第40話 合宿開始
青い空、ギンギンの太陽、久しぶりの海。関東の海水浴場と比べると、段違いに人が少ない砂浜。
砂浜に荷物を運びこみ休憩所のタープを立てた後、生徒も引率の教官も、海だのビーチボールだのとあちこちへ散っていった。
だが俺は何故か、まだ休憩所のタープの下にいる。別に太陽に晒されると灰になる訳では無い。海に行こうと思ったら遙香に引っ張られたのだ。
「お兄、話があります」
そう言われて。
「話って何だよ」
「お兄、今回余り遊んでくれてない」
「なんだそりゃ」
遙香は頬をふくらませてむくれている。
「だってお兄、バスの席も一緒じゃなかったし、お昼も何かそっちで食べていたじゃない。何か彩先輩とずっと一緒で、鼻の下伸ばして」
「だからバスの席は学年順で、昼食は合宿実行委員の話し合いを兼ねてだから」
これは事実だから仕方ない。
「でも実行委員っていつなったの? 確か合宿のこと、話があるまで知らなかったよね」
「あの合宿説明の後、強引にやらされた。男子も一人はいた方がいいという事で」
「本当?」
「本当だって」
なお俺と遙香については、今では研究会でもシスコンとブラコンとして認知されてしまっている。だから誰も助けてくれない。
「それじゃ大まけにまけて、高いアイス四つで許してあげる」
いつものパターンだけれど、ここは学校ではない。
「この中に高いアイスなんて入っていたか」
現地の海の家には、あまり物が揃っていなくて高い。そう聞いた俺達は巨大なクーラーボックスを二つ持ち込んでいた。
クーラーボックスの片方はドリンク、片方はアイスを、それぞれ一人一日一つずつ計算で買ってきて入れてある。それぞれ食べた人がお金を払うシステム。
たが確かアイスは、学校の売店でまとめて調達した筈。だから全部百円アイスで、高いアイスなんて……
「あった、これこれ」
遙香はハーケンドッツのミニカップを取り出す。
「やっぱりハケドはクッキー&クリームだよね。お兄、千四百円入れておいて」
ちょっと待ってくれ。
「そんな物入っていたのか」
担当が違うとは言え、合宿委員の俺でも知らなかったぞ。
「彩先輩に頼んでおいた。余りは必ずお兄に買い取らせるから、入れておいてって」
「おい待て」
塩津さん、何個入れたんだ。まさか大量に……
「大丈夫、六個しか入っていない筈だから。それよりお兄もせっかくだから一緒に食べよ。三百五十円追加して」
その前に確認したい事がある。
「四個って、まさか全部遙香が食べる訳じゃないよな」
「残り三個は、後で澪ちゃんと凛ちゃんと一緒に食べる予定」
なんだかなあ。思わぬ出費だ。
昼食をサービスエリアで食べた時も、遙香にたかられたし。遙香の持っているお金は使えないから、仕方ないけれど。
学校に帰ったら、生活費を節約しよう。そうしないと来月末に酷い事になる。
合計千七百五十円をクーラーボックス内のタッパーに入れ、ラムレーズンを選択。ついでに魔法でボックス内の蓄熱体の温度を更に下げておく。
このクーラーボックスは、魔法が使える事前提の代物だ。向こうの世界では普及しているタイプで、蓄熱体を魔法で冷やしておけばアイスでも溶けることなく保存可能。つまりこんな物まで普通に使ってしまう程、俺達の学校は世界が近づいている訳だ。
そんな事を考えたせいか、ふと思い出してしまった。
『世界がこうなった目的は達成された』事を。
いずれ世界はまた離れ、元の状態に戻る。俺も遙香のいない世界に戻る訳だ。
どんなに望んでも、もう二度と会えない世界へ。
そうしたらまた遙香の事を忘れてしまうのだろうか。以前の俺のように。
でも今度こそはおぼえていたいと思う。どれだけ心が痛くても。
「お兄、せっかくのアイス、溶けちゃうよ」
遙香にいわれて気づく。
カップを空けると、上の面がかなり緩くなっていた。ちょっとだけ魔法で冷やして、スプーンですくう。
「お兄も考える事は色々あると思うけれど、せっかく海に来たんだから楽しまなきゃ。だからアイス食べたら、ちょっと行ってこよう」
確かにそうだな。今は面倒くさい事を考えず、ただ楽しむべき時だろう。この後どうなるかはとりあえず置いておいて。
「はいはい」
別に好きとか義務で休憩所の留守番をしていた訳じゃない。単に遙香のご機嫌取りをしていただけだ。
だから此処を離れても問題はない。
「それで食べたら、何処へ行くんだ?」
「うーん、澪ちゃん達に合流しようかな。あそこでビーチバレーやってる」
やめてくれ。あんな動き、常人が出来る筈が無い。思い切り魔法を使いまくりだ。
「そうかな、楽しそうだけれどな」
「どう見ても魔法だろ、時間操作対身体極限強化」
「でもお兄、男子だし学年もう上だよね」
「そういう次元で対処出来るレベルじゃ無いだろ、あれは」
俺の得意魔法は電撃と水魔法と温度操作。遙香の得意魔法は心理操作系統。どちらも運動向きじゃない。
確かに得意魔法を使って勝負は出来るかもしれないけれど、スポーツや遊技の枠から外れてしまう。
「ならとりあえず海で泳ごう」
「遙香、泳げたっけ」
「浮き輪があるから問題無いもん」
確かに彼女は巨大な浮き輪を持ってきている。ゴムボートと幅だけは遜色ない位の大きさのものを。
「離岸流に流されるなよ」
「お兄がいるなら何とかなるでしょ。水魔法推進とかも」
確かに出来るけれどさ。
「それじゃ行こう。お兄ももうアイス、食べ終わるでしょ」
「ちょい待ってくれ」
低温魔法は得意だが、アイスとか氷菓は苦手だ。急いで食べると頭が痛くなる。
「ならちょうだい」
すっとカップ&スプーンごと遙香に取られた。そのまま遙香は四分の一は残っていたラムレーズンを口へと運ぶ。
「よし終わり。それじゃ行こう」
「おいおい、一気に食べて大丈夫かよ」
「痛かったら痛覚遮断するまでだよ」
何だかなと思うけれど、まあいいか。
とりあえず今日は楽しもう。遙香が楽しいと思ってくれるように。
遙香と遊んで楽しかったと、俺自身が思えるように。




