第5章 ①
(第1話)「目に見えぬ現実」
それは3月2日の深夜だった。徳田はベッドに坐り、脇机の電話を掛けた。
「大二郎か……」
「おとうさん――、いったいどこに……」
相手は四日市にいる息子。徳田は十年前、富田駅近くの団地で3区画を買い、そこに家を2軒建てて息子家族共々住んでいる。ただ名義はすでに妻と息子に変えている。
「俺がどこにいようと、当面お前は知らん方がいい」
電話口で喚く息子に、
徳田は心して自分の計画を伝えようとしていた。
「明日、弁護士が裁判所へ会社更生法を申請する。だから下請けを抑えておけ」
徳田は密かに練った計画を、すべて大二郎に話したわけではない。所詮、ひもじい思いさえしたことのない者には無理だった。
ただ心底信頼できる者と言えば、やはり息子しかない。最悪の場合を考えて、静岡の弁護士と綿密に計画を練ってきたのだった。
その男は、元々富双造船の設立時代からの腐れ縁で、共に修羅場を踏んできた。
転んでもタダでは起きない徳田としては、倒産した場合は会社更生法を申請する手筈は整えていた。
このことを従業員は元より重役に知られてはまずい。もしどこからか組合の耳にでも入れば、更生法どころか徳田の立場が危うくなるのは確実だった。
「俺はしばらく姿を隠す。何かあれば小野田に知らせろ、必ず連絡がつく」
「えっ――、会社は潰れるの?」
「うるさい、お前が騒いでどうなる――」
「だけど、小野田さんの力で、銀行はどうにでもなるって……」
「国が作った道にバスを走らせて儲ける奴や、所詮頼りにはならん」
「でも、あの人の目が黒いうちは、なにがあっても親方日の丸じゃ……」
「馬鹿野郎、アメリカに睨まれたら、いくら首相でも持つ訳なかろうが」
徳田の盟友である極東興業の小野田が、証人喚問で国会に招致されたのが去年の2月。それから半年後、時の首相が逮捕された。それは徳田にとって晴天の霹靂だった。
かつてベトナム戦争で、徳田は韓国の朴と組んで米軍の資材運搬で資産を作った。それは小野田のルートで得た商売、それを徳田はさらに鮪相場で大きくさせた。
それもこれも、刎頸の交わりとも言える小野田と朴と組んでのこと。しかもその背後に、首相まで登り詰めた男の力があったのは間違いない。
だが、それも終焉を迎えていた。
「とにかく会社は潰す。その上で、最後の勝負に打って出る、分かったな」
「ああ、分かった。現場は俺に任せてくれ。うまくやってみせる――」
その軽い言葉に愕然とする徳田だったが、
何か言う前に電話は切れていた。
だが切った電話がすぐ鳴った。
一瞬間を置き、徳田は再び受話器を取った。
「フロントでございます。お連れの方が、お見えになりましたが……」
「えらく遅いなあ――。まあ良い。上げてくれ」
徳田は駅から乗ったタクシーの運転手に、
「女を手配しろ」と言ってあった。
時計を見ながら、長く待たされたことに苛立ちながらも、羽織っていた浴衣を脱ぎ擦れると、そのまま部屋の風呂へ向かった。
「どいつもこいつも――」
と、文句を言いながら、足早に立ち上がる。
いまだ徳田の頭の中は、昼間会った銀行員の残像と物言いが渦を巻いていた。
――いったい幾ら儲けさせてやった――
と、それは怒髪天を衝く。
だが、それも忘れるには、女を抱くしかなかった。
徳田は湯船に入り、
――どんな女が来るのか――
と考えことで、かろうじて己が固執する感情から解き放たれていた。
(つづく)
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