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第2話:その更生、詐欺です

 異世界ざまあズ——なんて、ふざけた名前をつけた翌朝。


 わたし(アルシェ)は、神なのに、また石の床に正座していました。


「……なんで?」


「反省会」


 金髪ロリの聖女、リリカが短く言う。相変わらず語彙が少ない。怖い。


「え、でも昨日は褒められましたよ!? 一回だけって!」


「調子に乗った」


「うっ……」


 黒髪の美少女勇者、ミオが、わたしの横にすとんと座って、両手で湯飲みを差し出してくる。


「アルシェさま……お水、飲もうね。今日はあったかいよ」


 優しい。あったかい。天使。いや勇者。


 その優しさに頬がゆるみかけた瞬間——


「……業務中に距離が近い」


 リリカの刺が飛んできた。


「ご、ごめん……でも……アルシェさま、昨日がんばったから……」


「甘やかすな」


「は、はい……」


 ミオがしゅんとする。やめて! その顔は! 罪悪感が!


 そこで、赤髪ガリガリのお姉さん——処刑令嬢ローザが、机にどさっと紙束を置いた。


「はい。元凶。今日の案件」


「元凶言うのやめません?」


「働け」


「はい……」


 ローザが指で紙を叩く。


「“更生施設”って名乗って、転移者を囲って金と労働力を搾ってる連中がいる。場所は郊外の修道院跡——表向きは“救済の家”。裏は監禁」


「監禁……」


 ミオが小さく息を呑んだ。リリカの目が、すっと細くなる。


「……教会の名を使ってる?」


「使ってる。看板にも“神の導き”とか書いてある」


 リリカの拳が、ぎゅっと握られた。


 わたしの胸の奥も、嫌な音を立てる。


 ——転移者が増えたせいで、こういうのが増える。


 わたしが門を開けたせいで。


「被害者は?」


「十数人。若い転移者ばっか。『もうどうでもいい』『諦めた』ってやつを引っ掛けてる。……で、今日の通報者がこれ」


 ローザが紙束の一番上を差し出す。


 震える字で書かれた一文。


『友だちが連れていかれました。助けてください』


 ——助けて。


 その言葉だけで、喉がきゅっとなる。


 そして。


 紙の端が、にじんでいた。


 涙の跡だ。


「……泣かせたんだ」


 ローザがぼそっと言う。あの人の目の色が、昨日とは違う。


 リリカが立ち上がった。


「行く」


「はい……!」


 わたしも立ち上が——


「アルシェさま、待って」


 ミオがわたしの袖をつまむ。


「……わたし、こわい。でも……行く。信じたい。ちゃんと、話せば……わかるって……」


 その顔は、泣きそうなのに、逃げない顔だった。


 ——信念を笑うな。


 ミオの怒りの芯が、ふっと見えた。


「うん。行こう。わたしも——諦めさせない」


「……それ、誰のせいで諦めが増えてると思ってる」


 リリカが横目で刺す。


「ごめんなさい……」


「正座」


「出発前に!? 今から行くのに!?」


「冗談」


 リリカが一瞬だけ口角を上げた。……笑った? 今? 見間違い?


