第4話 幼馴染みで感じた何か
入校から一週間ちょっと過ぎた、四月十六日火曜日の昼休み。
「最近怪しい消え方をするよな、川崎。何か課外活動でも入ったのか」
小川にそんな事を聞かれる。気づかれていないと思ったのだが、掃除当番の時などに見られていたようだ。
「ちょっとな」
「なんだなんだなんなのだ。何か美味しい話があるなら教えて候」
内海が何故か食いついてきた。
「内海は軟式テニスじゃなかったのか?」
確か入るとか言っていた筈だ。
「男女別だからやめたので候。女子がいなければ、意味がないのでおじゃる」
「お前なあ」
「受験戦争の間の一幕の彩り、それを我は求めているのでござる!」
真面目な運動部員にぶん殴られろと言いたいが、まあ進学校なんてそんなものだ。うちの高校、どの部活もまんべんなく弱いし。
「それで川崎、美味しい話なら教えてくんなまし」
「大して美味しい話じゃない。こういう奴だ」
魔法については、既にニュース等である程度明らかになっている。記憶があったり魔法を少しでも使たりする人は、全体のおおよそ〇・三パーセント程度。つまり三百三十三人いれば一人くらいいるという話だ。
だからもう、カミングアウトしてしまっていいだろう。以前茜先輩がやったのと同じように、机の上で右手の平を上に向け広げ、炎を出してみる。
「ほれ、簡単な魔法。いわゆるファイアという奴」
「おお、ここに魔法使いがおる!」
わざとらしく驚いた後、内海が続ける。
「で、それはまさか、燐とかでやっていないでおじゃるよな」
「あれも一応魔術だけれどな。今やったのは種も仕掛けもない方だ」
「確かに温度を感じるな」
小川が手を近づけて確認する。
「まさか川崎が魔法使いだったとは」
「魔法使いという程、魔法を使える訳じゃない。炎や水が出せるくらいだ。あとは量が少なければ温度を上げ下げ出来る程度だな。それ以上じゃない」
「ゲームや小説にあるような攻撃魔法はどうで候」
「試せる場所が無い」
「そりゃそうでおじゃるな」
納得いただけたようだ。
「とするとひょっとして、前に掲示板に出ていた魔法の研究会か」
「ああ」
「まだ募集しているのでおじゃるか? 部員は? 女子はいるでおじゃるか?」
これ内海。
「魔法を使える人のみ募集だそうだ。俺を入れて三人。割合的にもそんなものだろう」
この学校は一学年八クラスで一クラス四十人。つまり全校生徒は九百六十人程度。実際には退学したり試験で人数多めに入ってきたりで、多少の誤差はあるけれど。
だから魔法使いの人数が三人というのは、割合として妥当な線だ。
「それで川崎以外はどうなのでおじゃるか? 吐け! 吐くのでおじゃる!」
「残り二人は二年の先輩だ」
あえて性別は言わなかった結果、内海は返答に満足しなかったようだ。
「それで男女別はどうなのでおじゃるか。二人とも女子なのでおじゃるか!」
「一応そうだけれどな、何も無いぞ」
「うう……川崎が羨ましいでおじゃる」
なんだかなあ。
このクラスに女子がいない訳では無い。この栃葉城県立栃金崎高等学校は共学で、クラスの半分は女子。当然内海の心の叫びも聞こえているだろう。内海の幼馴染にも。
だからついでに言ってやる。
「内海は森川さんがいるだろ」
「あんな胸まな板の腐れ鬼女、勘弁して欲しいでおじゃる」
バシン!
内海の頭がノートを丸めたものではたかれた。勿論森川さんにだ。
「誰が胸まな板で腐れ鬼女だって」
「腐っているのは間違いないでおじゃる」
「どういう意味よ、それ」
「刀の名前で菊一文字というものがあるでおじゃる。でも菊一文字と聞いたこの女子は、きっと菊門が裂けちゃったのね、とつぶやいたのでござるよ。まさかそういう連想をする輩がいるとは思わなかったでおじゃる」
おい待て内海、どういう意味だそれは。
「あとクラスの奴がふざけてカンチョーして決まって、お尻を押さえて痛がっているのを見て、『いい資料になった』とも言っていたでおじゃる。我輩はそれで悟ったでおじゃる。これは腐りし女子だと」
俺も意味をようやく理解した。腐女子という事か。
「私は単に創作の上で遊んでいるの。内海みたいに元々の頭がおかしいのとは違うの! いい、わかった!」
「入学する前には言っていたのでおじゃる。『今度漫研に入ったらオタサーの姫になれるかしら』と。でも実態は腐女子天国だったと嘆いていたで候」
「こら内海、まだ言うか」
「いくらでもネタはありんすよ。そもそも腐女子沼に落ちる前はエロゲコレクタ……」
言葉が止まったなと思ったら、森川が背後から両腕で内海の首を決めていた。腕が見事に喉の場所に入っている。
内海がタンタンと机を叩いてギブアップと主張している。しかし止める様子は無い。
「放っておいていいわよ。久しぶりに見たけれど、前からよくある事だから」
これは西場さんだ。
「幼馴染ってのも羨ましいよな」
幼馴染か。また俺は一瞬何かを感じた気がした。気のせいだろうとは思うけれど、最近何かこういう事が多い。何故だろう。
一方、小川の言葉に西場さんは肩をすくめる。
「三人一緒で二人が強烈だと苦労するわよ。その二人が仲がいいとまたね」
ふむふむ。
「でもあれはあれでいいんじゃないか?」
「結果的に私があぶれる訳よ」
なるほど。
「ところで川崎って、どれくらいの魔法を使えるの?」
その辺も聞こえていたらしい。
「炎や水が出せるくらい。あとは量が少なければ、温度を上げ下げ出来る程度」
さっきと同じ説明をしておく。
「いいなあ、何か楽しそうで」
「その程度出来ても、何も変わらないぞ」
「それ以上に何かができる可能性があるじゃない」
「でも試せないし、普通の生活じゃ」
「それもそうか」
西場さんが頷く。一方で俺は内海の方が気になった。
「ところであれ、本当に放っておいていいのか?」
「大丈夫よ。あれでお互いよくわかっているから」
本当だろうか。内海が本気で苦しそうなのだけれども。顔色が何か赤くなったのを過ぎて青ざめて来たぞ。
そう思ったところでチャイムが鳴った。昼休み終わりだ。
「命拾いしたわね」
内海は何度も深呼吸している。かなり苦しかったようだ。
「これでもう変な事は言わないでね。返事は?」
まだ声が出ないと内海はジェスチャーをして、その後ノートの最終ページに何か鉛筆で書いて俺達に見せる。なになに。
『背中に胸が当たっていたのに、柔らかさを感じなかった。やはりまな板のようだ』
……
「もう一度死ね!」
また首を絞められたところで先生が入って来た。状況終了のようだ。




