は船底バラストの水に違いない。だからマスターはマンホールを締めるつもり。でも同時に排水ポンプを回したら、いったいどうなるのか……弘明には分からない。
――排水口に体を取られたらどうする――
そこまで思っても、何ら解はなかった。
Holdの中へ溢れた水は、船の横揺れに反比例して揺れる。船が右に揺れれば左に、そして少し遅れて右に揺れる。そこに有田の白いシャツがないか、弘明は照らしていた。祈る思いで、真っ暗な倉内を照らし続けた。
(第14話へつづく)
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