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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第4章 変化した世界

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第26話 魔法練習場にて

 翌日、七月七日の日曜日だけれど、臨時で授業があった日の放課後。

 俺達はラウンジの片隅で試験前特訓中。勿論俺の試験対策では無い。

 俺は試験の為の勉強はやらない主義だ。この学校に入る為に一度だけ、その原則を破ったけれど。

 だからこれは遙香の試験対策。つまりはまあ、SNSで遙香に呼び出された訳だ。緑先輩の言葉があったので、俺としてもちょうど良かった気がする。

「数学と物理、やっぱり最近急に難しくなった気がする。というか習ったおぼえが無い。何かもう元々苦手なのに訳わかんない」

 遙香が駄々こねている。

「習ったおぼえが無ければ今おぼえる! おぼえる事はこれとこれの使い方!」

「むう……でも因数分解の方法、全部おぼえる自信無い」

「最悪やり方がわかれば、その場で何とかなる。まずはこんな感じでまとめて……」

 遙香はただパターンを記憶させるより、やり方や原理を教えた方が理解するタイプ。理解力もあるので教えやすい。

 そんな訳で数式の変形からはじめて因数分解、更に解の公式に至る方法をゆっくり解きながら教える。

 途中夕食休憩を含めて教えること約三時間の長丁場の後。

「やっぱりお兄に教わると楽だよね。これで数学と物理はばっちりかな。他の科目より自信あるかも」

 おいおい。

「それじゃ次の土曜日、約束だからね」

「はいはい」

 何かというと、一緒に外出する約束だ。途中遙香に、『これ頑張ったらご褒美が欲しい』と約束させられてしまったのだ。

 勉強を教えてかつそんな約束をさせられるなんて、冷静に考えると不合理だが仕方ない。妹分の特権みたいなものだ。

 音楽が流れ始める。午後六時五十五分、厚生館の二階以上が閉まる五分前だ。

「それじゃ行くか」

「うん」

 一緒に部屋を出て階段を降り、渡り廊下へ。

「それにしてもお兄と出かけるのって、久しぶりだよね」

 確かにそうだ。二十一世紀日本側の俺としては四年ぶり。水瓶座時代の俺としてなら春休み以来だ。

「でも秩父じゃ大した店無いぞ。かと言って池袋は遠いし、熊谷や川越じゃ中途半端だし」

「この前お兄が行った店でいいよ。カラオケも久しぶりにやってみたいし、ダーツもどんな物かやってみたい」

「俺もダーツはやった事無いぞ」

「だからいいんじゃない。はじめて同士なら、酷いスコアでも恥ずかしくないし」

 それなら、服とかアクセサリ売り場で長時間待たされるよりはいいか。

 春休みに池袋でそんな目に遭った、もう一人の俺の記憶を思い出す。なかなかの苦行だったからな。その可能性が無いだけで気分は楽だ。

 ただ……

「俺はあまりカラオケのレパートリー無いぞ」

「無いから練習するのにちょうどいいよね」

 うーむ。少し予習をしておく必要があるかもしれない。

「それじゃお兄またね、おやすみなさい」

「おやすみ」

 寮一階の廊下で遙香と別れる。女子寮はこの先の建物、男子寮はこの上だから。

 

 昨日まで遙香の試験対策に付き合って、そして本日は七月十日水曜日。つまりは試験一日目だ。

 本日の試験は数学Ⅰと国語総合、それに政治経済。得意な科目ばかりだったので手応えは悪くない。

 それでも寮に帰って見直しをしようと思ったら、SNSメッセージが来た。今度は茜先輩からだ。

 場所はいつもの緑先輩の研究室ではない。学校の外れ、魔法訓練場だ。

 魔法練習場は、基本的に放課後は解放されている。

 まさかテスト期間にここに来ている生徒はいないだろう。そう思ったのだけれど、実際に来てみると攻撃魔法の射座三箇所につき一人くらいは生徒がいる。練習場の射座は二十箇所だから、六~七人はいるという事か。

 やたら派手な攻撃魔法を撃ちまくっている男子は、ひょっとしたら鬱憤晴らしかもしれない。今日のテストに失敗したとかの理由で。

 茜先輩は一番奥の射座にいた。

「やあ孝昭、来たか」

「試験期間中にここで何をしているんですか」

「どうせ孝昭も試験勉強はしないクチだろ。だから問題無い」

 茜先輩もそのタイプだ。

「それはそうと何をやっているんですか?」

「見た通り、魔法の特訓だ」

 そう言われても困る。

「確か魔法で目立たないつもりじゃなかったですか」

「世界が変わったからな。こっちの私は魔法実技の優等生らしい。だから今のこの世界で実力を隠す必要は無いようだ」

 ちなみにこの辺の会話は秘話魔法を使っている。この中等学校では一年生の時に習得する簡単な魔法で、要は対象以外には聞こえないように話せる魔法だ。

「だとしたら余計今、練習する必要は無いでしょう」

「この意識の私が練習する事には、意味があるような気がしてさ」

 凶悪な風魔法で的の先の崖をえぐって、そして先輩は答える。

「向こうの私の記憶がある状態でなら、私もこの程度の魔法は使える。でも二十一世紀日本の記憶がメインの私がこの魔法を使えるように練習しておぼえておく事には、それなりの意味もあるような気がするんだ」

 その台詞の意味を少し考える。答はすぐに出た。

「つまりまた魔法が使えない、元の世界に戻る可能性があると」

「それも可能性のひとつだな」

「緑先輩の魔法ですか」

「いや、単なる私の勘だ」

 茜先輩はそう言った後、もう一発魔法を放つ。超高温だが極細の熱線が、的の鋼鉄にすっと穴を開けた。

「あとはやれる時にやれる事をやっておこう、というだけだな。後で悔いるから後悔なのだが、出来ればそんな事はしたくない。そんな訳で少し孝昭もやってみないか。それに結構爽快だぞ、本気で魔法を放つのも。こんな風に」

 今度は火球魔法だ。火の玉が的の半分を破壊。極とか獄とかつかない普通の火球魔法の癖になかなかの威力だ。

 確かにかなり魔力を込めているな、これは。

 今までの授業の時は、威力を加減しコントロールする事を主体にやっていた。二十一世紀日本にいた俺の意識では、本気で魔法を放つなんて事をまだ試していない。この機会に試しておいても悪くないだろう。

「なら隣の射座いいですか」

「ああ。どうせ空いている」

 それなら最初から本気で撃ってみるか。目を瞑り呼吸を整える。体内の魔力の流れを意識して増大させ、目を開ける。

 目標は先程茜先輩が壊した、鋼鉄製の的の残骸だ。

「高電圧球」

 俺の魔法は、鋼鉄製残骸の一部を瞬時に崩した。しかし完全に崩れたのは、せいぜい三割程度。

「いきなり得意技か。でもまだまだ威力が甘いな」

 確かに茜先輩の魔法の威力には及ばない。しかしそれはあくまで現状でだ。

「そのうち抜かして見せますよ。それじゃ次は氷魔法、極寒地獄!」

 極低温の氷の壁が、壊れた的の位置にそそり立つ。

「なら崩してくれる。火球魔法」

 氷にサッカーボール程度の穴が空いた。しかしそこで先輩の火球は消滅する。

「極火球魔法でなく、ただの火球魔法で消そうとは、なめられたもんですね」

「抜かせ!」

 結局俺は夕食までの間、魔力の限界近くまで、茜先輩と魔法の放ち合いをしてしまったのだった。

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