表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
エピローグ 夏の終わり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/47

第45話 夏の終わり

 合宿が終わった後、俺は出来るだけ遙香に会うようにした。

 結局授業はお盆を通り越し、八月十六日金曜日までの予定。それでも放課後の研究会へ行けば、遙香がいる。

 常に一緒にいる訳ではないし、遙香が友人と夕食を食べる事もある。それでも遙香がいれば、遙香の存在を感じられればいい。

 十日の土曜日には、また秩父まで行ってカラオケやダーツをしたりもした。やっぱりウニクロまで歩いて行って、帰りくたびれた状態で電車に乗って。

 そんな日々が終わる一日前、十五日木曜日放課後の研究会。恒例の全員魔法威力測定の時だった。

「ここ二、三日、魔法の調子が悪いよね。私だけかな」

「彩も? 私も何か出力があがらない」 

 塩津さんと須崎さんの言葉に、清水谷教官がため息をつく。

「そろそろ荷物をまとめた方がいいかもしれないな」

「どういう意味ですか、それは」

 不吉な響きを感じた俺は、思わず聞いてしまう。

「何故夏休み開始を明後日まで引っ張ったと思う。普通ならお盆の前に授業を終わらせて、その分早くはじめるのが普通だと思わないか」

 言われてみれば、確かにそうだ。

「他の学校と夏休み明けをあわせた訳ですか?」

 これは須崎さん。

「そういう事だ。どういう意味かわかるか」

「夏が終わるんだな、きっと。ここの夏が」 

 清水谷教官は、茜先輩の台詞に頷いた。

「ここからはオフレコだが、近日中に校内で発表されるだろう。昨日から研究相手である『向こう側』の研究員が姿を消した。今朝からは向こう側との連絡も、あまり調子が良くない。此処で研究できるのも時間の問題だ」

 その台詞の意味を理解した瞬間、俺は測定室を飛び出した。そのまま研究会の他の連中がいる実験室へ。部屋の中を探す。

 遙香は……いた。ほっと一息つく。

「どうしたの、お兄」

「ちょっと話をしたいけれど、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。それじゃ澪ちゃん凛ちゃん、ちょっと行ってくるね」

「まあ遙香のお兄なら、仕方ないか」

「悪い」

 そんな訳で遙香を連れ出す。

「それじゃ何処へ行く?」

「喫茶室でいいか」

「おごってくれるなら」

「はいはい」

 この辺はいつもの通りだ。そう、ここでのいつもの通り。

「それで話って何かな?」

 廊下を歩きながら、遙香がそう尋ねる。

 一応他の人に会話を聞かれないように魔法を起動して。

「清水谷教官が言っていた。もうひとつの世界との連絡がとれなくなったって」

「つまりこのお兄と今の私が会える時間も、もうちょっとという事なんだね」

「ああ」

「そっか。でも連絡がとれなくなったのに、私がこのお兄に会えるのはなんでだろ」

 それは何となくわかっている。

「個人差があるんだと思う。世界の重なり方が、人それぞれ少しずつ違って見えたように」

「うーん」

 歩きながら遙香はちょい首を捻って、そして。

「喫茶室じゃなくて、売店で買い物をして外へ行こう」

 おい待ってくれ。

「外は暑いぞ」

「お兄、温度関係の魔法は私より得意だよね」

 あれも結構魔力を使うのだけれど、遙香にそう言われては仕方ない。

「わかった」

「それじゃ一緒に買おう。どうせお兄に払って貰うから」

 俺の財布はかなり厳しい事になっているけれど、まあ仕方ない。

「わかった」

 そんな訳で高いアイス二つ。クッキー&クリームとラムレーズン、更にペットボトルのお茶を二つ購入。

「日陰になっているベンチのところがいいな、今日は」

 研究棟前の公園区画だな。再び本館廊下を経由して、研究棟から外へ。

「やっぱり日差しがとんでもないよね」

「夏だからな」

 そんな事を言いながら日陰になったところを探し、回りの気温を魔法で低下させて蚊を退治してからベンチに座る。

「何気にこのアイス、向こうではクッキー&クリームという名前じゃなくて、クッキークランチって名前だった気がする」

「よくそんなのおぼえているな」

 俺はそんな細かい事まで気にしていない。

「向こうでもお兄に買わせていたからね」

 そういえば、そんなおぼえもあるような気がする。

「多分、今もお兄と会えるのも今日、それも今が最後かな」

 俺の心臓が、いつもより激しく鼓動した。

「何故そう思った?」

「廊下を歩いた時感じたの。外の景色が時々違って見えるなって。ここは広葉樹って無かったよね、確か」

 そう言えば茜先輩が言っていた。植生が違うって。

 改めて確認してみようかと思って思いとどまる。観察結果が世界を変える可能性もあるから。

 でもつい目に入った落ち葉は、間違いなく広葉樹。つまり元の俺達の世界のものだ。

「でもお兄には合宿の時、言いたい事は言えたからとりあえず大丈夫かな。おぼえているよね」

 それは鮮烈すぎて忘れられない。俺としても初体験だったし。

「やっぱり遙香、綺麗だよな」

「もう、お兄のバカ!」

 チョップされた。全然痛くないけれど。 

「どっちのお兄も私の大好きなお兄だから、絶対幸せになってという事。私のいない方の世界では少し妥協してあげるから、絶対いい人を見つけて幸せになってって事。自覚があるかどうかは別として、結構お兄、モテるんだから。ちゃんといい相手を捕まえてね。彩先輩も茜先輩も悪くないと思うよ」

 もう一人の俺がちょっと聞きたい事があるようだ。

「ならそっちじゃない方の俺は?」

「ヤンデレ寸前の妹がいるから諦めて」

 やっぱり、そう思うもう一人の俺がいる。今の俺と一緒に。

「どちらかというと、どっちの俺もその方がいいな」

「それは私がいない分、諦めて。私もそこは妥協したんだから」

「はいはい。遙香の頼みなら仕方ない」

「約束だからね」

「わかった」

「よろしい」

 遙香は頷く。

 ふとその姿が透けて見えたような気がした。

 気のせいだ。そう思い直すけれど……

「今のを確認したかった分だけ、余分にここにいられたのかな、私。それじゃお兄、最後にキスをして」

 俺は遙香の肩を軽く抱いて、顔を近づける。

 最後のキスはバニラアイスの味がした。しかし唇も、抱いている腕の感覚も、次第に薄れていく。

 次の瞬間、俺は一人でベンチに座っていた。確かにさっきまで感じていた、もう一人の俺の気配も無い。

 俺は悟った。夏は終わったのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