第3章「春の嵐の予兆」③
第3話「解れていく二人の絆」
ちょうどその頃、社長の徳田重蔵は東京事務所の応接室にいた。
向かいのソファには、百八十を超える体躯を預け、少し猫背気味の小野田が座っている。対照的に徳田は、背筋を伸ばしたまま腕を組み、相手の顔を正面から見据えていた。
「なんとかしてくれ……」
徳田の声は低く、短かった。
「しかしな、これ……」
小野田はテーブルに置かれた書類へ視線を落とす。
「どう見ても使途不明金や。銀行に説明できる筋やない」
「細かいこと言うな」
徳田は吐き捨てるように言った。
「こっちも色々あるねん。古いつきあいやろ」
富双造船は、徳田重蔵を筆頭株主として昭和42年に設立された。
清水で鮪の仲買をしていた徳田が、極東興業社主の小野田と語らい、南海銀行を巻き込んで始めた事業だった。
大型漁船を、早く、安く造る。
世界の漁場へ一刻も早く送り出す。
獲れた鮪は四日市の大型冷凍庫で保管し、市況を見て高値で売る。
売上は銀行が回収し、その資金を原資に次の船を造る。
当時としては、現実的で、そして危ういほど効率のいい仕組みだった。
だが、オイルショックですべてが狂った。
燃料は高騰し、市場は冷え、計算は一気に合わなくなった。
追い打ちをかけるように、小野田自身が前年、贈賄と外為法違反で逮捕される。元首相とともに起訴され、「記憶にございません」という言葉が世間を騒がせたのは、まだ記憶に新しい。
「あんたも分かっとるやろ」
小野田が言った。
「時代は変わったんや」
「時代もクソもあるか」
徳田は即座に返す。
「金がない者は死ぬ。それは今も昔も同じや」
腕を組んだまま、徳田は黙り込んだ。
壁に掛けられた時計の針の音だけが、やけに大きく響く。
「今週、アメリカで5隻を本契約できれば⋯⋯」
小野田が言葉を選びながら続ける。
「南海も、そう無下にはせんやろ」
「……それとも」
小野田は一拍置いた。
「他に、金が要る理由があるんか?」
テーブルの上のA4冊子が、小野田の指でめくられる。
表題は「資金繰り表」。
向こう半年の金の出入りが、容赦なく数字で並んでいた。
「銀行は、契約金を回収してから融資を判断する言いよる」
徳田は唇を歪めた。
「雨が降っとるから傘を貸せ言うたら、身ぐるみ剥がそうとしよる」
小野田は、20年以上前を思い出していた。
闇市で名を馳せていた徳田と、鮪を巡って渡り合い、最後は手を組んだ日のことを。
1965年、ベトナム戦争が激化すると、徳田は韓国人の李と組み、軍事物資の輸送で資金を稼いだ。
小野田が船を、李が船員を集める。
徳田は時に自ら船に乗り込み、米軍や現地の港湾業者を相手に丁々発止の交渉を繰り返した。
富双造船設立の原資は、きれいな金ばかりではなかった。
「……あれがあるやろ」
徳田の声が、応接室の空気を切った。
「四日市沖の空港計画や。金が足りんのなら、あれを上に頼んでくれ」
極秘裏に進められた伊勢湾国際空港構想。
造船設備を転用し、臨海町から海上へ橋を通し、空港建設を請け負う。
徳田の頭の中では、その計画はまだ終わっていなかった。
造船が駄目なら空港。
それが彼の、最後の保険だった。
小野田は、太々しい徳田の顔をじっと見据えた。
――まだ、終わったと思っていないのか。
時代は確かに変わった。
だが、徳田だけは、変わる気がないように見えた。
(つづく)
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