第01話 イントロダクション
オレがまだ学生だった頃からネット小説やマンガでよく読んだ『異世界モノ』と呼ばれる物語が、この歳になってから実は真実の話だったと知る事になるとは夢にも思わなかった。
オレが覚えている前世(?)の記憶では、工事現場の足場が地震で崩壊して空中に放り出されたところまでしか覚えていなかったから、墜落の途中で気を失ったおかげで自分が死ぬ瞬間の記憶が無いのは不幸中の幸いだったと言える。
だが地方の大学を卒業してから仕事を覚える事に必死で、これまでロクに顔も見せに帰っていなかった両親を、もう二度と戻れない向こうの世界に置いて来てしまったのが何よりの心残りだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
気が付くと石造建築物の広い一室で数名の若い男女が立っていて、そのなかの一人が床に座ったままのオレに話しかけてきた。
「あの、大丈夫ですか?」
声を掛けてくれた女性はオレよりかなり年下で、まだ二十歳くらいの優しそうなお嬢さんだった。
「そんなオッサンの事なんか放っとけって」
「そうそう。そいつはオレたちと違って、間違って召喚されただけに決まってるからな」
確かに今目の前に居る5人の男女はいずれも若く、高校生か大学生くらいにしか見えないから、35歳のオレは確かにオッサンで間違ってはいない。
だがこれまでずっと働いてきた建設業界では、35歳のオレはまだ『若手』として扱われる事の方が多かったから、見知らぬ学生たちからいきなり『オッサン』呼ばわりされる事には若干の違和感を覚える。
お洒落な女子校の制服を着た女の子や紺色のブレザーを纏った男の子以外にも、先程オレに声を掛けてくれた女性たちと比べれば、建設会社のロゴが刺繍されたライトグレーのユニフォーム姿のオレだけが、草臥れた社会人として彼らの目に映るのは仕方が無いのかも知れない。
でもな、実社会での評価は見てくれだけじゃないんだぞ。そのうち君たちにも判る時が来るからな……と、心の中で言い返してやるが、そんな程度ではこの暗鬱な気分は晴れなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「勇者の皆様、我がヒューマ王国へようこそいらっしゃいました。私が皆様をこの世界へとお呼びした王女のマルゲリータ・エトワールでございます」
ノックも無しに急に開けられた両開きの大扉から、金髪碧眼縦ロールをした妙齢のお姫様が入って来ると、彼女の後から鎧を纏った大勢の騎士たちや大臣っぽい人達まで続いて入室して、オレたちが居る大広間の周囲をグルリと囲むように並んだ。
居並ぶ騎士たちは、一見してそれが不自然とならない様に、実にゆっくりとした動作で包囲を完成させてゆく。
もしここでオレたちが騒ぎ出したり何かアクシデントでも起こせば、あそこに居並ぶ騎士たちが腰にぶら下げている装飾過多の武器にモノを言わせて力づくで制圧するのだろう。
「皆様にはこれから鑑定の宝珠によりその適性を確認させて頂いて、それぞれの方に応じた教育と訓練を受けて頂きます」
すると、オレ以外の5名の若者たちが早速順番に列を作り、次々と宝珠に手の平を乗せていく。
この状況を見て思うのは、ここに居る全員が行列を見れば素直に並んでしまう国民性を持っている事だろうか。
それとオレたちが呼び出された今回の召喚についてだが、召喚の対象となった座標を中心とした一定範囲内に居る者のうち、何らかの条件を満たした者のみが選ばれたという事だったが……。
オレが居た工事現場の敷地はそれなりに広かったから、その外側から広げられた召喚魔法陣の範囲に入ったのであれば、それはかなり大きな対象範囲となったはずだ。
それに今回召喚された6人のうち10代後半から20代前半が5人で、35歳のオレが1人だけ含まれたのは、きっと何かの間違いだと思われる。
(もしそうなら、あの5人は工事現場の近くに居た人たちだという事になるのか)
最初に判明したのは女子高生で炎属性を持つ【剣聖】だった。そして次の男子高校生が光属性の【勇者】だと判った時、王女を始めとする室内の者たちから大歓声が上がる。
更に、その次の男子大学生も大地属性の【賢者】と判定されて、残り二人の女性も風属性を持つ【召喚士】と水属性の【聖女】だと判った途端に室内のどよめきが、より一層大きくなっていく。
(光以外に火水風土の四属性が揃ってると言う事は、あと残ってるのは闇属性くらいか?)
