第05話 迷宮最深部へフライハイ!!
あのクソアマ(JD召喚士)の悪意あるイタズラによって、オレは魔王城へと続く通路から地下迷宮最深部へと続く坑道を、現在真っ逆さまに墜落中だ。
このまま地面へ激突すれば、いくら異世界へ渡った時に与えられ強靭なステータスを持つオレでも、無事には済まないだろう……なんて、マジで死ぬわアホが!
オレはこれまでの旅で、コツコツ真面目に道路や橋を造ってきたお陰で、そこそこの経験値を稼いでおり様々な工具を買い揃えてきた。
まだ魔物を倒して魔石を手に入れてないので、受け取った経験値の多くをチャージで使ってしまい、レベル的には余り成長してない様に見えるが、その代わり【ツールボックス】の中には、それなりの魔動工具類が一式揃っている。
【ツールボックス】とはその名の通り道具箱のスキルなのだが、その中には元の世界で一般的に使用されていた工具や道具なんかを収納できるスキルで、中にある物ならオレが念じるだけでいつでも取り出せる優れものなのだが、ハンマーやバールなど最初から入ってた工具以外は決済ポイントを消費して発注しなければならない。
そして【ツールボックス】に予め用意されていたツール類にあった、フルハーネス型安全帯(正確には墜落制止器具)を呼び出すと同時に装着し、フックの先を途中で見かけた壁の突起に引っ掛けようと試みるのだが、これがなかなか上手くいかない。
この絶壁にはフックを引っ掛ける事ができそうな突起がほとんど存在しないので、それなら壁面にアンカーを打込んで水平ネットを張ろうと試みるのだが、何しろ落下速度が早すぎてスキルが発動している最中にネットを準備していた場所を通り過ぎてしまうのだ。
(これはマジで死ねそうだな)
建築現場で最も多いとされる墜落事故。その悲惨な末路が自分の身に降りかかろうとする未来を想像して、ブルリと背筋に冷たい電気が流れる気がした。
それでも何とか、気合いと根性と試行錯誤の果てに安全ネットを設置したものの、先ほどと比べてかなりの速度まで加速してしまっていたせいで、たった1枚の安全ネットだけでは心許ないなと感じた瞬間……。
「大丈夫か?」
────ビリリリリリッ!!
今思えば「大丈夫か?」なんて発言が不要なフラグを立ててしまったのだろう。オレの身体を受け止めた瞬間に界まで引き伸ばされた安全ネットが、大きな破裂音を響かせて破れてしまう。
過去の走馬灯はまだ見えないが、冷静に考えると安全ネット1枚の強度だけで、今の加速エネルギーを受け止めるのは最初からムリゲーだったと気が付く。
それでも破れたネットによって幾らかの衝撃が吸収されたお陰で、落下する速度が一時的にせよ減速された事で、若干の時間と心理的な余裕を持つ事が出来た。
なので次回はこの教訓を活かして、安全ネットの枚数を先ほどの三倍設置すると同時に、追加の措置として壁に素早く打ち込んだアンカーに墜落防止用の安全ブロックを取り付け、これらを併用する事で二重の安全対策とすれば何とかなると思う。
安全ブロックとは高所からの墜落を防止する為の機材で、ワイヤーロープが巻かれたドラムを一定速度より早く引き回せば、その内側にあるブレーキが遠心力によって作動してワイヤーがロックされる機構を備えた機材で、このワイヤーの先にある小型フックにオレが装着しているフルハーネス型安全帯(正確には墜落制止器具)のフックを連結しておけば、心の平穏を担保出来るのではないかと考えた。
こうして1回目の安全ネットによる減速によって、2回目の安全ネットを突き破らずに済んだのだが、安全帯フックの根本にあるショックアブソーバー(衝撃吸収部材)が伸び切ってしまったので、この部分のパーツは直ぐに新品と交換しておいた。
そして、オレの身体が三重に張られた安全ネットの反動で宙に浮かんだ時、それまで身体に感じていたGが急に無くなり、一瞬だけ無重力空間へと放り出されたような体験をしたが、こんな怖い思いは1度だけで十分だろう。
(ちなみに異世界召喚で足場から墜落した時は途中で気絶して覚えてないからノーカウントに決まってる)
そして安全ネットの揺れが収まってから、壁面へ新たに打ち込んだアンカーへ丸環を取り付け、手早く【ツールボックス】から取り出した親綱を吊り下げると、それに垂直ロリップと呼ばれる滑落防止器具を取付けて、竪穴の壁面を蹴るようにしながら迷宮最下層まで降りて行く。
こうしてオレは決死のバンジージャンプから無事に生き延びる事が出来たのだが、今度はこの地下迷宮最深部だと思われる場所から、どうやって地上まで生還するのか考えなければいけない。
(先ずは計画立案から始めるとするか……)
