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第3話:魔王、ざまあズに加入する

 招待状って、だいたいロクなことにならないのです。


 赤い封蝋。魔王城。面談要請。


 ——字面だけで胃が重い。


「……行く」


 金髪ロリ聖女リリカが、いつも通り短く言って、いつも通りわたしを睨んだ。


「アルシェ。余計なこと言うな」


「えっ、わたし、いつも余計なことしか言ってないみたいな——」


「言うな」


「はい……」


 黒髪の追放勇者ミオが、わたしの袖をぎゅっと掴む。


「アルシェさま……だいじょうぶ。魔王さまも、きっと……話せば……」


 と、言いながら胸を押し付けてくるのは、たぶん緊張を紛らわせるためです。たぶん。絶対そう。


 赤髪ガリガリ処刑令嬢ローザは、招待状を指先で弾いて鼻で笑った。


「魔王城だろ? つまり“格式”。つまり“金”。……つまり、交渉の余地がある」


「ローザさん、今すごく嫌な目してません?」


「褒め言葉か?」


「違います!」


 リリカが深いため息をつく。


「……今から会いに行く相手は、世界の敵」


「世界の敵に会いに行くの、普通に怖いんですけど!?」


「黙れ。元凶」


「うぅ……」


 元凶であることは否定できないのが辛い。


 でも。


 封蝋の紋章を見ていると、あの言葉が思い出される。


『都合で世界を壊す者を、私は許せない』


 ——わたしも、許せない。


 だから、行く。


 諦めない。


 そして、責任を取る。


 ……たとえ正座させられても。


 ……たとえ禁酒でも。


「……ローザさん。魔王城って、お酒ありますよね?」


「あるな。たぶん最高級が並んでる」


「最高級……」


 わたしの喉が鳴った。


「禁酒」


 リリカが背後から氷の声を刺す。


「はい……」


 魔王城は、想像よりも“ちゃんとして”いた。


 空に突き刺さる黒い尖塔、赤紫の旗、整列した魔族の兵。だけど、荒んだ匂いはない。むしろ規律の匂いがする。


 門の前で迎えたのは、昨日の使者——ではなく、真っ黒なスーツを着た、眼鏡の魔族だった。真面目そう。胃が痛くなるタイプの真面目。


「ようこそ。異世界ざまあズの皆様」


 丁寧すぎるお辞儀。


 リリカが小声で囁く。


「……礼儀正しい。逆に怖い」


 ミオが頷く。


「……わかる」


 ローザがぼそっと。


「高級ホテルの受付みたいだな」


 わたしは、なぜか居心地が悪くなる。神界みたいにふわふわしていない。地に足がついてる真面目さは、こっちの罪悪感に刺さる。


 案内された謁見の間は、さらにちゃんとしていた。


 赤い絨毯。左右の列。高い天井。天井画は……魔族の英雄譚っぽい。歴史がある。


 そして、玉座。


 そこに座っていたのは——


 黒紫の髪。小さな角。真紅の瞳。


 軍服みたいに仕立ての良い制服。背筋がまっすぐ。顔は若い。少女と言ってもいい。でも目だけが、古い。


 彼女が、魔王。


「——面を上げよ」


 声は澄んでいるのに、重い。


 わたしは反射で頭を下げかけて、途中で気づいた。


「え、わたし神なんですけど?」


「……そうだった」


 魔王が一拍だけ沈黙し、真面目に言い直した。


「では、面を上げていただきたい。門の女神アルシェ」


 真面目すぎて、逆に笑いそうになる。いや、笑ったら死ぬ。


 リリカが一歩前に出た。


「用件」


 短い。強い。


 魔王はリリカを見る。……一瞬、視線が柔らかくなった。真面目枠同士で何かが通じた気配がする。いやだ。ライバルが増える。


「私は魔王——名はまだ、名乗るべきではないだろう。貴様らは私を“魔王”と呼べ」


「“魔王ちゃん”はダメですか?」


 わたしが言った。


 空気が凍った。


 リリカの拳が鳴った気がした。


 ローザが小声で。


「元凶、黙れ。ほんとに黙れ」


 ミオが慌ててわたしの口を手で塞ぐ。


「んむっ!?」