「今の、可愛くない?」


「黙れ」


「はい……」


 ローザが外套をひるがえし、扉へ向かう。


「さっさと行くぞ。証拠押さえて、潰す。ついでに回収もする」


「回収って……」


「金。被害者の金。あと、むこうの金」


 ローザの目が光る。


「……“経費”だ」


「言いましたね? リリカ、今の聞きました?」


「聞いた」


「うぅ……」


 こうして、わたしたちは二日目の“世直し”に出発した。


 郊外へ向かう道は、街の喧騒から遠ざかるほど静かになった。


 草の匂い。土の湿気。風の冷たさ。


 遠くに、崩れかけた石造りの建物が見えた。かつて修道院だったらしい。


 外壁には、新しく掛け替えられた看板がある。


『救済の家——迷える魂に、神の導きを』


 ……神の名を、勝手に。


 胸が、むかつく方向に熱くなる。


「ここか」


 ローザが低く言う。


 門の前には、見張りが二人。鎧を着てるけど、動きが雑。顔つきが、良くない。


「どうする? 正面から?」


 ローザが言った。


 リリカは短く。


「正面。証拠」


 ミオがわたしの手を握る。いつもより少し強い。


「アルシェさま……」


「大丈夫。わたし、門の女神ですから。いざとなったら——逃げ道は作れる」


「……逃げ道じゃなくて、反省しろ」


 リリカがぼそっと言う。うぐ。


 わたしたちは、普通に門をくぐった。


 中庭には、痩せた若者たちが並ばされていた。鍬を握ってる。手は荒れ、背中は丸い。


 転移者。まだ、子どもみたいな顔。


 その中に、一人だけ膝をついている子がいた。息が荒い。ふらふらしてる。


「水……」


 その声を聞いた瞬間、ミオが駆け寄りかけて——止まった。


 見張りが槍を突き出したからだ。


「動くな。ここは更生施設だ。勝手なことは許されねぇ」


「更生……?」


 ミオの声が震える。


 そこへ、奥から人が出てきた。


 神官服っぽい衣装。だけど布は安い。胸元の紋章も雑。


 にやにやした青年だった。目つきが軽い。——転移者だ。


「ようこそ、“救済の家”へ」


 彼は大げさに手を広げた。


「私は管理者タクミ。迷える転移者諸君を救い、立派な人材に育てている。……ああ、見学か? 寄付なら歓迎だよ」


 ローザが笑った。


「寄付ね。いくら?」


「金貨三枚から。神の祝福が——」


「はい、詐欺」


 ローザが昨日と同じテンションで切った。タクミの顔がひきつる。


「は? いきなり何言って——」


 リリカが一歩前へ出た。


 声は小さいのに、空気が冷える。


「真面目な人を、馬鹿にするな」


「……はぁ?」


 タクミが鼻で笑う。


「真面目? あいつらが? 諦めてたから来たんだろ。だったら使えるうちに使ってやるのが——現実ってもんだ」


 ——諦めてたから。


 その言葉で、わたしの中の何かが、ぶちっと鳴った。


 視界の隅で、膝をついた子が、唇を噛んでいる。


「ごめん……俺……もう、無理で……」


 小さな声。


 諦めの匂い。


 わたしは、息を吸って、吐いた。


「無理って言うな」


 自分でも驚くくらい、声が低かった。


 タクミが肩をすくめる。


「はっ。女か? 綺麗事は腹いっぱい。ここは慈善じゃねぇんだ。現実だ。——お前らもそうだろ? 神だの信念だの、そんなの……笑える」


 その“笑える”で。


 ミオの顔から、優しさが消えた。


「……笑わないで」


 ミオは静かに言った。


「わたしは、誰も傷つけたくないって言った。追放された。笑われた。でも……それでも信じてる。話せばわかるって。——それを、笑わないで」


 タクミは大笑いした。


「魔王が話せばわかる? ははっ! お前、頭お花畑——」


 次の瞬間。


 リリカが、タクミの胸ぐらを掴んでいた。


「……黙れ」


 短い。


 怖い。


 でも、タクミはまだ舐めていた。


「おいおい、聖女サマ? 神官サマ? その力、誰のおかげだと思って——教会の後ろ盾が——」


 教会。


 その単語を口にした瞬間、リリカの目が、底のない色になった。


「……教会が、何?」


 声が、氷みたいだった。


 わたしは初めて気づく。


 リリカの怒りは、拳だけじゃない。


 “信じてきたものに裏切られた”冷たさだ。


「ここは教会の管轄だ。逆らったら——」


 言い終わる前に。


 ローザが、ぱん、と手を叩いた。


「はいはい。証拠揃った」


「は?」


 ローザは紙束を取り出した。昨日からいつ用意したのか分からない帳簿の写し。


「寄付金名目の中抜き。労働での搾取。監禁。暴力。あと、“教会への上納”の記録まであるじゃん」


 タクミの顔が一瞬で青くなる。


「な、なんでそれを——」


「金の匂い」


 ローザがにやりと笑う。


「わたし、これ大好き」


 見張りが槍を構える。


「やべぇ! やっちまえ!」


 空気が裂ける。


 ミオが膝をついた子の前にしゃがみこむ。


「大丈夫……今、癒す」


 光が広がり、子の呼吸が少し楽になる。


 でもミオは、見張りには向けない。


 ——癒さない。


 ミオの信念が、静かな刃になっている。


 リリカは、見張りの槍を素手で弾き——拳で腹を打った。


 鈍い音。人が吹っ飛ぶ。二人目も同じ。


「暴力だ! 暴力!!」


 タクミが叫ぶ。


「更生施設で暴力!? どっちが悪だよ!」


 ローザが冷たく言った。


