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第8章(その2)「設計という砦」

社長室を出た緒形は、暗い廊下へ出ると、対面にある設計の観音開きを押し開いた。


中は天井灯がすべて点けられ、真昼のように明るい。だが机に向かう者はいない。部屋のあちこちに小さな人だまりができ、低い声が交錯して空気は重く、澱んでいた。


緒形に気づいた者たちが、次々と立ち上がる。久しぶりに見る顔ばかりだが、緒形はまともに目を合わせることが出来ない。 


指示を仰ぐべき部長が不在で、誰も説明を受けていない。出社しても何をすべきか分からず、不安だけが膨らんでいるのだ。


「ちょっと、みんなを集めてくれるか……」

 と、部長席へついた緒形は庄司に言った。


「おーい、みんな、集まってくれ⋯⋯」


庄司の掛け声は、相変わらずどこか能天気に聞こえる。だが、それが今の緒形には、何よりもありがたかった。程なくして、部長席を囲むように数十名が集まった。


その視線が一斉に緒形へ向けられる。


「遅くなってすまん。今朝、羽田へ戻って、さっき組合の委員長と話をしてきた」


そう切り出したものの、誰も口を開かない。張りつめた沈黙の中で、緒形は続けた。


「オーシャンとの契約は、無事に終えた。今も村田と折戸が現地に残って、具体的な詰めをやっている。会社は会社更生法を申請した。受理されれば、また船は造れる」


 その緒方の話に、小さなざわめきが走る。


「そのためには、組合員も、非組合員もない。この会社を、皆で守る必要がある。この点は、是非理解して、協力してほしい」


それは確かに唐突な話だった。顔を見合わす部員の顔に、戸惑いの色が浮かぶ。だが緒形には、他に示せる材料はなかった。


徳田社長の動きも、組合の連中の真意も、推し量るほど、情報を持っていなかった。


(だが、まだ潰れたわけじゃない)

そう自分に言い聞かせると話を続けた。


「富双は、もう安い船を数だけ造る会社にはならない。俺たちは俺たちにしか造れない船を造る。そのためには設計の力が要る」


ネジ一本から、作業員の動きまで秒単位で管理し、原価を極限まで下げることも必要だろう。だが、それは別に富双がやらくとも良い。緒形が目指す船は全く違う。


若い技術者が頭に描いたものを、新しい技術で現実の船に変える。それが海に浮かび、世界を繋ぐ――それこそが、富双の造る船であるべきだと、緒形は信じていた。


だが今は、理念を語るより、その技術者を踏みとどまらせることが先決だった。


皆、黙って聞いていた。理解するというより、現実を受け止めようとする顔だった。


気のせいか、集まった者の目が変わっていた。まるで怖さを知らぬ幼子が、向かい来る嵐を受け入れようとするか如く。


その目が、次第に緒形の方へ寄ってくる。

その目を緒形はゆっくり見渡しはじめた。


と、その瞬間、(ドーン)と、鈍い音が建屋の北側で響く。息を呑む者、首を竦める者、そして沈黙⋯⋯だがすぐ怒声が上がる。


少し遅れて、建屋の前の構内道路が騒がしくなる。幾つもの乾いた安全靴の音が錯綜し、明らかに作業員の駆ける音だった。


「どうした⋯⋯、ちょっと誰か見てこい」


 庄司次長が、入口の方へ声を飛ばす。


「正門の方や――」


そう叫んだ若い部員が駆け出し、急いで北側の会議室へ入ると、窓を開けた。それは探照灯に照らされた正門付近で、黒煙が上がっている。そして緒形が通路へ出た時だった。二階の入口ドアが勢いよく開いた。


「緒形部長――、正門にトラックが、突っ込んできました――」


赤崎委員長の下で、書記長を務める堀田という男が飛び込んできて、そう叫んだ。


「トラック⋯⋯、殴り込みか――」


緒形は上着の裾に手を掛け、低く唸った。


(つづく)


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