現状確認として、あの即製した橋の上からどのくらい落ちて来たのかは良く判らないが、落下速度が秒速9.8メートル毎秒だとして体感で2分弱くらい落ちて来たはずだから、1/2×9.8m/s×110秒の2乗を関数電卓で計算すると、ここは少なくとも地上から60キロメートルくらいの深さという事になる。
「1フロアの階高が平均10メートルくらいだと仮定しても、約600階層くらいは登らないといけない計算になるのか……。
それで垂直方向の距離は大体把握できたとして、あと水平方向の広さはどれくらいあるんだろうか?」
元居た世界で読んだ事があるラノベなんかだと、1フロアを踏破するのに数日は掛けないとダメみたいな話が多かったのを思い出すと、何だか急に面倒臭くなって来た。
(千歩の道も一歩からとは言うけど、なんかもう泣きそう……)
だが、これまで働いていた工事現場で気が遠くなるほど繰り返したPDCAの回数と比べれば、何も仕事らしい仕事もせず、ただ上を目指して歩くだけの簡単なお仕事なんて、どうと言う事は無い……はず。
そうそう、PDCAとは工事現場で仕事を進める際の手順でP(Plan)、D(Do)、C(Check)、A(Action)の略で、計画してから実行し、その進捗や品質を確認して問題があれば改善して次へと繋げる業務改善活動の事だ。
(オレたち日本人には『KAIZEN』と言う名のDNAが組み込まれているから、今の状況でもきっと何とかなるとは思うが……)
基本プランとしては、とにかく上へと続く階段を探して地上に辿り着くまで各階層を踏破するのだが、ただ単に歩き回って迷子になっても無駄な時間を費やすだけなので、簡単なマッピングは必須となる。
それは未踏破地域を塗りつぶすように隅々まで歩き、マップを確認しながら重要な場所を絞り込んで行くという、とても地味な作業を繰り返し続ける事になる。
ここで一番の問題となるのは、遭遇した魔物をどうやってやり過ごすのかとか、それ以外にも食料や水の問題、その他にもトイレや安全な寝床の確保など、数え上げたらキリが無いレベルの危機的状況だと言える。
今のオレには【技能士】として、建設現場などに従事する者たちが持つ強靭な身体能力があるし、作業を行うのに必要な工具や安全保護具などが入った【ツールボックス】以外に、【振動・騒音探知】などの建設系スキルを上手く活用して何とか生き延びるしかない。
但し【ツールボックス】の工具は全て向こうの世界で使っていた民生品と同等であり、それらを武器として使用するには強度や耐久性において心配な面もある。
それでも普通に暮らして行くだけならチョット便利な能力なのだが、こと戦闘においては全く役に立たないとヤツラに誂われたのは悔しい思いがする。
ヤツツらには内緒にしていたが【ツールボックス】がバージョン2に進化した事で、今まで使っていたハンマーやバールなどのようなシンプルな工具以外にも、色々な種類の工具や道具類まで使えるようになっており、それらの中には工事以外にも転用可能な物が多く存在する。
オレはこれまで勇者パーティの下働きとして様々な雑用を強制されて来たが、そのおかげで建設系スキルのレベルも上がっているし、体力だけならあの勇者たちと比べてそれほど劣っているとは思えない。
さすがに若者特有の瞬発力とか、勇者たちが持つ様々な戦闘系スキルについては比べるべくも無いだろうが、こと腕力と持久力に於いては決して負けておらず、それどころか上回っているのではないかとすら思える事がある。
それでも、もしヤツラと戦う事になれば、オレの武器はバールとか大ハンマーしか持っていないから、相手が聖剣とか未知のアーティファクトで反撃されたら一溜りも無いな。
例え正面ではなく背後から襲い掛かったとしても、ヤツラ専用のチートスキルによって感知されて迎撃されたら敗北の二文字しか思い浮かばない。
しかし今のオレは一人だ。一人になったと言うべきかも知れないが、この近くにヤツラはいないし、もう二度と再会する機会は無いだろう。
それにオレの事なんてもう死んだと考えてるかも知れないから、ここでヤツラとの腐れ縁が切れたと考えればそれほど悪くない状況だと言える。
決してヤツラの事を仲間だと考えていた訳では無いが、それでも同じ世界からやって来た同郷者だからなんて甘い考えをしていたから、オレは今の危機的状況を招いたんだろうな。
どちらにしても、オレはもう元の現代世界では死んだ事になってるはずだし、こちらの異世界で2度目の死が待っていたとしても、それがどうしたと言うのだ。
ここにはオレを育ててくれた両親も、一緒にバカをやって楽しく過ごした現場の仲間たちも居ないのだから、良く考えて見ればもう失うモノなんて何も無かったんだよな。
オレは長さが1メートルくらいのステンレス製バールを肩に担いで、魔王城地下にある迷宮最深部から遥か地上を目指して歩き始めたのだった。