「泣いてる方」


 その視線の先。


 並ばされた転移者の中に、小さな子がいた。震えている。涙が落ちる。


 ローザの顔から、完全に笑みが消えた。


「……泣かせたな」


 ローザが一歩踏み出す。ガリガリの身体が、やけに大きく見える。


 タクミが後ずさる。


「お、おい待て! 俺だって……俺だって、若くして死んで、ここに——! どうせ誰も助けてくれなかった! だから——」


「だから、泣かせていい理由にはならない」


 わたしは言った。


「諦めたからって、終わりにするな。終わらせるな」


 タクミが歯ぎしりする。


「うるせぇ……元凶のくせに……!」


 ——元凶。


 胸が痛い。痛いけど。


 逃げたくない。


「そうだよ。元凶だよ。だから、責任取る」


 わたしは指を鳴らした。


 ぱちん。


 足元に、小さな光の輪が幾つも開く。


 転移門——じゃない。これは“通路”だ。


 床下の部屋へ繋げた。


「……何?」


 ローザが眉を上げる。


「この下。鍵付きの部屋。閉じ込められてる子、いる」


 ローザが舌打ちする。


「クソ……」


 リリカが即座に飛び込んだ。短い身のこなし。迷いがない。


 ミオは、膝をついた子を抱えて、安全な場所へ連れていく。


 わたしは門を維持しながら、タクミの逃げ道を塞ぐように、彼の背後にも輪を開いた。


 どこへ走っても、戻される“廊下”。


「な、なんだよそれ! 反則だろ!」


「門の女神ですから」


 わたしは笑った。


「逃げ道を作る担当なんです。でも今日は——逃げ道、作りません」


 タクミが顔を歪めて、最後の悪あがきみたいに叫んだ。


「お前らが何したって、世界は変わらねぇ! 転移者は増える! みんな勝手にやる! どうせ、諦める!」


 その“諦める”で。


 わたしは、きっぱり言った。


「諦めない」


 それだけで、言葉が終わった。


 リリカが戻ってくる。引きずられて出てきたのは、鍵付きの首輪をつけられた子たち。涙。震え。


 ローザが、子どもの頬の涙を親指で拭って——言った。


「大丈夫だ。もう泣くな。……泣いていい。今だけ」


 ローザの声は、不器用に優しかった。


 ミオが、全員に癒しの光を配る。


 そして、リリカがタクミの前に立つ。


「終わり」


 短い。


 タクミが震える。


「ま、待て! 俺は——」


 ローザが紙を突きつけた。


「帳簿も証言も揃った。更生施設? 笑わせんな。お前が更生しろ」


 わたしは最後に、足元の門をひとつだけ大きく開いた。


 公的な拘束施設へ繋げる“転送門”。ローザが用意した証拠で、手続きは通る。


「更生施設行きです」


 昨日と同じ言葉が、今日も口をついた。


 タクミは叫びながら、門に落ちていった。


 すとん。


 静かに、消えた。


 救済の家——偽りの修道院跡は、夕暮れの中で静まり返っていた。


 解放された転移者たちは、まだ震えていたけれど、泣きながらも、誰かの手を握っていた。


 ミオが、わたしの袖を引く。


「アルシェさま……ありがとう。諦めないって言ってくれて……」


 その距離の近さに、わたしが少し照れた瞬間——


「業務中」


 リリカの声が飛ぶ。


「はい……」


 ローザが肩を回し、空を見上げた。


「さて。回収も完了。被害者に返金もした。……あと、上納分は没収。経費」


「経費!」


「うるせぇ」


 リリカがじとっと見た。


「禁酒」


「今日は飲まねぇよ!」


 ローザが珍しく素直に言った。……ほんとに?


 そのとき。


 中庭の空気が、ふっと冷えた。


 風が逆回りに吹いたみたいに、蝋燭の火が揺れる。


 わたしの背中が、ぞくっとした。


「……来る」


 リリカが言った。


 次の瞬間、影が落ちた。


 黒いローブ。角のような飾り。赤い封蝋。


 魔族——使者。


 彼は膝をつき、丁寧に頭を下げた。


「異世界ざまあズの諸君に、魔王城より正式な面談要請を」


 ローザが口角を上げる。


「来たな」


 ミオがわたしの腕をぎゅっと掴む。


「アルシェさま……」


 リリカは、短く言った。


「……警戒」


 わたしは、封書を見つめた。


 赤い封蝋の紋章が、月の光を受けて、不気味に輝いている。


 ——魔王。


 第一話の最後に見えた、あの赤い瞳。


 使者が続ける。


「魔王様は仰せです。『都合で世界を壊す者を、私は許せない。話がしたい』と」


 その言葉に。


 わたしは、なぜだか少しだけ——胸が熱くなった。


「……面談、受けます」


 リリカが即座に言う。


「勝手に決めるな」


「ご、ごめんなさい!」


 でもローザが笑った。


「いいじゃん。どうせ行く」


 ミオが小さく頷く。


「……話せば、わかるかもしれない」


 リリカが、深いため息をついた。


「……異世界ざまあズ。次の案件」


 そして、使者が最後に付け足すように言った。


「面談場所は——魔王城です」


 空気が、ぴん、と張った。


 わたしは思わず叫んだ。


「えっ、いきなり本丸!? まだ禁酒二日目なんですけど!?」


「関係ない」


 リリカの一言で、わたしの言い訳は死んだ。


 こうして。


 異世界ざまあズの二日目は、魔王城への招待状で終わった。

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