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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第8章 最後の夏

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第42話 自主休憩中に

 台所へ行ってみると、四人で野菜の皮むきがはじまっていた。

「悪い。俺もすぐやるから」

「川崎大丈夫? 何か朝から、ちょっと心ここにあらずという感じだけれど」

 塩津さんにそんな事を言われる。どうやら今の俺はそう見えているらしい。

 それはまずいな。

「何でもない。それより俺も参戦すればいいか、ジャガイモの皮むきに」

「ピーラーがもう無いけれど大丈夫」

「家では包丁でむいているから問題無い」

「ならそこに菜切り包丁があるわ」

 俺も皮むき作業に加ってジャガイモをむいたりタマネギを刻んだり。

 作業をしながら、話もする。

「遙香ちゃんって川崎の妹なんだよね」

 そんな質問が、ごく自然にという感じで塩津さんから出る。実際は自然にというよりは自然を装ったって感じだけれども。塩津さんの手が止まっていたし。

「妹みたいなもの、というのが正しいかな。厳密には従姉妹だけれどさ。家が近いし共働きだしで、ほぼ一緒に育ったから」

 須崎さんが言った言葉が、頭の中で響いている。

『彩、川崎の事が好きなのよ』

 でも俺は、遙香以外とそういう関係になる事を想像した事は無い。

 もっと言うと、遙香とも今まで通り一緒にいる以外の関係を考えた事がない。

 いや、今のは向こうの世界の俺の考えだ。遙香がいなくなった後、そういう事を考えた事が無いというべきだろう。こっちの俺としては。

「でも茜先輩とも仲がいいよね。けっこう遙香が気にしているよ」

 これは塩津さんではなく三年、遙香と同じクラスの凛ちゃんこと浅野さん。

「この研究会に俺を引っ張り込んだのは茜先輩だし、出身も近いからさ。話題もわりと共通するから話しやすいというのもあるし」

 これは向こうの世界の俺の答えだ。こっちの俺は『この学校に来ることが出来たのは茜先輩達のおかげだから』とでもなるのだろう。

 俺も既に、向こうの世界の知識と記憶が侵食しているようだ。


 無事に夕食が終わった後、ふすまを広げて大広間状態にした後、カードゲーム大会。

 なおその後は、俺と遙香関係の話題は特に出なかった。塩津さんも須崎さんも特に何も言わなかったし。

 なお寝る時は当然、ふすまを閉めて男女別部屋。

 翌日は朝食の後、この寺を管理している住職さんが来て、この寺についての説明をした後、三十分の座禅体験。

「川崎、随分叩かれとったな。遙香ちゃんの水着姿でも妄想しとったんちゃう」

 終了後そんな事を言う鶴見先輩には、こう言い返す。

「昨日ずっと、子安先輩といちゃいちゃしていた人に言われる筋合いはないです」

 魔法研究会の男子五名は、全員彼女持ちだ。

 というか、この学校の男子はほとんどが彼女持ち。いないのはクラスの北村くらいだ。

 何せ男子の三倍以上女子がいる学校から、仕方ない。学力と魔力を併せて選抜するとどうしてもこうなってしまうようだ。

 座禅の後は海。平日だが夏休み中なので、人はそこそこいる。それでも関東地方の海のような混雑状態ではない。

 砂浜もあまり海から垂直方向の広さは無いけれど、人がそこまで多くもないので問題はない。昨日と同様、休憩用のタープとクーラーボックス2個を設置した後は海を満喫だ。

 本日は遙香は、同学年の連中と一緒に何処かで遊んでいる。だから俺は基本一人で海だ。

 実際海は、泳がずに入っているだけでも割と面白い。波が来てふわっと浮かぶ感覚とか、それと同時にすっと流される感じとか。

 水中眼鏡をして泳げば、泳いだなりにそこそこ発見がある。この辺の海、砂浜でもそこそこ魚がいたりもするのだ。ハゼっぽいのとか、鰯か何かの小魚とか。

 舌平目みたいなのが動いたのを見た時は驚いた。砂の海底にしか見えない場所がいきなり動いたから。

 ぶっ通しでずっと海にいたら、何か身体の動きにキレが無くなってきた。

 これは疲労か、体温低下か。いずれにせよ少し休んだ方がいいだろう。

 休憩所へ避難し、ポケットから硬貨を入れてお茶のペットボトルを飲む。脱水症状になったらまずいしななんて思いつつ。

 誰もいないのをいいことにタープの下、ビニールシートをしいた場所に寝っ転がっていたら、誰かやってきた。

「何へばっているの」

 須崎さんと塩津さんのコンビだ。

「ずっと海に入っていたら、体温が低下したみたいでさ。それで自主休憩中」

「でもちょうど良かったかな、川崎がいて」

 須崎さんがそう言った事で、一瞬俺はどきっとする。

 何を言うつもりなのだろう。ここで、塩津さんを連れて。

「川崎は何処まで憶えているの。こうなった前の事」

 予想とは違う話だった。

 てっきり遙香か、塩津さん関係の話が出るかと思って身構えたのだけれども。

「三月に突然魔法が使えるようになった事。全国一斉テストの結果でこの学校に来た事。この学校はその寸前に設立された事。あとこの研究会を作るため、須崎さんや塩津さんと一緒に清水谷教官にお願いに行った事もかな」

「つまり私達と同じね」

 須崎さんの言葉に、塩津さんも頷く。

「みんな両方の記憶があるのかな。そして適宜使い分けているのかな」

 塩津さんの言葉で俺は気づいた。須崎さんが塩津さんに、遙香の件について言っていない事を。

 俺は須崎さんには話した筈だから。遙香が向こう側の世界にしかいないという事を。

「塩津さんも元の、二十一世紀の日本の記憶はあるのか」

 塩津さんは頷く。

「前に知佳にそんな話を聞いて、それ以来なんとなくわかるようになったの。でもこれってずっと、こうやって変わっていくのかな、二つの世界が同じになるまで」

 そうか。その辺は須崎さんにも話していなかった。そして塩津さんも知らないと。

 なら言ってしまってもいいだろう。この二人には。

「また世界は離れていき、元の状態に戻るらしい。緑先輩が言っていた」

「緑先輩って茜先輩の友達で、この学校が出来る事を事前に予知していた先輩だよね。孝昭とも同じ学校出身の」

「ああ」

 どうやらおぼえていたようだ。ひょっとしたらあの喫茶室であった時以降にも、茜先輩に話を聞いているのかもしれない。

「いつ頃からそうなるの?」

「まだ緑先輩にもわかっていないらしい。でも世界を近づけた目的は、もう果たされた。だからあとは時間の問題だって」

「その辺はまだ全然聞いていない。そんな話まだあったの?」

「ああ。元々は水甕座時代の某国に、魔王が出現しそうだというのがきっかけだったらしい。それを危惧したファイブアイズ+3諸国が、昨年末から合同作戦として魔王を倒す方法を得る為、他世界の知識を得ようとした。その方法として二つの世界を近づけたようだ。新聞記事と緑先輩の予知によればだけどさ」

「それってこの前の、学校襲撃が関係しているの?」

 俺は頷く。

「ああ。あの時に対魔王用の兵器をいくつか試したようだ。ネットのニュースにも出ていた。結果、魔王相手でも効果を発揮するだろうと判断されたらしい」

「そう言えばそんな記事、ネットでも読んだ気がする」

 塩津さんが頷く。

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