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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第5章 事案の原因

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第29話 違う世界

 返答はすぐ来た。

『このメッセージを見せて、時間と場所、私の名前を遙香さんが認識できたら問題無い。認識出来なければ乞連絡。本日午後四時半、研究棟一階一〇三号室、久間緑。なお『久間緑』と名札を部屋の入口に貼っておく。来て名札が確認出来なければ、入らずにSNSで連絡』

 これはどういう意味だろう。わからないが、とりあえず言われた通り、メッセージを画面に出したまま遙香に渡す。

「何か意味がわからないけれど、このメッセージで時間と場所、先輩の名前が読めるか、遙香に試してみてくれだってさ」

 遙香はスマホの画面を見る。

「普通に読めていると思うよ。六日午後四時半、研究棟一階一〇三号室。名字はきゅうまさんかな、ひさまさんかな、名前は緑さん。名札のあたりも読めるよ」

「わかった。ちなみにこれはくまと読む」

「うう……でもそういう読み方の意味じゃないよね、きっと」

「ああ」

 とりあえず返信だ。

『普通に読めました。それでは午後四時半、宜しくお願いします。今は外から学校へ帰る途中です』

 またすぐ返信が来た。

『私と遙香さんは、同じ流れに存在しない。本来は出会えない存在。会えるかどうか、メッセージを読めるかどうかで確認した。待っている』

 これも遙香に見せてみる。

「これってつまり、私がいる世界には緑先輩はいなくて、緑先輩がいる魔法がない世界には私がいないって事なのかな」

「かもな」

 正直に返答する事を俺は避けた。詳しく話してしまうと、こちらの世界の遙香の死について触れなければならなくなるから。

「ならあとは、緑先輩と一緒の時に聞けばいいか」

「だな」

 正直ほっとした。俺では言いにくい事がそこそこあるから。

 たとえば遙香が死んだこととか。今の俺の人格が、今の遙香の知っている俺より、知らない俺の方メインだとか。

 駅で止まっていた電車が再び動き出した。次が終点の三峰口駅だ。


 バスに乗り換えて、無事学校に到着。寮入口で別れ、一六時二十分に再度寮の前で待ち合わせ。

「緑先輩ってどんな人?」

「小柄で物静かな先輩だよ」

「それで何で生徒なのに、研究室なんて持っているの?」

「特殊な魔法を持っている関係だって聞いた」

 そんな事を話しながら研究棟へ向かう。

 いつもの部屋の入口には『一〇三号室 久間緑』と印字された紙が貼ってあった。

 緑先輩が言った通りだな。問題は無いようだ。

 俺は扉をノックする。

「どうぞ」

 茜先輩の声だ。今日も此処にいた模様。それとも俺達が来るという話を聞いて、やってきたのだろうか。

 そう思いつつ扉を開ける。

「失礼します」

 遙香がやや緊張気味の声でそう告げた。彼女にとってははじめての部屋だし仕方ない。俺にとってはいつも通りだから、気にしないけれど。

 既に俺達用らしい紅茶が入っている席へ。

「どうもはじめまして。お兄、川崎孝昭の従姉妹で、三年生の川崎遙香と申します」

「そんな緊張しなくていいぞ」

 これは茜先輩だ。

「緑は私の中学校以来の友人だしさ。まあ気を楽にしてくれ」

 どうもこの場は、茜先輩が仕切るつもりのようだ。

 まあいつもの事なのだけれども。

「遙香は今日、秩父へ行ったんだよな。どうだった、違いはあったか?」

「秩父の街に出たのは初めてだったので、よく分かりませんでした。でもお金が違うし、電車もカラオケの曲も違いました」

 先輩二人はうんうんと頷く。

「つまり遙香は、二十一世紀の日本に行くことは出来た訳か」

「その二十一世紀の日本というのが、もう一つの記憶にある世界なんですか?」

 茜先輩は頷く。

「遙香の視点なら、その台詞は正しい。私と孝昭の視点で言えば、記憶にあるうちの片方だと言えるだろう。どっちが主でどっちが従かは別として。そして緑から見れば、この事態になるまで住んでいた世界となる訳だ。二つの世界が混じっているという話は、孝昭から聞いたか?」

「ええ」

 遙香は頷く。

「でも私には実感が無くて。この学校にいる時は何も感じなかったのに、駅まで行ったらもう違う世界だって言われても、よくわからないです」

「まあそうだよな。だからわかっている事から説明しようと思う。まずは遙香にとっては違う世界からこの状態になるまで、どんな経緯があったかについてだ。これはあくまで二十一世紀日本の、私から見た視点だけれどな」

 そう言って茜先輩は話し始める。

 春休み、突如別の記憶が出来て、魔法が使えるようになったところから……


「向こうの世界にいた私は、そんな感じでこの学校にやってきて、今に至っている」

 茜先輩は、喫茶室で遙香が話しかけたところまで説明を終えた。

「お兄もそうやって、他の高校から転校してきた記憶があるの?」

「ああ」

 俺は頷く。

「あのお金も電車もカラオケの曲も、その転校してきた方の世界なの?」

「その辺は微妙なんだ。ベースは確かにその世界なんだけれど、少し変化してしまっている。厳密にあの世界のままじゃない」

「そもそも何でこんな事が起こったのかはわかっていないよね、やっぱり」

「ああ。事態の中心地が、ここと自衛隊の建物の間というのはわかっているんだが。実際自衛隊が何か関わっているのは確かだと思う。魔獣が出てきたのが自衛隊分屯地からだしな。でもそれ以上はわからない」

「もし自衛隊が絡んでいるならば、国が絡んでいる可能性も高いよな。少なくとも二十一世紀日本の方は。この学校と研究施設を一気に作ったところを含めて」

「でも結局推測でしか言えないんだよね」

「一介の高校生じゃ、入る情報もたかが知れているからな」

 茜先輩が肩をすくめてみせる。確かにその通りだ。

「それで結局どうなるのかな」

「まだ見えない」

 緑先輩が首を振る。

「ただ、もう少し世界が変わるのは確か」

「どんな風に変わるんだ、緑」 

 茜先輩だけで無く俺達全員、緑先輩の方を見る。

「また魔獣が学校を襲撃する。今度は数が多い。これで敵が明らかになる」

 妙な単語が出てきた。

「敵とは何だ?」

「二十一世紀日本には無かった存在。だから今の私では見えない。でも向こうでは既知の存在の筈」

 水瓶座時代にあって、二十一世紀に無い存在か。

 魔法、魔物、魔獣といったところだろうか。しかし緑先輩の台詞のニュアンスだともう少し強大な存在という気がする。魔物や魔獣は確かに敵ではあるけれど。

 いわゆる敵国とかと同じような存在となると……

「二十一世紀と呼んでいる世界で、ここと同じような事が起きたのは他にあるの? たとえば他の国とか」

 遙香に聞かれて、ちょっと考えた後に答える。

「確かアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、フランスだったかな」

「いわゆる『ファイブアイズ+3』国家だな」

 確かに茜先輩の言う通りだな。そう俺が思った時だ。

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