第7章(その2)「国会議事堂」
帝国ホテルでの面談を終え、東京駅へ向かおうとする緒形は、小野田に請われて彼の車に乗った。
ホテル前で見送る内田と史子に別れを告げると、早速彼は話し始めた。
「更生法が決まるまで時間が掛かる。私なりにスポンサーを探しはするが、富双は君がいてこその会社、それは忘れないでくれ」
それこそ小野田は、ハリウッド映画の俳優に似たスキンヘッドと、古武士の様な風貌。その風格には近寄りがたいものがある。
世間では何かと悪評高い小野田だが、そう言われると、緒形も悪い気はしない。だがそこはビジネスの世界、その言葉の裏に何があるのか、計り切れなかった。
「これは私の一存ではない。アメリカでMr. Whiteに言われただろう。最初は話半分かと思ったが、徳田は良い会社を作ったよ」
彼の話にはついていけない所がある。だが緒形は臆せず、自分の疑問をぶつけた。
「ひとつ、お伺いしてもよろしいですか?」
「ああ⋯⋯、良いよ。おい、十分でいい。ちょっとその辺を、流してみてくれ」
小野田がそう声をかけると、運転手は即答して車を迂回させた。もうフロントガラスの向こうに東京駅の赤レンガが見えていたが、二人を乗せた車は表通りへ向かった。
「徳田社長は、いったいこれから富双を、どうしようと思っているのでしょうか?」
「ん⋯⋯、まあ、それは私にも分からん」
そう言うと小野田は、
苦虫を潰したように顔を顰めたが、
すぐに言い放った。
「ただ昔は私も彼も、自分で見た物しか信じなかった。だが今の徳田は⋯⋯」
そこで小野田は、一呼吸置いて続けた。
「亡霊に取り憑かれているのかも知れん」
「亡霊⋯⋯ですか」
「ああ、金さえあれば――という奴さ」
「亡霊ですか⋯⋯」
そう言うと、緒形は後が続かなかった。
「まあ、また政治家を使って空港でも造ろうとするだろう。その為には何をするか分からん⋯⋯。ほれ、あの国会を襲撃しようとしたのも、確か造船屋だったろう」
それは1961年(昭36年)のこと。
世に言う「三無事件」(*1)。
長崎の川波工業社長の川波豊作と源田実が旧陸軍の有志を糾合し、都内に武器を集め、国会議事堂を襲撃する前に摘発された。
それは戦後16年経っても、まだ亡霊に取りつかれる者がいたと言えるのである。
(*1:無税・無失業・無戦争を標榜して起こしたクーデター未遂事件)
「緒形君、わしも同類だったが、幸いに目が覚めた。オヤジさんが捕まって、わしもやられて、ケツの穴まで曝け出して牢屋へ入れば、もう何をか言わんやだ⋯⋯」
自虐的に言葉を繋ぐ小野田、だがその目は澄んでいた。緒形には、そう見えた。
「それと⋯⋯、これは個人的なことだが、史子のことを、よろしく頼む⋯⋯」
いったい何を言い出すのかと、緒形が隣の小野田を見ると、猛禽類のような風貌をして、どこか幼子のように頭を下げていた。
意味が分からない。
体を乗り出して顔を覗き込む緒形に、小野田は神妙に続けた。
「あれは、名字は違うが、実は私の娘でね。君のことを尊敬している。別に色濃い沙汰とは思わんが⋯⋯、いや、まあそれでも構わんが、富双で仕事を続けさせてやってくれ」
と言って頭を下げる小野田に、
「そんな、おやめ下さい。会社再建は私の責務だと思っておりますから」
と、緒形は言葉を返した。
だが小野田は、ウムウムと頷きながら、分厚い手で緒形の膝をポンポンと軽く叩いた。見ればもう好々爺として、横顔に老いの影が見て取れた。
心なし緒形の胸が熱くなっていた。だが、小野田の車を見送ると、その行く先に望む国会議事堂に、複雑な思いが湧いていた。
(つづく)
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