 魔王は、真面目に首を傾げた。


「……魔王ちゃん、とは?」


「えっと、親しみを込めて——」


「やめろ」


 リリカが即座に遮断した。はい……。


 魔王は咳払いを一つ。


「本題だ。私は……貴様らの活動を見ていた」


 真紅の瞳が、こちらを刺す。


「転移者の詐欺を潰した。偽りの更生施設を壊した。弱き者を救い、搾取する者を裁いた。——それは、私が望んだ“秩序”だ」


 リリカが眉を動かす。


「……魔王の口から秩序?」


「意外か。だが私は、最初から——」


 魔王の声が、少しだけ揺れた。


「人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。全てが共存できる世界を夢見ていた」


 ミオが息を呑む。


「……共存」


「理想論だと笑われた。だが、私は諦めなかった。交渉し、条約を作り、交易路を守り、争いの火種を潰して回った」


 魔王は真面目に、淡々と語る。真面目がすぎる。なのに、言葉が胸に刺さる。


「しかし——ご都合主義が来た」


 その瞬間、空気が変わった。


 玉座の真紅が、憎しみの色になる。


「転移者だ。チートだ。英雄だ。勇者だ。——“世界のため”と称して、彼らは私の積み上げたものを踏みにじった」


 ローザがぽつり。


「……利権、か」


「そうだ。彼らは“物語”を望む。分かりやすい敵、分かりやすい正義、分かりやすい勝利。共存は、地味で、時間がかかる。だから邪魔だと——笑った」


 ミオの唇が震える。


 信念を笑われる怒りが、ミオの中で静かに燃えている。


 そして魔王は、最後に言った。


「……私の家族は、転移者に殺された」


 言葉が、落ちる。


 静かに落ちて、謁見の間の底に沈んだ。


 リリカの目が、少しだけ陰る。真面目な人が馬鹿を見ること。信じたものに殺されること。……似た傷が、そこにある。


 ローザは視線を逸らさない。


 仲間の涙を許さない。ローザの“家族”は血じゃない。泣いてる子の顔が、ローザの中に住んでいる。


 そして、魔王の視線が——わたしを射抜いた。


「門の女神アルシェ」


 真紅の声が、刃になる。


「貴様が“門”を開けた。貴様が転移者を通した。貴様が、この世界にご都合主義を溢れさせた」


 ——正しい。


 わたしは喉が詰まる。でも、目を逸らさない。


「……はい」


 短く答えると、魔王の眉が動いた。


「反論しないのか」


「できません。元凶ですから」


 ローザが小声で。


「便利な言葉だな、元凶」


「違うんです、ローザさん! 反省してるんです!」


「反省してるなら禁酒しろ」


「うぅ……」


 魔王は、玉座から立ち上がった。


 足音が、ひとつ。ひとつ。


 近づいてくるたびに、圧が増す。


「私は貴様を許せない」


 真紅の瞳が、目の前だ。


「貴様が善意であろうと関係ない。結果が全てだ。貴様の善意は——多くを殺した」


 その言葉で、わたしの胸の奥が、ずきりと痛んだ。


 でも、わたしは言う。


「……だから、責任を取ってます」


「責任?」


 魔王が鼻で笑う。


「貴様は神だ。雲の上で、下界を眺めているだけだろう」


 ——違う。


 わたしは、思わず言ってしまった。


「諦めないでください」


 その瞬間。


 魔王の顔が、凍った。


「……お前が言うな」


 低い。怒りが底まで落ちている声。


 謁見の間が、完全に静まる。


 リリカが一歩前に出ようとして——止まった。わたしが、手で制した。


 わたしは、深呼吸して、言う。


「……わたしは、確かに雑でした。善意の雑さで門を開けた。説明もせず、考えも浅く、ただ“生きろ”って放り込んだ」


 痛い。言うたびに自分が削れる。


「でも、今は——働いてます」


 わたしは膝をついて、頭を下げた。神なのに。格好悪い。泥臭い。


「リリカに正座させられて、ローザに労働契約を結ばされて、禁酒条項までつけられて……それでも、現場に出て、搾取を潰して、泣いてる子を助けて、門の責任を取ってます」