「あの宝珠を見ろ、みんな歴代最高クラスの魔力ではないのか?!」
「これで王国の危機は去ったぞ!!」
「やっと魔族どもを倒せる!!」
「ついに我ら人族が世界を勝ち取る時がやって来たんだ!!」
もうこの段階で6人目のオレに期待する雰囲気は微塵も無くなっており、宝珠の向こう側に立ってる王女様の表情を見たオレは、プロ野球のチケットを買った直後に優勝チームが決まったが、せっかくお金を払ったのだからと消化試合へ出かけた友人の顔を一瞬だけ思い出した。
「あとは貴方だけですわ」(早く向こうに居る勇者様へ挨拶したいから、早くしてくれないかしら……)
上辺だけの笑顔をデスマスクのように張り付かせながら、安物のマネキンに組み込まれた出来の悪いAIのような、感情の薄い声色にせっつかれながらオレは右手を宝珠の上に乗せた。
するとこれまでの様に色とりどりの眩しい光を発する事も無く、薄っすらと淡く仄かな光が灯り、こちらの異世界文字らしい模様が浮かび上がってきた。
「魔力は測定不可能?……そのうえ属性も無いとか信じらんない。それでも、これは……ぎ、ぎの、う、し?とでも読めば良いのかしら? これまで聞いたことが無いクラスね?」
意味不明の単語を目の前にして王女の表情が曇る。あの5人と比べて明らかに期待外れだったと隠しもしない。
(せめて魔力測定不能の理由が測定できないくらい多いとかだったら良いんだけど、そんなご都合主義なんてあるわけ無いよな……)
「技能ってもしかしてスキルの事じゃないか? もしそうなら【スキルマスター】って事じゃない? オッサン、スゲーじゃん!」
いかにもネトゲが好きそうなアホっぽい女子大生(さっき召喚士と呼ばれてた)がそう言うが、このオレが異世界のスキルマスターだなんて、きっと何かの間違いだと思う。
確かにTVゲームなら子供の頃から散々やってきた世代のオレだが、もしこの異世界が現実だとしても、ゲームみたいに上手く行くなんて全然思えない。
「そうなのですか? この方が? へぇ〜それほど凄いクラスだとは露知らず、ご無礼を致しました」
これでオレたち全員のクラス(職種)が判明したので、各自に割り当てられた城内の部屋へと案内されて、そこで準備された異世界の服装に着替えてから、この国の王様が待つ謁見の間へと案内された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「────それでは今後とも宜しく頼むぞ、勇者たちよ」
でっぷりと太った国王の挨拶が終わると、彼が退出するまで王女を含む臣下一同が頭を下げるのがこの国の仕来りらしい。
こうして国王との謁見が終われば、これで晴れてこの国に所属する身分となり、オレたちの扱いは領地を持たない名誉貴族と同じ待遇が保証される。
これは言って見れば異世界へ召喚されたばかりで生活基盤を持たないオレたちを、今のうちに囲い込んでおこうと言った青田買いの一種みたいなものだろうか。
向こうに居る高校生と大学生たちは、自分たちにメイドが付き従う様が珍しく興奮を隠せないようだが、あれも悪い見方をすればハニトラを兼ねた監視要員にしか見えない。
だが上手くすれば、まだ若く人生経験が足らない勇者や賢者、それに聖女と言った上級職を一生この国に縛り付ける為の巧い方策ではある。
その後に自室へ戻る途中に王宮からオレの所にもメイドが一人やって来て、明日からの訓練内容と日程などについて説明を受けたが、用件だけ伝えるとそそくさと帰って行った。
別に何かを期待していた訳ではないから、いいんだけどね。
オレ以外の5人については、これまで広く知られたクラスであり今後の育成方法は既に決まっているが、オレが持つ【技能士】については、これまでの記録と照らし合わせても知ってる者が誰も居らず、指導役の宮廷魔術師を一人だけつけて能力の調査を始めると聞かされた。
その調査とは未知のクラスである『技能士』についてデータを取っておきたいだけで、既に5人もの勇者たちがこの国に出現しているから、よく判らない6人目については余り興味が無さそうだった。
なんか召喚初日から、自分一人だけ別会社から派遣されて来たサブコン職員みたいな気がした。
先ほどにメイドたちや召喚された時に会った王女らを含めて、この異世界人たちは、オレたちが元居た世界の人たちと比べて美男美女が多いのは確かだが、彼らの中身については必ずしも美しいとは限らないと感じていた。




