第03話 旅立ち
正直に言っておこう。戦う為のスキルを何一つ持っていないオレは、その日が来るのがとても怖かった。
オレが授かった【技能士】と言うクラスは恐らく建設系の生産職で、それも建築工事に特化したスキルしか身につける事が出来ないのではないかと思ってる。
なので魔王と戦う事を望まれて召還されたはずのオレが、戦う能力を持っていないと周囲にバレたら無一文で城から放り出されるか、もっと酷い目に遭わされるに違いない。
そう考えると、一緒に召還された同郷の人たちにすら打ち明ける事ができないまま、無駄だと思いながらも剣術などの戦闘訓練に多くの時間を費やしていた。
それでも毎日真面目に取り組んでいた事もあって、元々建築現場で働いていた事も幸いしたのか、知らず知らずのうちに鍛えられていた基礎体力がそれなりに向上しており、ここ最近は体調も良く全体的に能力が向上している。
これは推測だが、もう体力ステータスだけなら、勇者パーティと一緒に旅が出来る程度には成長したと思っている。
それでも体術などの補正を受けられる【戦闘系スキル】は一向に恵まれなかったので、結局のところ『多少は力が強いだけの素人』でしかないオレには、やっぱり魔族と戦うなんて無理な話だと結論付けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日もオレは城の騎士団から『訓練』と言う名のイジメを受けていた。
朝早くから叩き起こされたあげく、夜遅くまで刃引きしたロングソードと小型のラウンドシールドを持たされて、剣術の何たるかについて肉体言語で教えられていた。
剣道なんて高校の時の授業くらいしかやった経験が無いし、オレが想像していたモノより遥かに粗悪な剣を片手で自在に振り回すなんて芸当は、21世紀の現代世界からやって来たサラリーマンにはリアルな意味で少々荷が重すぎた。
「技能士サマ、そんな無様な戦い方では魔族と出会った瞬間に殺されてしまいますぞ?」
ご丁寧な事に、意地の悪い勇者と性格が悪い賢者の2人から『まだ弱っちいオッサンを強くしてやってくれ!』なんて、はた迷惑な要請が騎士団に届けられ、それに感激した騎士団長サマ自らが名乗りを上げて、無駄に張り切ってるから本当に迷惑している。
彼にしてみれば、崇敬の念すら抱くほどの存在である勇者パーティからのお願いに対して、是非とも全力で応えたいみたいな、余計なヤル気がヒシヒシと伝わって来るから両方の意味で痛い。
元からある程度は身体を使った作業の経験はあったが、それでも剣技などの戦闘技術において、騎士団などの職業軍人たちと一緒に比べられるものでは無い。
何度も言うが、オレは恐らくあの勇者たちの召喚に巻き込まれた只の一般人か、贔屓目に見ても生産職の異世界人なんだ。
それなのに、魔王討伐の為の勇者パーティへ強制的に組み入れられて困惑していると言うのに、これまでの人生で経験すらした事が無い剣術や格闘術なんぞを、この短期間で身につけるなんて土台無理な話だろう。
それでもこの国の後ろ盾があるおかげで、見ず知らずの異世界へ飛ばされても何とか食って行ける状況なので、彼らから訓練しろと言われれば文句を覚えつつもやるしかない。
だからこうして、やる意味が無いと感じつつも、この国の人々が望む結果を出す為に、今も身体中にアザを作りながら毎日頑張っている訳だ。
こんなイジメみたいな訓練が毎日続いているが、時々は看護師の聖女さんがやって来て傷を癒してくれるから、何とか続けられる状況だと言える。
あの若い看護師の彼女は、同じ世界からやって来たオレの待遇が、他の者たちと明らかに違うのを感じて、オレの境遇を不憫に思ってくれているのだろう。
元の世界ではそれなりに仕事が出来て、自立した大人になれたと思っていたが、ちょっと異世界へ召喚されて、周りの状況が変わったくらいでこのザマではホントに情けない。
