第32話 襲撃の朝
通常の授業の傍ら、七時間目に図上で演習したり、訓練上で攻撃魔法の訓練をしたりする二週間。
ちなみに土日も外出禁止で、両日とも半日は訓練だった。ただでさえ山の中で閉塞感があるのに、外出もろくに出来ないのは正直鬱屈する。
ただ外出禁止というのは安全対策でもある。敵が出現する可能性がある以上、不用意に外出するのは危険だから。だからまあ、仕方ない。
なおネットや新聞等では、魔王について等のニュースは一切流れていない。完全に俺達の学校や俺達自身も、一般人という扱いではなくなってしまった気がする。
そんな日々が過ぎて、そして今日は、襲撃予定の七月二十七日。襲撃時刻は朝九時と予知されている。余裕を見て一時間半前の朝七時半に集合で、八時にはもう配置完了だ。
第二組が守るのは第二次防衛線。具体的には道路を挟んで校舎と反対側の、川から道路へ入って来る敵が対象だ。
配置位置は三階にある教室や研究室、寮等の窓際。窓から見て受け持ち区画に敵が入ってこないか監視し、入ってくるなら窓から敵めがけて魔法を放つという任務だ、
今回の敵は、学校から見て正面に見える標高千百八十一メートルの三角点と、標高千二百二十三メートルの三角点の間の谷から、侵攻してくると予知されている。この場合、自衛隊駐屯地と研究棟、本館が正面だ。
このうち自衛隊駐屯地は、自衛隊の方で守備に当たるそうだ。また研究棟の正面側の川岸は崖になっている。
だから第二組担当区では本館配置が一番危険で、次が研究棟、そして厚生棟、男子寮、女子寮という順になる。
俺達第二組第三班の受け持ちは厚生棟三階の、いわゆるラウンジ。ここから攻撃をして、敵が撃ってきたら壁際に隠れるという作戦。
第二組第三班は俺と塩津さんの他に三人。六年で班長の川和先輩、同じく六年の柏先輩、五年の平塚先輩。この学校の男女人数比もあってか、俺以外は全員女子だ。
今はラウンジの窓際に、南側から川和先輩、柏先輩、平塚先輩、俺、塩津さんと、それぞれ窓と窓の間にある壁や柱に隠れる形で配置についている。
「まさか学校で実戦をやるとは、思いませんでしたわ」
川和先輩の言葉に、柏先輩が頷いた。
「確かに。でもここまで魔獣が来るとなると大変だな」
「それでも今までとは違って山から下りてくる形です。自衛隊が攻撃するのも大変だと思います。ですからある程度は、ここで討つ事も覚悟した方がいいかもしれません」
「それにしてもまさか、自衛隊用の魔法杖まで配布されるとは思わなかったな」
柏先輩が言うとおり、今回実戦の可能性がある部隊には、自衛隊用魔法杖が配備されている。魔獣から取れる魔石を材料に使った銀の合金、いわゆるミスリル銀を使用したかなり強力な魔法杖だ。
水瓶座世界の自衛隊では、この杖を小銃代わりに歩兵装備として持ち歩く。武器として規制されるだけあって、出力・収束率ともに一般用の魔法杖の比ではない。
「この杖、この件が終わったら持ち帰りたいよな。これがあれば、魔法も数段上手くなった気分になるしさ」
これは平塚先輩。
「確かにいい品だけれど少し重いです、私には」
塩津さんが言うとおり、銀合金だけあってしっかり重い。
長さと太さはアルトリコーダー程度。しかしずっと持っていると、腕が下がりそうな重さ。具体的には二リットルの中身入りペットボトルと同等か、少し重い程度。
「一斉放送です。魔獣の群れ、自衛隊部隊と交戦開始」
放送とほぼ同時に、轟音が窓を震わせはじめた。
ドドドドドドドドドド…… ドーン、ドーン……
「攻撃は魔法メインじゃなくて、重火器メインのようだね」
確かに柏先輩の言う通り、聞こえる音は連射タイプの銃砲とか迫撃砲の炸裂音が主だ。
「魔法攻撃は、あまり音が聞こえないからではないでしょうか」
川和先輩が言う事も一理ある。
なお俺達が聞いた作戦はこんな感じだ。
① 魔獣を発見したら、尾根から谷へと攻撃で追い込む
② 谷に追い込んだところで攻撃を集中させ始末する
③ 谷間から逃れた魔獣を第1次防衛線で攻撃する
④ ③で漏れた魔獣は第2次防衛線で倒し切る
俺達の出番は④、つまりまだ先となる。
一方で、これと平行して行っている魔人相手の作戦もあるようだ。その辺は秘密らしいので、俺達には知らされていないけれど。
「一斉放送です。魔獣の総数は三百程度。現在A4地点に追い込み中」
作戦は予定通り進行しているようだ。そう思った時だった。
「警告! 窓際から待避!」
今までと別な声が放送で流れる。これは緑先輩の声だ!?
