第41話 寂しいなんて言葉は使いたくない
ただで借りたからには、それなりにやるべき事がある。寺の掃除や境内の草むしりだ。
しかし一般人なら大変な事でも、魔法使いにとってはそうでもない場合も多い。たとえば掃除の場合はこんな感じだ。
「とりあえず、部屋の窓もふすまも全部開けて。本堂も全部よ」
六年生の大月先輩の指示でとにかく全てを開け放った後。大月先輩、茜先輩、塩津さんを除いて全員外に出る。
「出来るだけ建物から離れておけよ。埃をかぶるぞ」
中から茜先輩がそんな警告。
これからするのは魔法を使った大掃除だ。湿気た部分は魔法で乾燥させ、ゴミは魔法で焼却。最後に風魔法をガンガンに使って、埃やちりを室内から追い出すというもの。
掃除機なんてレベルではない風の威力で、全面拭き掃除並にきれいになる。威力は学校でも、部室代わりの実験室を掃除した時に確認済みだ。
術者が気を抜くと、強風で備品ごと飛んだりもするけれど。
さて、それでは俺達は草むしりでもするか。
勿論実際に手で草をむしる訳では無い。魔法使いなりの方法論がある。
「アスファルトや墓石の一部は、熱で溶けるから注意しろ」
清水谷教官から、そんな注意が飛ぶ。確かにアスファルトは油だから溶けるだろうけれど、何故墓石が?
「墓石は石なのに溶けるんですか」
「文字の場所、石粉入りのプラスチックで作っているものが多いからな」
「何でそんな物があるのかな」
「石を彫って文字を刻むより、プラ加工の方が安い」
なるほど。
そんな注意の後、全員で境内や墓地を歩き回って草退治。方法は簡単、ただ高熱魔法を範囲指定でかけるだけだ。燃える以上の高温で、草は一瞬で灰塵と化す。
この程度の熱魔法なら、この学校の生徒ならだいたい全員が使用可能だ。これを二十数人でやると、十分少々で見える場所の草は全滅。若干気温が上がった分は、俺を含む寒冷系の魔法使いが冷却魔法でカバーだ。
なおこの処理をすると、蚊も一気にいなくなる。蚊が潜む草むら等が無くなった上、飛んでいる蚊も冷却魔法で死滅するから。
「これで住職も満足してくれるだろう。管理する無住寺が多くて手が回らないと言っていたからな」
「清水谷教官のお知り合いなんですか」
そういえば、そんな事を聞いたような気もする。
「叔父だ。今はここを含め、四つの寺を管理している。一人じゃ自分の寺の維持管理がやっとで、他の草刈りや建物維持は業者に頼まないとやっていけない。宗教法人が無税じゃなきゃとっくに破産コースだと言っていた」
そうなのか。
「宗教団体は無税だから儲かる。そう聞いた事もありますけれどね」
「ありゃ都会とその近郊だけの、それも霊園経営が上手くいっている場所だけだ。田舎じゃ檀家が減っていく一方だし、建物はどんどん古びていく。かかる金だけ増えて収入は減る一方だ。叔父も高校の教員との兼業でなんとかやっている。だから余計に手も回らない。この寺だっていまこそ無住寺だが、江戸時代からあったそこそこ由緒ある寺なんだがな。多分この寺も、叔父の代で終わりだろう。私の従兄弟は継ぐ気は無いと言っていたからな。でもまあ、これも仕方ないのかもしれない」
「仕方ないですか。寂しい言葉ですね」
「かもな。でも本当はそれだけじゃない。この寺だって四百年ちょいの間、寂しいばかりじゃなかった筈だ。ここの浜が漁業で栄えている時代もあった。私が小さい頃はここに幼稚園があったりもしたしな。それなりに賑やかな時代も多かった筈だ。そういう意味では充分役割を果たして、そして終えつつあるというところだな。寂しいなんてのは今だけを見ている私達の感想でしかない」
確かに長い目で見たらそうかもしれない。俺は今しか見えないけれど。
「見るべき程の事をば見つ、ですか」
「ああ。それでも感慨深いものはあるけれどな。祭もやらなくなったし、ラジオ体操をする子供も集まる程にはこの辺にいない。この合宿がこの寺の最後の賑わいという可能性もある。だから寂しいなんて言葉は使いたくない。この合宿では楽しく使ってやらないとな」
寂しいなんて言葉は使いたくない、か。
俺もいつか、この合宿の事を思い出す事があるのだろうか。遙香と再会したこの夏の事を思い出す事があるのだろうか。
その時に感じるのは寂しいだろうか。それとも……
「あ、お兄、こんなところにいた!」
遙香が飛んできた。
「何だ、遙香?」
「お兄今日の夕食当番だよね。そろそろはじめるからって、彩先輩が探していたよ」
おっと、もうそんな時間か。
「わかった。行ってくる」
「あと昼のアイスは三個貰っておくね」
あの高いアイスだな。
「もうお金は入れてある」
「わかった」
俺は集会所の建物へ。掃除後だけれど風魔法でほこり関係を全て外へ飛ばしてしまったからか、空気はすっきりしている。




