表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

第5章 ③

(第3話)「闇に浮かぶジブクレーン」

「山岡さんの、お宅ですか?」


その声は庄司次長だった。

言葉の短さに、いつもの軽さは間違えようがない。


「はい⋯⋯、山岡です」

「おう、テレビ見たか?」

「はい、見ました⋯⋯」


それは上司であり、同じ大学の先輩だという事実を裏打ちするような物言いだった。


「すぐ、会社へ来い」

「ほんとに――、本当に会社は倒産したのですか?」

「なんでもええから、はよ来い――」


さすがの庄司次長も取り付く島がない。

それを言うと電話を切った。


行くしかない――と思った弘明は、なにはともあれ着替えるべく2階へ上がった。


就職した頃は実家から通っていた。2階の8畳間が自分の部屋で、そこは今も変わらない。


初めてのボーナスをはたいて買い揃えた、ステレオコンポ。今から思えば、同級生の中で一番の給与をもらい、家に5万を入れても、まだ独身貴族を謳歌していた。


それもこれも会社があってのこと。その会社が倒産⋯⋯その目に見えぬ事実が、重く両肩にのしかかっていた。


それでも動かなければと、

着替えた弘明は玄関へ降りた。


それこそ心配で堪らないといった表情の両親が、玄関で待っていた。居間のサイドボードに置いた車のキーを、神妙な顔をした父が自ら弘明に手渡してくれた。


もう十年近く乗っている父の車、夏のボーナスで自分の車を買おうとしていた目論見も露と消えた。新車で史子とドライブしようとしたが、それも夢のまた夢。


(あいつ医大の男と、うまくやっているのだろうか)


ふとそう思うと自分が惨めだった。もう二度と博多へは行かないと、心に決めた。だが、心が何度も揺らいだ。


二度とあんな思いはしたくないと思うのだが、行けば会えるのではないかと、今一度史子の体を抱きしめ――その思いが、胸の奥で疼いた。


だが、朝まで待って来なかったという事実は重かった。


あの後、酒を煽り、その後も深酒をしたせいで、胃痛が続いた。医者へ行ったら、十二指腸潰瘍だと言われた。それは仕事のお陰か、いつしか自然治癒した。ただ心の痛手は、消えることはなかった。


弘明は玄関に座り、

スニーカーを履こうとした。


だが紐が縛れない。

手が震えて、指が硬直して、

何度も繰り返した。


それを見かねたのか、背後で父の声がした。

「しっかりせんか。会社が倒産しても、まだ潰れた訳じゃないやろ――」


父の気持ちは知れた。――尋常小学校を出で名古屋に就職したけど,泣きべそ掻いて帰ってきた――と、正月に聞いた祖母の物言いは、いかにも誇らしかった。


地元で警察官になり、警部までになった父は、祖父母にとって自慢の息子だった。それに比べて俺は……と思うと、忌々しかった。


弘明はキーを受け取り、無言で家を後にした。


日が暮れて暗い国道を走る。その一時間が異様に長かった。それでも、やがてコンビナートの光りに照らされた空が現れ、景色が一変する。


子供の頃、潮干狩りに行った海岸は一大コンビナートと化し、かつての伊勢湾の面影は消えた。夜目には美しい空も、煤煙の空を知る者には白々しく、今の弘明には星まで汚れているようにさえ思えた。


(船首船楼の5隻、緒形部長はどないかな。あれが決まったらなあ⋯⋯」


そして富双造船に近づく。だがいつもと違う。

試運転で早出の朝、ジブクレーンは暗闇の中にあった。


だが今は忽然と現れたような、

光の砦の中に、ポツンと立っていた。

            

(第6章へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