オレとしては、こんな打ち込み稽古ばかりの無意味な鍛錬など直ぐにでも止めて、今のオレの職業やスキルに応じた訓練なり活用方法を学んでおきたいのだが、今この国の情勢を鑑みれば、そうも言ってられないほど追い詰められているのだろう。
結果として、その後もオレの戦闘能力が大きく向上するようなスキルが身につく事は無く、この形だけの訓練を行っただけでオレの準備が完了したと見なされ、いよいよ魔王討伐の旅へ送り出される事になった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日、王都で一番の大通りには、国中の民が集まり大賑わいを見せていた。
大勢の国民が、噂で持ち切りの勇者たちを一目見ようと押し掛けて来て、街は近年希に見る大盛況となっていた。
その直接的な要因こそ、異世界から召喚された勇者たちではあったが、年を追う毎に人族の生存領域が魔族に削り取られているのを皆が知っており、誰もが口に出せない不安を抱えて生活を続けてきたので、それらの諸問題が少しでも改善されるのではないかと思った者たちが、これからの人生に新たな希望を見出だそうとするのは仕方の無い事であった。
だが、その勇者たちについて肯定的な意見が大多数を占める一方で、自分達の国の未来を異世界人だけに任せても良いのかと言った意見の他に、召還者は6人だったが、勇者と呼べる異世界人は5人だったと言う話が広まってまおり、国民たちの興味が色々な意味で彼らに集中している事を伺わせる。
王宮騎士団の精鋭たちが騎乗してパレードの先頭をゆっくりと進んで行き、その後には王家の紋章が刻まれた純白の豪華な馬車が続く。
馬車の上屋根はオープンになっており、そこには王国が誇る5人の勇者たちが大勢の観客に向けて手を振っていた。
多くの人々から寄せられる祝福や讃辞がより多くの歓声にかき消されて、意味のある言葉として耳に届かないくらい大通りの熱気は凄いもので、押し寄せる民衆の圧力を、王都の警備を任された守備隊の兵士たちが必死に押し留めていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんなお祝いムードの中、オレの姿はパレードには無かった。
元々こんな派手で目立つお祭りに『参加しろ』なんて命じられても、そちらの方がストレスを感じるので気にはしてないが、かと言って一緒に召喚された者たちの中でオレだけ村八分にされているのは決して良い気分ではない。
それでも、いつもなら無駄な訓練に時間を費やして身体中に生傷をこさえながら痛みに歯を食いしばり、王宮での食事とは思えないくらい粗末な食事を与えられてロクに風呂にも入らせて貰えず、倉庫みたいな部屋に閉じ込められるよりも、例え日没までの限られた短い時間でも、アイツらと別行動ができるのは精神的に良いとしみじみ感じる。
オレがこんな王都の端にある防護壁の所までやって来ているのは、元建設工事経験者という事を理由に、パレードの参加ではなく外壁の補修作業を命じられていたからだ。
お城にある営繕部署の担当者から図面らしきスケッチを受け取り、説明された範囲の外壁を見て回って劣化部分の補修作業をするのだが、こちらの異世界で行われている補修作業を見て参考にしたかったのと、新たに使えるようになった建設系スキルのテストをするべく思考を巡らせながら歩いて行く。
この工事現場では多くの労働者と奴隷と思しき者たちが外壁の補修作業を行っているが、ここからざっと見た感じだと壁の高さは凡そ20メートルくらいあり、丸太で組んだ一側足場の上で作業をしている姿が見える。
異世界なら魔術を使って、もっと大きな範囲を一気に進めていると思っていたのだが、作業手順と進捗を見てる限りでは人力のみによる手作業が一般的なのだろう。
粘土に石灰を混ぜて乾燥させただけのブロックを積み重ねる工法は、元の世界と比較すると中世以前の建設技術だろうか? でもあのナンチャッテコンクリートが、今では失伝してしまったローマンコンクリートと同様の素材なら決して侮る事は出来ないが……多分そこまでのレベルでは無いと思う。
