第13章(その2)
設計の村田と志垣は、上甲板の部屋を出てBoat DeckのOfficeに詰めていた。
同じ頃、すでに船橋の二人は船の異変に気づいていた。
「下村君、どうも船舶電話が通じない」
「さっきの追波で、船尾マストにつけた船舶電話のマストがやられたのかも知れません」
その会話も風と波の音で阻まれ、互いに体を確保しながら怒鳴り合うしかなかった。
「レーダーの方は――だいじょうぶか――」
「そっちは生きています。ただ部長、どうも舳先が定まりません。これ、Free waterのせいじゃないかと思うのですが――」
その下村の言葉に緒形は嫌な予感がした。考えてみれば、いつもの試運転ならまず船内の点検から始める。だが今日に限って端折ってしまった。慌てて緒形は受話器を取った。
「村田課長、そっちは動けるか……」
「ええつ……、はい船内なら、なんとか」
「じゃあWalkwayからHoldを見てくれるか」
「えっ――、Side Walkwayからですか?」
「そうだ、どっかにある!」
「えっ――、もう一度お願いします」
「いいか、Free waterだ――」
緒形は同じ言葉を二度繰り返し、受話器をコンソールへ戻した。
嵌めこみ式の電話も、留め具を掛けないでいると飛び出してくる。
それこそ船は木の葉のように揺れていた。
電話を切った村田は、背後の志垣に言う。
「志垣――、ちょっとHoldを見てくる」
この荒天の中、片手の不自由な彼を思ってのこと。だが人一倍感受性の強い志垣は、すでに緒形の声を漏れ聞いていた。
「Free waterだとすると、たいへんですね」
そう言った時だった。
部屋のドアが開いた。
「おお――山岡、上がってきたのか」
「村田さん、この揺れはFree waterです」
その弘明の言葉に村田は、即座に答えた。
「志垣、ここで電話番頼む。山岡、行くぞ」
そう言うと壁を頼りに階段へ向かった。
村田と弘明は、両手で階段室の壁を支えに、なんとかUpper Deckまで降りた。そこに船首部のForecastle 下の倉庫まで全通する通路がある。それを「Side Walkway」というが、Holdを挟んで両舷のDeck下を歩く。
ただ機関場からの入口に水密のSliding Doorがあり、これは通常から「閉」の状態にあり、船橋からの制御で動く電動油圧式ドアである。
「しまった――、これは遠隔操作か」
そう自問する村田に、弘明が軽口を叩く。
「いや――、今ならこのボタンで開きます」
そう言うと弘明は制御盤のボタンを押す。
「お前……、知ってるんか?」
「村田さん、感心してる暇はないでしょ」
その間にも警報ブザーが鳴り、鋳造製のSliding Doorが油圧シリンダーで横に動く。
直ちに二人は天井も横壁もフレームの骨剥き出しの通路を船首方向へ向かう。元々公開中のメンテも考慮して、通路の壁にはHold毎に覗き窓として小型ハッチがついている。
交互にそれを開けながら、二人は進んだ。
「それにしてもお前、よう分かったな――」
村田がそう言うと、また弘明は偉そうに、
「これでも一応、造船科を出てますからね」
「てっきりバイトに現を抜かしてたんかと」
「なんですか、その認識はひどかです」
そんな話をしながら1番Holdを開けると、
「おい山岡、このHoldや――」
村田がそう声を上げ、ステップを降りると、手に持った懐中電灯を弘明に渡した。
その時、突然声が掛った。
背後の暗い通路に、いつの間にか人影が立っていた。
よく見ればドックマスターの有田――
上半身白いシャツ一枚で、下は作業服に安全靴姿だった。
「ドックマスター――」
と言って、電灯の光をマスターにあてた弘明は、
その顔を見て思わずぞっとした。
「この揺れは、そのHoldのせいか――」
そう言い放つ有田の顔は真剣そのもの。
だがいかにも精彩をかき、病的なものだった。
(つづく)
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