第27話 お出かけ
七月十三日土曜日、朝八時十五分。一階寮事務室の前。
「お兄、遅い」
遙香はそう行って口を尖らす。
待ち合わせ時間は八時二十分に此処のはずで、つまりはまだ五分前なのだけれど。
「バスは八時半だろ」
「お兄甘い! テスト期間終了後最初の土曜だよ。下手すればバスにも乗れないよ」
そんな大げさな。そう思いつつ本館前のバス乗り場へ。
うっ。その行列を見た時、俺は遙香の意見が正しいことを知ってしまった。
まだバスは来ていない。でも列がすでに出来ている。
「座れるかどうか、ぎりぎりだよね」
「ごめん、俺が甘かった」
更に後続が、ぞくぞくとやってくる。これでは乗り切れない人も出てきそうだ。あまりに多ければ、続行便を出してくれるだろうけれども。
バスが二台連続でやってきだ。今日は人が多いと判断して、最初から続行便をだしてくれた模様だ。
列が前へと動き始める。最初のバスが本来のスクールバス塗装で、座席が観光バスと同じ二列シートの奴。二台目が一般的な路線バスで、行先表示が『貸切』になっているバスだ。
俺達より前に並んでいる人数を数えると三十五人。
「最初のバスで座れるかな、これは」
「二台目は座席が少ないから大変だよね」
そんなことを話ながら、前へと進んでいく。結果、何とか最初のバスの中程の席に座ることが出来て一安心。
「このバスは、全員着席で発車みたいだね」
「後ろのバスは大変だろうな」
何せ駅までの道、揺れるのだ。細いし曲がりくねっているしで。
「それで今日は、どういう予定?」
「まずはカラオケかな。最近歌っていないし」
なんて遙香と話しているうちにバスは出発。
そして座っていさえすれば、バスは割とあっさり駅まで着く。
バスを降りて、昔ながらという感じの駅へ到着。降りた後、遙香はまわりを見回して不思議そうな顔をする。
「あれ、駅ってこんな感じだったっけ」
「何か変わったか?」
俺はついこの前来たばかりだからな。例の調査の件で。
そう思ってふと気づいた。そう言えば遙香は、こっちの世界にはいないのだ。
遙香がいるのは向こうの世界だけ。だから向こうの世界の遙香がこっちの世界に来てしまったら、違うのも当然かもしれない。
「どこか調子が悪いとか、そういうのは無いか」
「全然。単に何か違うような気がするだけ。何処とははっきり言えないけれど」
それくらいなら大丈夫だろう。
「なら行くか」
「勿論」
念の為、切符等は俺が買った方がいいだろう。お金が違うと問題になるし。
ちなみにこの駅は、田舎過ぎてカードが使えない。それはそれで、今の状況では良かったと思う。
「切符は俺が買っておくよ」
「お願い」
あっさりOKが出てほっとした。
電車に乗って一安心。ここからはそんなに差が無い筈だ。
ここまでの間、遙香にとってはあちこちに違和感があったらしい。
改札口が駅員さんが切符を確認するタイプではなかったとか、電車が元東急の銀色のものではなかった気がするとか。
ただ電車に乗ってしまえば、あとはそれほど差はないだろう。
向こうの世界は魔法が使えるといっても、電気なんかは普通に使っている。家の作りも生活パターンも基本的に同じ。
元々魔法が無い以外は結構似ているのだ。だから問題はきっと無い筈。電車内の広告とかはきっと違うけれど、そこまで気にはしないだろう。
案の定遥香がそれ以上違和感を感じることはなく、電車は無事秩父駅に到着。
「秩父で降りるのは、実ははじめてかな。いつもは一駅手前の御花畑で降りていたし」
理由は俺でもわかる。
「東京に出る時はそっちだもんな」
「で、お店はどっちかな」
「こっちだ」
駅を出て歩く。
「結構大きい神社だね」
「お祭りは結構凄いらしい」
なんて言いながら歩いて、無事お店に到着。
こんな朝早くからカラオケする奴は少ないようで、ブースは空いていた。なので三時間パックを購入して中へ。
「あれ、カラオケってこんな装置だっけ」
また遙香の違和感が仕事をしている。
「前は本か、歌い出しを魔法検索するタイプじゃ無かったっけ」
ちなみに此処にあるのは、タブレットで選曲する方式だ。
「まあ気にせずやろう」
「それもそうだね。久しぶりに外に出たからかな。何かおかしな感じだけれど」
近くにあったマックでお昼をたべつつ、ふと遙香は俺に尋ねる。
「それでお兄はどこまで知っているのかな、この違和感の正体」
えっ。いきなりのタイミングで言われたので、思考がおいつかない。
「例えばお兄、今日は全部払ってくれているでしょ。いつもは三回に一回くらいは私が払うのに。それって、私にお金を出させないようにしているんじゃないかな。
ちょっと財布を見せて貰ってもいい?」
ぎくっ。確かにその通りだ。どうしようかと思って、そして気づく。気付かれた以上、隠すことは無いだろうと。
俺はポケットから財布を出す。遙香は俺から財布を受け取り、千円札を出してまじまじと眺めた。
「そっくりだけれど、年号が違うよね。そしてお兄はこの事を知っていたと」
「ああ」
そこは頷くしかない。
「そしてお兄は何故こうなったか、原因を知っている。違うかな?」
「原因までは知らない。こうなる可能性は感じていたけれど」
あまり難しいことを聞かれても困る。何せ俺もほとんど何もわかっていないのだから。
「そっか。それで私、元の世界に帰れるんだよね」
「学校までは間違いなく」
「それは信じていい」
「絶対とは言えないけれど、多分大丈夫」
「急いで帰ってもゆっくり帰っても、変わらない?」
「そのはず」
「そっか」
遙香は誰かに似た、でもちょっと可愛い笑みを浮かべた。
「それじゃ今日はお兄のおごりで遊び放題って訳よね。なら理由その他は後で聞くとして、まずは遊ばないと」
「おいおい待ってくれ」
「でもお兄、この事を内緒にしていたよね」
この手の議論、実は遙香に勝てた事は無いのだ。
記憶によると、別世界の俺の方も。