王都の近隣にある森を農地として開拓し、造成の際に排出された土砂を利用する事でブロックの量産体制を整えているのだとすれば、それなりに考えられた都市計画が成されている事判る。
こうして製造されたブロックを、元の世界の物理法則を当てはめて計算するなら、1つ当りの重量が約30キロくらいだと想定される。
それでも異世界では身体強化魔術が使える労働者とか、元から身体能力が高い獣人奴隷たちが大勢居るので、クレーンやバックホウ等の重機が無くても問題無く工事を進められるみたいだ。
ブロックを互いに組み合わせて崩れないように積み上げてから、その内側に土砂と石灰を空練りのまま充填し、その後に水を掛けるとローブ姿の職員がやって来て土系魔法で固める。
【硬化】の魔術を使う回数を気にしてる所を見ると、工事に携わる魔術士の賃金が一般的な作業員より高いのが判るが、もし王国の奴らがオレの施工管理スキルを正しく評価してくれるなら、別に魔王を討伐する旅になんか同行しなくても普通に生活が出来そうなんだけどな。
ある程度まで工事の進捗を見て事情を理解したオレは、補修工事をしている現場から更に奥の方へと進み、辺鄙過ぎて周りに誰も居ない寂れた場所まで進む。
この辺りの防壁にも老朽化によって幾つものクラックが走っているが、人手が足りていないのか、それとも順番待ちなのかは判らないが、受け取った地図で確認すると恐らくだが、この辺りの防護壁を補修すれば良いのだと思う。
それでも念には念を入れて、多少の位置ズレがある事を見越して、指示された場所より広い範囲を直しておけば良いだろう。
それにこの辺りなら人通りもほとんど無いので、今からオレが誰にも知られずに自分のスキルを試すには絶好の機会だと言える。
オレは外壁のクラックに手のひらを翳して【リペア】スキルを発動させる。
最初から多くの魔力を注ぐと過剰反応を起こして内圧が高まり圧壊する場合があるから、最初コトコト中パッパといった感じで徐々に注ぎ込む魔力を強めていく。
その時に魔力の強弱を短い周波数で波のように強弱を繰り返せば、何故か魔力の消費効率が高まる事を経験的に学んだオレは、これくらいの範囲であれば一度に直せると考えており、実際にやってみたらその通りの結果となった。
「よし、【リペア】スキルの実験は成功だ。これで次からは自信を持って更に大きな範囲を直す事ができる」
この【リペア】と名付けた建設系スキルは、これまでの工事で経験した施工手順を再現するもので、オレが頭の中で思い描いた通りの作業内容が瞬時に施工され、途中の状態をすっ飛ばして一気に完成まで持っていけるという工事関係者なら誰もが夢見る能力だった。
但し、スキルの発動には工事で使用する為の各種建材が必要で、魔力だけでは何も起こらないから注意が必要かな。
だから今直した防護壁のクラック補修には、まだこちらの異世界には存在してない『エポキシ樹脂』が使用されており、その『エポキシ樹脂』はオレの【アイテムボックス】の中から消費される仕組みだ。
もっと細かく説明すると、予めクラックの幅と深さを元に手動ドリルで穿孔する径とピッチを決めておき、この場合だと以下の内容になる。
(1)ドリル穿孔、とりあえずΦ6で深さ50mm程度とし、ピッチは200mmとした。
(2)真空掃除機で孔内の粉塵を吸引後、クラック部分を剥離シールで密封しシリンダー取付け口を設置。
(3)低圧式自動シリンダーに樹脂を充填し壁面に取付ける。これくらいのクラックなら1本辺り50mLもあれば十分だと思う。
(4)注入監視及び確認。孔内に注入された樹脂が枯渇すれば追加し、クラック部分から垂れていないかを目視で確認しながら、シリンダー内の樹脂が残った状態で固まっていれば充填完了と見なす。
(5)剥離シールとシリンダー本体の撤去をしてから次の工程へと進む。
(6)注入孔及びクラック全体に軽くペーパー掛け(#80)を行った後に、エポキシ系樹脂モルタルで削孔部分の補修を行い、再度ペーパー掛け(#100)