 ミオが、そっとわたしの肩に手を置いた。あたたかい。


 わたしは顔を上げて、魔王を見る。


「……それでも、足りないのは分かってます。だから、諦めるなって言いました」


 魔王の瞳が揺れる。怒りの揺れじゃない。困惑の揺れ。


「貴様は……なぜ、そこまで泥臭くできる」


「元凶だからです」


 わたしは笑った。泣きそうな笑い。


「元凶は、働かないといけないんです。常識らしいです」


 ローザが鼻で笑った。


「誰が言ったと思ってる」


 リリカがぼそっと付け足す。


「禁酒も常識」


「それ今関係ないです!」


 空気が、少しだけ緩む。


 魔王は、しばらく黙っていた。


 そして、ふっと息を吐く。


「……なら、見せてみろ。貴様らの“風紀”が、本当に世界を変えられるのか」


 そのとき。


 扉が勢いよく開いた。


 さっきの眼鏡の魔族が、息を切らして駆け込んでくる。


「魔王様! 人間領との境界で——転移者傭兵団が暴れております!」


 魔王の顔が、一瞬で“王”になる。


「被害は」


「魔族の村が一つ焼かれ、人間の交易隊も襲われました。彼らは“英雄ごっこ”を……」


 ——英雄ごっこ。


 その言葉で、ミオの目が燃えた。


「……信念を、遊びにしないで」


 リリカの拳が鳴る。


「真面目を、踏みにじるな」


 ローザの瞳が細くなる。


「泣かせるな」


 そして、わたしの胸の奥が熱くなる。


「諦めさせない」


 魔王が、わたしたちを見る。


「……来い」


 短い命令。


 わたしは立ち上がった。


「魔王さま。行きましょう。——ざまあしましょう」


 魔王が、ほんの少しだけ口角を上げた。


「……言葉が軽いな」


「コメディ寄りなので」


「意味が分からん」


「大丈夫です! わたしも意味分かってません!」


 リリカの拳が飛んできた。痛い。おでこが痛い。


 境界の村は、煙の匂いがした。


 倒れた家。泣き声。すす。


 そして、笑い声。


「ははっ! この世界、楽勝じゃん!」


 転移者の若い男たち。派手な装備。チートっぽい光。剣に魔力がまとわりついている。


「魔族も人間も同じだろ? 弱い方が悪い!」


 その瞬間。


 リリカが、地面を蹴った。


「黙れ」


 短い。


 拳が腹にめり込む。


 男が吹っ飛ぶ。


「えっ、なに!? 聖女!? なんで物理!?」


「うるさい」


 二発目で黙った。


 別の男が、ミオに剣を向ける。


「お前、勇者だろ? 俺らの仲間になれよ!」


 ミオは震えていた。でも、逃げなかった。


「……わたしは、誰も傷つけない」


「それ無理だって! 魔王倒すんだろ? 傷つけるのが正義——」


 ミオの目が、冷えた。


「信念を、笑わないで」


 ミオの手が光る。癒しの光——なのに、それは“縛り”になる。相手の筋肉が勝手に痙攣して、剣が落ちる。


「えっ、なにこれ!?」


「……痛いよね。ごめん。でも、止める」


 優しい声で、容赦がない。


 ローザは、戦場の端で泣いている子の前に膝をついた。


「怪我は?」


「……こわい……」


「分かる。金も怖いけどな」


「え……?」


「冗談だ。……泣くな。泣いていい。今だけ」


 ローザが子を抱き起こし、背中を叩く。その手は、信じられないほど優しい。


 そして、わたし——アルシェは。


 指を鳴らした。


 ぱちん。


 門を開く。


 逃げ道じゃない。逃げられない“廊下”だ。


 転移者の足元に、光の輪が次々と浮かび、走るたびに元の場所へ戻される。


「な、なんだこれ!? バグ!? チート無効!?」


「バグじゃないです。仕様です。門の女神ですから」


 わたしは笑った。


「ご都合主義が好きなら、こっちもご都合主義で返します」


 転移者たちが青ざめる。


 その背後から、魔王が歩いてきた。


 真紅の瞳。冷たい声。


