第43話 ちょうどいい機会だった
「でもそうだとしたら、遙香ちゃんはどうするの」
須崎さんの言葉。まさか塩津さんの前でその話題を出してくるとは。
それでも俺は、こう答えるしかない。
「どうしようもないさ」
「どうしようもないって何よ」
「向こうにも俺はいる。だから遙香は問題無い」
そう、遙香は問題無い。今までも問題無かったのだから。
「遙香ちゃんがどうしたの?」
状況を知らない塩津さんが尋ねる。
「遙香ちゃんは、私達がいた二十一世紀の日本にはいないんだよね。それでも川崎はこのままにしておくの?」
この須崎の言葉は、塩津への説明と俺への質問、双方を兼ねているのだろう。
そう思いつつ俺は答える。
「遙香には向こうの世界の俺がいる。だから問題無い」
「問題あるのはこっちの川崎でしょ、違う?」
須崎さんが言いたい事は、何となくわかる。しかしわかっていても、どうしようもない事はあるのだ。
「元の世界に戻るだけだ。今まで何とかなったし、これからも何とかならない筈はない」
「本当に川崎、それでいいの」
そう言われても困る。言いたい事はわかるけれど。
「遙香は気づかないまま世界は元に戻る。それでいい」
それしかないだろう。そう俺は思っている。
遙香はあくまで向こうの世界の遙香だ。俺の妙な感傷に巻き込むことはない。
「もう一度聞くけれど、本当にそれでいいの、川崎は」
「ああ。元々こっちの世界の遙香はもういないんだ。いい夢を見た。そう思うことにする」
「本当にそう思える」
「思う事にする」
そう、きっといい夢を見たんだ、俺は。
世界がまた元に戻った後、俺はこの夏を思い出すのだろう。懐かしい夢を見たと。
そんな夢を抱いたまま俺はまた元の生活に戻るのだ、きっと。
今の学校もなくなって、元の地元公立校に戻るのかもしれない。
俺は三ヶ月もいなかった、あの地元の高校を思い出す。俺が地元を嫌っているだけで、あそこも決して悪い場所ではない。
内海と森川さんは相変わらずどつき漫才をしているのだろうか。西場さんは疲れていないだろうか。小川は元気だろうか。
「でも本当にそう出来るかな」
塩津さんが、そんな事を言う。
「どういう意味だ?」
「遙香ちゃんは川崎の事が大好きなの。見ているだけの私でもわかるくらいに。だからきっと遙香ちゃんは気づく。川崎がどんな事を思っているか、考えているか。だから遙香ちゃんがこのままでは終わらせない。これは私の予想だけれど」
このままでは終わらせないか。
でもそれでどうなるのだろう。どうもなりはしないと思うのだ。
でも注意だけはしておこう。
「だからと言って、遙香には言わないでくれ、この事は」
「私は言わない。でも言わなくても絶対に気づく。ううん、とっくに気づいていて、遙香ちゃんなりに何か考えていると思う。こっちの川崎の事も、間違いなく」
でも俺としては、何も出来る事は無いと思うのだ、やっぱり。
それにしても大分暗い雰囲気になってしまった。ちょっと気分を変えよう。
「休憩終わり。ちょっと泳いでくる」
「わかったわ。こっちはもう少し休憩してるから」
俺は須崎さん、塩津さんと別れて、海の方へ。
そして夕方。
この辺は、太陽が海に沈む。
この寺はちょっと高い場所にあるので境内から海が見える。
人家もちょい離れているので、色々迷惑にもなりにくい。
魔法で完全な草取り&虫対策をした後なので、外で食べても蚊の心配は無い。
だから折りたたみテーブルを出して、外で夕日を見ながら立食パーティ。紙皿におにぎりとか鶏唐揚げとかを載せて食べつつ、夕日を見る。
暗くなったらそのまま花火大会というスケジュールだ。
しかし俺は、昼間ずっと海にいたせいでお疲れ状態。縁側に座ったまま、おにぎりと唐揚げをいただく。
「どうした孝昭、こんな処で黄昏れてて」
これは茜先輩だ。
皆のいる場所から少し離れているのに、何故ここに来たのだろう。そう思いつつ、一応は返答する。
「疲れただけですよ。昼間遊びすぎましたから」
「若くないな」
「何とでも」
泳ぎすぎの他、日焼けが結構体力を奪っている。一応Tシャツを着ていたのだけれど、焼け石に水状態だったようだ。
治療回復魔法をかけたおかげで、痛みこそ無いけれど。
「それにしても、今は遙香と一緒じゃないんだな」
「そんな常に一緒って訳ではないですよ。遙香にも普通に友達はいますし」
「でも夕日って、恋人と見るものじゃないのか」
「遙香は妹ですよ」
「妹分だろ、正確には」
「まあそうですけれど」
確か茜先輩には、遙香の事を説明した事はなかった気がする。今の台詞からすると、どうも知っているようだけれど。
「この休みで、緑は自分に会いに行っているらしい」
不意に茜先輩が、俺の予想しなかった台詞を言った。
緑先輩が、自分に会いに?
「どういう事ですか?」
「緑は水瓶座時代側の学校にはいない。それは知っているだろう」
「ええ」
前に聞いた。
だから向こうの世界単独の事を、緑先輩は直接知る事は出来ないとも。
「世界がまた元に戻る前に、一度向き合ってくるんだとさ。無論緑は向こうの世界に行くことは出来ない。学校そのものは二十一世紀世界の日本の中に、別世界として存在しているからな。それに向こうの世界にはもう緑はいない。どういう状態なのかは知らないが、緑自身は『壊れた』って言っていた。私は緑の事情は知らない。私が知っているのは中学二年以降の緑だけだし、何か緑にあったのはそれ以前の事らしいから。
ただ緑は私が出かける前に言っていたな。ちょうどいい機会だったって。この休みの事なのか、この事案全体についてなのかはわからないけれどな」
ちょうどいい機会だった、か。
それは俺にとってもそうだったかもしれない。世界が接近したおかげで、遙香の事を思い出す事が出来たから。
そういう意味では悪くなかったな、このまま終わっても。そう思うことにしよう。俺の公式見解として。




