第11章(その3)
Ocean Lionに双眼鏡を向けた村田が言う。
「いいか、メモ頼むで⋯⋯」
それに、はい――と返事する弘明は、
慌てて胸ポケットからシャーペンと手帳を出す。
こうして設計の仕事が始まった。
「おもて(船首)右舷、600ちょうど」
その声に弘明は手帳を開き、F/S―600と書く。
ほっとする間もなく村田は次を読む。
「おもて左舷……同じく600ちょうど――」
富田浜丸はOcean Lionの舳先約50メートルを周り大きく舵を左へ。そして船と並行して走ると、今度は中央の喫水を読んでいく。
これは船首・中央・船尾の両舷に、鉄板を切った数字が溶接してあり、それを目測する。船の重さを知るための計測だった。
波で揺れるタグの上から喫水を読むのは難しい。
だがそこは、村田の経験の賜物だった。
目測が終わると、村田が操舵室のドックマスターに手を上げる。それを確認すると、マスターはタグを大きく旋回させる。そして舳先を右舷の舷梯下へ向けると、微速前進。
その辺で、大きなうねりが寄せる。
マスターは操舵室から顔を出して本船を見上げると、素早く天井のリングを引いた。
「クウォー、クウォー、クウォー」
空へ向かって甲高い汽笛が三回⋯⋯船体から海面に跳ね、波の音に混ざって響き渡る。
「舷梯下ろせ――。要員、乗船するぞ――」
そう叫びながら、もう一度リングを引く。
「クウォー、クウォー、クウォー」
執拗に汽笛を鳴らす。それはまるで犬が熊にでも咆哮するように、繰り返し鳴った。
「おーい、なにをやっとる――」
元来気が短いのか、マスターは苛つく。
それにつられて誰もが上を見る。
当直の連中は何をやっているのだと、皆が思い始めた頃、ようやくランニングシャツ姿の顔を出す。上着に手を通しながらタオルで目を拭き、寝ぼけ眼で男が舷梯のハンドルに取り付く。
それでウインチが回りはじめ、舷側に格納された舷梯が水平の位置まで倒れる。そこでハンドルを変えると、先端が下り始める。
その間、タグは激しく波に漂う。それはヘリコプターがホバリングする姿に似て、いかにも不安定でなにもかもが揺れていた。
「ようし、そこで待て――」
と、拳骨を握ったマスターは叫ぶと、ガクンと舷梯が止まった。
さらに玉がけの要領で合図を送りながら、降りてくる舷梯を誘導。
先端に立つ男が、片手で下げの合図を送りながら、もう一方の手で舷梯の先端を取る。その間も舳先は上下⋯⋯だがその間隙を縫って踊り場にロープを巻きつけると叫んだ。
「今です、乗ってください――」
その声に、まずは伝声管を担いだ男が舳先に出ると、右足を舷梯のステップへ掛けると、すばやく体重を移して舷梯へ乗ろうとした。
だがその時、富田浜丸の舳先がグーと下がったかと思うと、途端にドンと船体に当たる。たちまちその衝撃で男の体が仰け反ると、あーと大声を上げる。すると後ろの男が慌てて舷梯に手をかけ、押し返そうとする。
だが人の力で敵うはずがない。船体に当たった反動でタグは急速に後方へ流れると、そのまま伝声管を持った男もろとも⋯⋯。
舷梯とタグの間で宙吊りになった男は、
そのまま海へもんどり落ちるかと思った瞬間、肩に担いだ伝声管から手を離した。
――と、体を翻して、舳先の甲板へ倒れ込んだ。
その結果、ふっと宙に浮いたような伝声管は、一転してズボットと海面に突き刺さる。黄金色の真鍮が一瞬だけ波間に光り、そのままヒラヒラと濁った水中へ消えていった。
「ああ⋯⋯」
という間に、再び舳先が上がる。
「いまだ、みんな早く乗れ――」
間髪入れずドックマスターが叫ぶ。
タグは舳先のタイヤクッションを船体に当てる。
その瞬間、舳先の要員が舷梯へ飛んで階段を昇ると、黙々と乗り込んでいくのだった。
(第12章へ続く)
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