「えっ?」
塩津さんの戸惑いの声も。
俺は言われた通り、窓際からダッシュで逃げる。
まずい。魔力の塊の気配が、こっちへ飛んできている。俺はともかく、塩津さんが廊下の壁まで間に合わない。
周りを見ると太い柱があった。塩津さんの手を引っ張り柱の向こう側へ。
塩津さんを柱に押しつける形で、俺自身も目と耳を塞ぐ。
ボォオオオオーン! ズガシャドガラガラガラ……
爆風の圧力。しかし柱は動かない。
大丈夫、大丈夫だ。そう思いながら塩津さんを押さえつける感じで、俺も柱にひっつく。
「大丈夫ですか! 二三二からお願いします」
三班班長の川和先輩の声。
「二三二大丈夫! 怪我なし!」
柏先輩だ。
「二三三怪我なし!」
平塚先輩も大丈夫か。
俺は……ぱっと見た限り大丈夫だな。
「二三四怪我ありません」
「二三五大丈夫です。怪我ありません」
これは塩津さんだ。
「緊急連絡。校舎内配置各班は窓際から待避し、廊下側の壁や柱に隠れて下さい。大型魔獣による砲撃です。校舎内配置各班は窓際から待避し、廊下側の壁や柱に隠れて下さい。大型魔獣による砲撃です。まだ来る可能性があります」
放送でそんな注意が流れる。
「二三一から二〇〇へ。連絡、三班死傷者なし、ラウンジは川側窓及び壁が大破」
川和先輩が二組本部へ報告をしている。
「とりあえず避難するか」
平塚先輩がそう言って、先に廊下側へと逃げる。彼女も廊下側までは間に合わなかったが、位置的にちょうどいい柱も無い。
だから机を倒してその影に伏せていたようだ。でも動きからして怪我は無さそうな模様。
「こっちも行こう」
塩津さんにそう声をかけ、俺達も廊下側へ。窓は壊れているので、壁になっている処へ全員集合。
「いや酷い事になっているな、この部屋。ボロボロだぜぃ」
平塚先輩はそう言って、肩をすくめてみせる。
「全員無事で良かったですわ」
川和先輩はそう言って頷いた。
「でも危なかったです。あの放送の後、本気で逃げてやっとでしたから」
「私は間に合わなかったしな。机を盾にして、風魔法で自分をくるんで何とか耐えたけれどさ」
平塚先輩のその辺の応用は流石だなと思う。俺はそこまで思いつかなかった。確かに風魔法を防護に使うという方法もあったな。
「こっちは幸い大きな柱があってセーフって感じですね」
「川崎は、一人だったら余裕で廊下まで間に合ったんじゃないか?」
平塚先輩はそんな事を言うが、そんな事はない。
「中途半端な姿勢であの攻撃を受けるより、柱の影に待避して正解だったと思います。それだけです」
あとは近くにいた、被害連絡担当の四組の二人も大丈夫なようだ。
遙香は無事かな。ちょっと聞いてみようかなと思ってやめる。今はそんな時ではないだろう。
それにこの様子なら、きっと此処が一番被害が大きい。だからきっと遙香は無事だ。
そう俺は思うことにする。