(7)最後に補修部分全体のタッチアップを行うが、これは周囲の色合いと同色となるよう調色した艶消し塗料を使用して全体に漫勉なく吹き付けてから、最後にウェザリング(風化又は古色塗装)を行って周囲との違和感を無くす。
元々建設系スキルにあった【手順記録】と【魔力施工】が組み合わさり、一度でも経験した記憶を元に完璧に再現出来るのだが、記録した施工手順のうち補修に関するものを『リペア』と呼んでいるうちに、それがいつの間にか独立してスキルになった。
それと【ツールボックス】だが、最初は作業を進めるのに必要な工具入れを持ち歩いていたのだが、ある時それを置いた場所を忘れてしまい探し回っていたら、気がつけば頭の中で思い描いた工具を、何も無い空間から取り出せるようになっていた。
そして資材を運搬するのが面倒だと感じていたら、工具より大きな建材とか運ぶのに袋が必要なセメントや砂などについても空間に格納出来るようになり【アイテムボックス】として【ツールボックス】とは別に認識できるようになっていた。
この、オレにとっては大きな一歩である【アイテムボックス】だが、あの勇者たちは最初から持ってるスキルだったらしく、今さらこの事を知られても誰も驚かないだろう。もしかすると、今まで持っていなかったのかとバカにされる可能性の方が高い。
でもそのお陰で、このスキルを堂々と使っても誰も不思議に思われないのは助かったと言うべきか。
そして驚く事なかれ。
この【アイテムボックス】なのだが、オレが元の世界で読んだラノベとか漫画では『ただの収納ボックス』的な用途しか描かれていたかったと思うのだが、このスキルが発現してから【スグクル】というスキルが使えるようになったと言うか、気がついたと言うべきか?
そこでkwsk調べてみると、このスキルは異世界の通貨や魔石などをポイントと交換して、それが決済用の代金として使用できるネット通販みたいなサービスだった。通貨も魔石もタブレットの画面上からチャージ出来るようになってる。異世界の技術スゲー。
あと敵を倒したり、スキルを使用して何かを作成した時に貰える経験値も、交換レートを元に決済ポイントへチャージ出来る仕様みたいだ。ちなみに今のレートは経験値1に対して1ポイントになるが、さすがに魔石以外の魔物素材はチャージ出来なかった。
資材の注文には工事用タブレットが必要だったのだが【ツールボックス】にスターターキットとして収納されており、そこから注文するのは元の世界と同じだったので迷わずに使えた。
インターネットが無いこちらの異世界では、工事用タブレットなど余り必要ないとは考えたのだが、日頃から図面閲覧や工事写真の撮影の他に協力会社への連絡にSNSを利用していた経験から、これが無いと落ち着かないからよりあえず使ってみたのだが、今では使用頻度ナンバーワンの座に輝いた。
(工事用タブレットが道具扱いだったから、ツールボックスに入っていたのかな?)
このスキルは、元の世界で現場事務所のパソコンを使って注文していたネットショップとほぼ同じサービスだったのだが、まだスキルレベルが低かったせいか注文出来る品物の種類は少なかった。
あれから工事で必要な資材を購入する方法が手に入り、これで【技能士】として必要なスキルが揃ったと言えるが、まだ今の状況では決済で使用するポイントが潤沢では無いので、何らかの方法で稼いでおく必要がある。
そして工事の依頼をされて多くの件数を熟した結果、今回新たに【リペア】のスキルが手に入ったので城内の狭い範囲ではなく、王都をぐるりと囲む防護壁のような大規模工事で、どれだけの範囲を一度に施工できるかについても把握出来た。
また【リペア】スキル等で使用するエポキシ樹脂などの資材については、後で一通りのモノを揃えておこう。
こうして防護壁の補修工事を無事に終えたオレは、勇者たちのパレードが終わる前に王城へと戻った。




