表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第3章「春の嵐の予兆」③

第3話「解れていく二人の絆」

ちょうどその頃、社長の徳田重蔵は東京事務所の応接室にいた。


向かいのソファには、百八十を超える体躯を預け、少し猫背気味の小野田が座っている。対照的に徳田は、背筋を伸ばしたまま腕を組み、相手の顔を正面から見据えていた。


「なんとかしてくれ……」


徳田の声は低く、短かった。


「しかしな、これ……」

小野田はテーブルに置かれた書類へ視線を落とす。

「どう見ても使途不明金や。銀行に説明できる筋やない」


「細かいこと言うな」

徳田は吐き捨てるように言った。

「こっちも色々あるねん。古いつきあいやろ」


富双造船は、徳田重蔵を筆頭株主として昭和42年に設立された。

清水で鮪の仲買をしていた徳田が、極東興業社主の小野田と語らい、南海銀行を巻き込んで始めた事業だった。


大型漁船を、早く、安く造る。

世界の漁場へ一刻も早く送り出す。


獲れた鮪は四日市の大型冷凍庫で保管し、市況を見て高値で売る。

売上は銀行が回収し、その資金を原資に次の船を造る。


当時としては、現実的で、そして危ういほど効率のいい仕組みだった。


だが、オイルショックですべてが狂った。

燃料は高騰し、市場は冷え、計算は一気に合わなくなった。


追い打ちをかけるように、小野田自身が前年、贈賄と外為法違反で逮捕される。元首相とともに起訴され、「記憶にございません」という言葉が世間を騒がせたのは、まだ記憶に新しい。


「あんたも分かっとるやろ」

小野田が言った。

「時代は変わったんや」


「時代もクソもあるか」

徳田は即座に返す。

「金がない者は死ぬ。それは今も昔も同じや」


腕を組んだまま、徳田は黙り込んだ。

壁に掛けられた時計の針の音だけが、やけに大きく響く。


「今週、アメリカで5隻を本契約できれば⋯⋯」

小野田が言葉を選びながら続ける。

「南海も、そう無下にはせんやろ」


「……それとも」

小野田は一拍置いた。

「他に、金が要る理由があるんか?」


テーブルの上のA4冊子が、小野田の指でめくられる。

表題は「資金繰り表」。

向こう半年の金の出入りが、容赦なく数字で並んでいた。


「銀行は、契約金を回収してから融資を判断する言いよる」

徳田は唇を歪めた。

「雨が降っとるから傘を貸せ言うたら、身ぐるみ剥がそうとしよる」


小野田は、20年以上前を思い出していた。

闇市で名を馳せていた徳田と、鮪を巡って渡り合い、最後は手を組んだ日のことを。


1965年、ベトナム戦争が激化すると、徳田は韓国人の李と組み、軍事物資の輸送で資金を稼いだ。

小野田が船を、李が船員を集める。

徳田は時に自ら船に乗り込み、米軍や現地の港湾業者を相手に丁々発止の交渉を繰り返した。


富双造船設立の原資は、きれいな金ばかりではなかった。


「……あれがあるやろ」


徳田の声が、応接室の空気を切った。


「四日市沖の空港計画や。金が足りんのなら、あれを上に頼んでくれ」


極秘裏に進められた伊勢湾国際空港構想。

造船設備を転用し、臨海町から海上へ橋を通し、空港建設を請け負う。

徳田の頭の中では、その計画はまだ終わっていなかった。


造船が駄目なら空港。

それが彼の、最後の保険だった。


小野田は、太々しい徳田の顔をじっと見据えた。

――まだ、終わったと思っていないのか。


時代は確かに変わった。

だが、徳田だけは、変わる気がないように見えた。


(つづく)


・・・・・


#AMCO #無我夢中AMCO知見Lab


https://qs07n.hp.peraichi.com/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