第7章(その1)「ロックアウト」
弘明の実家がある津市は、県庁所在地とはいえ、やはり地方都市でしかない。
電話を受けた弘明は、父の車を借りて会社へ急いだ。伊勢湾沿いを走る国道23号線を北上すること凡そ三十分。やがて暗闇の奥に怪しく浮かぶコンビナートが現れた。
昼なお暗い空に夜の帷が降りて、不夜城のように浮かぶ四日市の街。そこをまるで場違いのように、弘明の車は走り抜ける。
やがて臨海町に入り、いつもの交差点から右折、防波堤の中へ入るとUターンして、富双造船の正門へ向かって車を走らせた。
真っ暗な造船所から頭上へ迫り出すような船の舳先が、街灯の光に浮かんで
いた。
弘明が見るに、どこも変わった様子はない。だが正門が近づくにつれ、やはり違う。
探照灯が立ち並び、煌々と正門の前を照す。その前の、防波堤沿いの敷地には、所狭しと車が停まっている。現場は誰も帰っていないのか、空きがないほど満車だった。
閉じられた正門と脇門、そしてその上には、門内に立てた赤い旗が閃いている。そこはまるで籠城するかのように、一種異様な殺気が漂い、誰も寄せ付けようとしない。
折から、御在所岳から吹き降ろす風に、まるで血飛沫を散らすように翻っていた。
そのあまりの変わりよう⋯⋯、思わず弘明は停車するのを忘れた。車は正門の前を行き過ぎ、隣のドッグハウスの前まで行って、停車した。そこで弘明は自問自答した。
(どうする⋯⋯でも、ここまで来たら――)
そう観念するとハンドルを切り、辛うじて開いたスペースへ車を突っ込んだ。サイドブレーキを引く手が震える。だが正門を振り向くと、脇に置いた防寒着を手にした。
一度大きく深呼吸すると、勢いをつけて弘明は車を出た。そして探照灯の眩い光の中へ入り、防寒着に腕を通しながら、脇門の前まで行って、インターフォンを押した。
「すみません――、設計部の山岡です」
ガーガーという呼出音に負けぬよう、そう声を張り上げた弘明は、返事を待った。
「なんの用だ――」
「いや、設計の庄司次長から電話で⋯⋯」
弘明の言葉が終わらぬ内に、ブツッとインターフォンが切れた。(なんで入れないんや――)と、憤る弘明。だが、すぐに雑音がして、カチッと音がすると、脇門が開いた。
門の中へ一歩踏み込んだ弘明は、目の前に立ちはだかる人間の壁に、たじろいだ。
そこには本工を示す、白いヘルメットにストーングレーの作業着姿の男らが、正門に向かって十重二十重に列を成していた。
その集団は探照灯の光を背に、凍てつく空に湯気が立ち上るような殺気に溢れ、ヘルメットの陰から鋭い眼光を放っていた。
「そこの守衛所で記帳してから入れ――」
そう言い放つ男は、白いヘルメットに赤い鉢巻、腕に巻く腕章からして執行部の者であろう。その目はやはり殺気立っていた。
無言で頷いた弘明は、群衆の向こうに見える守衛所へ向かって歩く。そこは自ずと人垣が別れ、辛うじて道が開けていく。
まるで敵陣に乗り込んだ小兵よろしく、普段なら寡黙に溶接トーチを操る男らが、ギラギラした目で弘明を追う。同じ会社の従業員であるはずだが、そこは常日頃敵対する間柄だけに、一発触発の雰囲気だった。
「設計の、山岡です⋯⋯」
守衛所まで辿り着いた弘明は、もう一度そう名乗った。ガラス戸の向こうには、相撲取りのような巨漢が椅子に座り、その背後には奥の部屋まで執行部で溢れていた。
(確か、この男が執行部の委員長⋯⋯)
名は忘れたが、いつも組合事務所でとぐろを巻く男。弘明は(労働貴族)という言葉を思い浮かべながら、その巨漢と対峙した。
「ごくろうさんです⋯⋯」
その甲高い声、まるで風体とは違った。
(つづく)
・・・・・
[note|著者ページ]
https://note.com/right_canna2847
[AMCO知見Lab|公式サイト]
https://qs07n.hp.peraichi.com/




