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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第8章 最後の夏

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第44話 妥協策

 花火が終わって、建物の中へ。

 なんやかんや言って、今日は皆疲れているようだ。カード大会も盛り上がらないまま、結局夜九時半にはふすまを閉め切って就寝態勢に入る。

 これで合宿も終わりになるんだな。そう思いつつ俺も眠った筈だった……

「お兄、お兄……」

 何か懐かしい呼び方をする奴がいる。いや、いまはまだ現実か……

「お兄!」

 頬に柔らかい感触。えっ。俺は目を覚ます。

 目の前には遙香の顔。Tシャツ短パンという合宿就寝時の姿だ。

「どうしたんだ、こんな夜中に」

「夜中だからだよ」

「でもここ、男部屋だぞ」

 しかも何という起こし方をするんだ。見られたら色々言われる事は間違いない。

「大丈夫、誰も起きないから。まるで睡眠魔法がかかっているみたいに」

 そう言ってウィンクをしてみせる遙香。

 遙香のウィンクはどうしても両目を瞑ってしまう。それは昔と同じだ。

 それにしても『睡眠魔法がかかっているみたいに』か。

 これってどう考えても『みたいに』はいらない気がする。魔法を使った痕跡、魔力の気配とでもいうものが残っているのだ。

 この部屋だけではない。おそらくこの建物全体に。

「随分上手くなったな、睡眠魔法」

「練習したからね、今日の為に」

 今日の為にって、これから何をする気だろう。

「それじゃ行こ。ここじゃ何だから」

 確かに今のこの部屋は、遙香と話をするには向いていない。

 六畳間に男子五人がぎちぎちに布団を敷いて、大いびきで寝ている状態だ。俺が起きているから男子四人だけれど。

 ふすまを静かに開けて、内廊下に出る。

「本堂とここの間の客殿がいいかな。畳敷きだし」

「そうだね」

 本堂とここ庫裏の間には、そこそこ広い畳敷きの部屋がある。

 住職さんの説明では、客殿といって来客と面会する為の部屋だそうだ。今では俺達が泊っている庫裏と同じように使っているそうだけれど。

 今回はこの部屋は泊まるのには使っていない。だから十二畳の部屋に、俺達二人だけだ。

「この辺でいいかな」

 中へ入って、奥の押入れから座布団代わりか敷布団を出して敷いて、遥香は腰をおろす。

 俺も横に腰をおろして、そして尋ねる。

「それで遙香、何の話なんだ」

「もうすぐこのお兄とお別れになるから、その前にお話をしようと思って」

 えっ。何でその事を知っているのだろう。

 いや、もうすぐって何故言えるのだろう。緑先輩も時期までは言っていないのに。

「私はもう一人の私、小学校四年の時に死んだ遙香でもあるの。その遙香が言っている、もうすぐこの時間も終わりだって」

 そういえば遙香が得意な魔法は知識系、緑先輩と同じタイプだった。

「それで向こうの遙香としてはね。もう一度お兄と会えて嬉しかったけれど、心残りがあるの」

 心残りか。何だろう。

「この遙香ともう一人の遙香。生きた世界も違うし片方は死んじゃっている。でもどっちも遙香だから同じなんだよ。お兄が大好きで大好きでしょうがないところは。前にも言ったよね、ヤンデレな妹一歩手前くらいだって」

「別に遙香がヤンデレでも特に困らないけれどな」

 俺も遙香しか見ていないから、問題無い。

「それが問題なんだよ。少なくとも魔法が無かった世界の遙香には。確かに遙香は近づく女の子には嫉妬しちゃうけれどね。それ以上にお兄の事が大好きでしかたないの。だからお兄には絶対幸せになって欲しい。たとえ遙香がいなくなった世界であっても。いい人を見つけてというところで、やっぱりちょっとひっかかっちゃうんだけれどね。それでもお兄に幸せになって欲しいというのは絶対なの」

 そう言われてもなと思う。

「とりあえず今の遙香の世界には、俺もいるから大丈夫だろ」

「どっちの遙香も遙香なのと同じように、どっちのお兄もお兄なんだよ。だから私、遙香にとってはどっちも大事なの。そんな訳で妥協策。もう一人の遙香の心残りも含めての。お兄のはじめてだけは譲らない。でもその後、私がいない世界では誰かいい人を見つけて幸せになってねって」

 はじめて? おいちょっと待った!

「はじめてってどういう意味だ」

「お兄が思った通りの意味だと思うよ」

 待ってくれ。ならこの敷布団は、ひょっとして……

「まだ遙香には早いだろ!」

「地理的歴史的に見たら、十五歳は早くないよ。そういう理屈はお兄の方が得意だよね」

 確かに……って!

「そういう問題じゃない。それにお寺でこれはまずいだろ」

「本堂ではないから問題無いと思うよ。お坊さんも妻帯者はいるし。ついでに言うと避妊も魔法で出来るから大丈夫」

 遙香は自分のTシャツに手をかける。

 物理的に抵抗しようと思って気づいた。身体が動かない。

 いや、ある程度は動く。でも力が入らない状態だ。

「この系統の魔法は、お兄より遙香の方が得意だよ。知ってるよね」

 知っている。元々魔法全般、遙香の方が得意だ。

 だから俺はこの学校に入るため、かなり魔法を特訓した。結果、物理的な魔法は何とか遙香以上にはなった。それでも知識系は全然だ。

 月がないのにも関わらず外は明るい。元々魔力で暗視が出来るけれど、それだけではない気がする。

 その星明かりで遙香の裸身が白く浮かび上がった。まだ胸とかが少し幼いけれど、でもやっぱり……

「綺麗だ」

 エロいというより綺麗だ。そう思ってしまう。本当は遙香を止めなければならないんだけれど、それでも。

「ありがと。ちょっと恥ずかしいけれどね。お兄も脱いで。服を脱ぐくらいの力は残してあるよ」

 仕方ない。いや仕方なくもないか。多分、力を制限されている状態の俺でも、この先へ進まないようにする事は出来る。

 でも駄目だ、出来ない。俺も遙香が好きで好きで仕方ないから。遙香以外の相手を考えた事が無いくらいに。

 今まで、ずっと。だから俺は……


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