第25話 信じている限り、共有できる
しかし……ふと思ってしまう。
こういった調査で何かがわかったとして、何が変わって何が出来るのだろうと。
調べても調べなくても、此処で起こる事態は変わらないだろう。
なら俺が秩父へ行った事も、先輩の調べた結果もはたして意味があるのだろうか。
考えても仕方ないとは、わかっているけれど。
「あまり考えても、面白くはならないぞ」
茜先輩がまるで俺の今考えていた事が見えるかのように、そんな事を言う。
「今回孝昭が調べた事も私が調べた事も、いざという時には役に立つ可能性はある。今後更に変化する場所が広がるか減るかとか、この前みたいな怪獣に襲われても最大五百メートル逃げれば何とかなる可能性があるとか。この変化した世界から脱出したいと思った時は、最悪実家に逃げ帰ればどうにかなるだろうなんて事だってわかったしな。この学校のある場所以外は、それほど変化していないだろうから」
確かにそういった使い方なら、調査結果が実用になる。思いつかなかったなと思いつつ、更に続いている茜先輩の言葉に耳を傾ける。
「でも私は、そんな実利的な目的の為に調べたんじゃない。単にこの事態について知りたいから調べただけだ。役に立つかとは別の話さ。私達がすべき事はこの事態を解決する事じゃない。楽しむ事だ」
なるほど。茜先輩は正しい。俺が秩父に行った理由も、単に知りたいからだった筈だ。
「でも孝昭は、他にした方がいい事があるかもしれない」
不意に緑先輩が、そんな事を口にした。
「何ですか、それは」
「孝昭も茜も、世界が変化しても本来は問題無い。どちらの世界の記憶も持っているから。私も問題無い。魔法でどちらの世界も知る事が出来るから」
緑先輩はそう言って俺の方を見る。
どういう事だろう。ちょっと考えて、そして気づいた。
遙香だ。あいつは小学校五年以降の、二十一世紀日本の知識を持っていない。二十一世紀日本には、既に遙香はいないから。
そう言えば遙香は言っていた。最近数学が異常に難しくなった気がして、って。他にも不自由な面があるかもしれない。
そして遙香のサポートはきっと俺の役目だ。そこまで考えたところで気付く。
「そう言えば、向こうの世界の俺はいったい何をやっているんだろう。ここに遙香がいる以上、向こうの世界の俺も存在している筈なのにさ」
「説明が難しい。水瓶座時代の孝昭も、二十一世紀の孝昭も私の目の前にいる」
どういう事だろう。意味がわからない。
でも緑先輩は、わかっているようだ。
「どちらの孝昭も此処にいる。でも二十一世紀の孝昭は、二十一世紀の孝昭としてしか目の前の現実を受け取れない。水瓶座時代の孝昭も同じ。同じ身体で同じ行動をしているけれど、見ている世界、受け取る現実がそれぞれ違う」
「でもそれだと、違う判断をして別の行動をするなんて時は、どうなるんですか」
「どっちも独自に世界を観察し、独自に判断し、独自に行動している。でも結果的にする行動は同じ。それがこの混じった世界での状態」
考えると面倒な状態になりそうだ。しかも微妙に納得がいかなかったりする。
でも整理して考えて、とりあえず自分がどうすればいいかはなんとなくわかった。
「俺はこの場所に一人で、他の俺の事を気にしなくてもいい。そう思えばとりあえずはいいんですか」
「結果的にはそう」
「わかりました。ありがとうございます」
緑先輩は頷いてくれた。
「でもそれだと人ごとというか、意識ごとに世界が違うという事にならないか」
今度は茜先輩が緑先輩に尋ねる。先程の話については茜先輩も初耳だったようだ。
「その通り」
「それじゃ私と孝昭が見ている世界も、本当は違うのか」
「意識とはそんなもの」
この考え方は、緑先輩的には自明のことらしい。
「自分の意識と同じ世界を、他人も見ている。そう思うのは幻想か」
「そう信じればいい。信じれば幻想でなくなる」
「なら意識とは、本来は永遠に孤独なのか」
「信じる事ができなければ」
茜先輩はふうっと、わざとらしいため息をついた。
「クオリアとか、ジョン・ロックの『人間知性論』みたいなものか。哲学だな」
「でも信じている限り、共有できると私は思っている」
難しい話をしているなと思って、気づいた。これは俺に聞かせているのかもしれないと。
あとで今の先輩達の話に出てきた言葉を検索しておこう。何か参考になるかもしれないから。




