第3章「春の嵐の予兆」④
第4話「下田港の儚い饗宴」
3月2日、水曜日。
徳田重蔵は静岡にいた。
極東産業との交渉は進展せず、小野田の後ろ盾も期待外れに終わった。冬場の修繕で現金は回っているものの、それは延命に過ぎない。
新造船五隻――それさえ決まればという読みで、徳田は南海銀行に繋ぎ融資を求めた。
だが返事は冷淡だった。
かつては駅まで迎えが出た銀行も、今では狭い応接室で部長級が事務的に応対するだけ。五か年計画を出さねば当座預金を閉じるという通告に、徳田は最後まで食い下がったが、席を蹴って立つしかなかった。
新幹線の硬いシートに身を沈めながら、徳田は自分の居場所が音を立てて崩れていくのを感じていた。
富士山は雲に覆われ、かつて臨海町の埋立地を前に「富双造船」と名付けた日の昂ぶりが、遠い記憶として胸をかすめる。
衝動的に熱海で下車し、伊豆急に乗り換えた。
終点・下田。若い頃、鮪漁船で何度も立ち寄った港町だった。
人影の少ない駅前を歩きながら、徳田は過去を辿る。敗戦直後の闇市、米軍物資の横流し、ベトナムでの輸送――生き残るために手段は選ばなかった。
小野田や李と修羅場を潜り抜け、勝ち続けてきたという自負があった。
丘の上のホテルのスイートルームで独り、
徳田は南海銀行の担当者の顔を思い返す。
虫唾が走った。
窓の外では、下田港の灯りが点々と海面に滲み、潮の匂いが微かに部屋へ忍び込んでくる。
若い頃、甲板から見下ろした夜の港も、こんな色をしていた。あの頃は、どんな嵐の先にも、必ず次の航路があると信じて疑わなかった。
(第4章へつづく)
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