第6章 ②
(第2話)「明けゆく闇」
Mr. Whiteの理解は早かった。
オーシャンが求めるフィーダー船は、今回の5隻だけでは終わらないと言う。彼らもオイルショックの影響で、主要港を結ぶコンテナ船の大型化と共に、フィーダー港と繋ぐ小型船を早急に建造せなばならなかったのだ。
1973年のオイルショックで舶用燃料の価格は高騰し、新造船の建造を急がねばならない。まず高速タービンエンジンを、燃費の良いディーゼルエンジンへシフトせねばならない。
また、荷役に時間の掛かる貨物船ではなく、スピーディーなコンテナ船にすることで、船の稼働時間を飛躍的に上げることが絶対条件となっていたのだ。
“Door to Door”を可能にしたコンテナは、世界の流通に革命を起こした。
コンテナは、第2次大戦で連合軍がタンカーを改造して武器を運んだのが始まりと言われる。
このコンテナ、これはオーシャン社の創始者が発案し、1960年には自らコンテナ化(Containerization)した船会社を、世界に先んじて興したのであった。
――大西洋からアメリカ大陸を越えて太平洋まで繋ぐ――
彼らの社名は、大陸を越えて二つの海に橋を渡す思いを込めたものだった。
Mr. Whiteは、日本支店長として東京に三年駐在した際、日本の顧客を開発すると共に中小造船を調査し、彼らの良きパートナーを探した。
その間、韓国の東進海運の紹介で富双造船を知り、まず三隻を発注した。その際、何度か吉田と緒形に会ったが、漁船の建造実績しかない会社と思っていたものの、富双造船の実力は群を抜いていた。
今回の新造船五隻は、彼らが運行するフィーダー船隊の雛型であった。そのため、世界的に著名なアネックスと提携して、まさに社運を賭けたものだった。
早急に建造して市場へ投入せねばならない。その意味で、富双は重要なパートナーなのであった。
ホテルから電話を掛けている緒形に対して、 Mr. Whiteは、「すぐに帰国準備して事務所へ来い」と言いながら、その電話の傍ら秘書に指示を出していた。
最も早いフライトで緒形らが日本へ帰れるよう、その予約まで取ってくれようとしていたのだった。
彼は最後に、緒形にとって人生で最も忘れられなくなる言葉を送ってくれた。
「Mr.Ogata、私は船の世界で生きてきて、最も重要なことは顧客の満足を得る船を造ることだと思い。それにはベストのパートナーが要る。その点、君の造船所は最高のパートナーに成り得ると確信している。Never give-up、Good Luckだ――!」
その言葉に緒形は胸を熱くした。そこでは、Thank youと言うのが精一杯だった。
こうして緒形はホテルをチェックアウトしてオーシャンへ向かい、アネックス社共々基本契約を締結。その足でケネディー国際空港へ向かうことが出来たのだった。
アメリカ時間3月3日木曜日午後5時、緒形は仕様書の詰めを村田と折戸に任せ、ひとりANAで東京へ飛んだ。
空港から電話しようかとも思ったが、そのまま機中の人になった。だがその心は、機体の揺れ以上に乱れた。いったい社長はなにをしているのか⋯⋯。
電話をした際、史子は何も言わず、ひとり考えれば考えるほど落ち込んだ。
だがニューヨークへ残した二人はもちろん、四日市で帰りを待つ設計のメンバーを思うと、こんなことでどうすると、持ち前の負けん気が沸々と湧き上がってきた。
だがそれも束の間、機中から見るマンハッタンの景色は、緒形の心に火をつけた。
眼下に広がる不夜城は、欲望の坩堝であると共に、世界中の兵が凌ぎを削る戦場でもある。
そこで成功することが、造船マンとしての緒形の夢でもあったのだった。
(つづく)
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