「——私の村を焼いた罪。私の民を泣かせた罪。貴様らの“遊び”は、ここで終わりだ」


 魔王が手を上げると、空気が震えた。


 圧倒的な魔力。


 でも、殺さない。潰さない。


 “拘束”だけで終わらせる。


 真面目だ。真面目すぎる。


「更生施設行き、です」


 わたしが言う。


「……同じ言葉を使うな」


 魔王が睨んだ。


「えっ、でも便利で——」


「黙れ」


「はい……」


 門が開き、転移者傭兵団が一人ずつ、すとん、と消えていく。


 戦いが終わると、村に静けさが戻った。


 泣き声が、少しずつ小さくなる。


 ミオが傷ついた人たちに癒しを配り、ローザが物資を配り、リリカが残党がいないか見回る。


 魔王は、少し離れた場所で、立ち尽くしていた。


 わたしは、そっと近づいた。


「……魔王さま」


「魔王でいい」


「じゃあ、魔王ちゃん」


「やめろ」


「はい……」


 魔王は、遠くを見るように言った。


「……私は、こういう“当たり前”を守りたかっただけだ」


「守れます」


 わたしは言う。


「諦めなければ」


 魔王が、また揺れる。


「……私は、一度諦めた。支配を選んだ。共存のために、矛盾した手段を選んだ」


「それでも、戻ってこれます」


 わたしは笑った。泥臭い笑い。


「元凶が、戻ってこれたので」


「戻ってきたのか?」


「はい。——リリカが引きずってきました」


「元凶」


 背後からリリカの声が刺さる。


「なに」


「余計なこと言うな」


「今、良いこと言ってませんでした?」


「言うな」


「はい……」


 ローザが、魔王を見て口を開く。


「で。魔王。面談の続きだ」


「……続き?」


「そう。こっちは条件がある。仲間になるなら——」


 ローザがにやりと笑った。


「報酬の話をしよう」


「ローザ!」


 リリカがキレる。


「冗談だよ」


「顔が冗談じゃない」


「褒め言葉か?」


 ミオが魔王の前に立って、まっすぐ言った。


「……魔王さま。わたしは、あなたと話したい。共存は……きっと、できる。信じたい」


 魔王はミオを見る。真面目な顔。少しだけ、救われた顔。


 そして、最後に——わたしを見る。


「アルシェ」


 初めて、名前で呼ばれた気がした。


「貴様は元凶だ。許せない。だが……貴様は責任を取ろうとしている」


 魔王の声が、少しだけ柔らかい。


「なら、私も働く。机上の理想ではなく、現場で——風紀で、夢を取り戻す」


 リリカが短く言った。


「……加入?」


 魔王は、うなずいた。


「異世界ざまあズに入る」


 ミオがぱっと笑う。


「……やった」


 ローザが、すぐに言う。


「歓迎会だな」


 わたしも即答。


「酒!」


「禁酒」


 リリカの一言で、わたしの夢は砕けた。


「じゃあジュース!」


「それならいい」


 魔王が真面目に言った。


「……規律は守るべきだ」


「うんうん! 規律大事! 規律!」


 わたしが全力で頷くと、ローザが肩をすくめた。


「元凶の手のひら、軽いな」


 リリカがぼそっと言う。


「……でも、動けるやつは優秀」


「褒めてます?」


「半分」


「半分でも嬉しいです!」


 魔王が、少しだけ困った顔をした。


「……本当に、貴様らは……」


 その言葉の続きを、彼女は飲み込んで。


 小さく、笑った。


 真面目な顔が崩れる、その一瞬。


 ——それだけで、わたしは思った。


 この子も、諦めたくなかったんだ。


 だから。


 諦めさせない。


 元凶として。


 異世界ざまあズとして。


 そして、今日からは——


「魔王ちゃん、ようこそ!」


「やめろと言っただろう!」


 リリカの拳が飛んできた。痛い。


 でも、笑い声が、村に落ちた。


 泣いていた子の涙が、少しだけ止まった気がした。

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