第24話 調査結果
七月六日土曜日、今日から学校は再開された。
今日は土曜日で明日は日曜日だけれども、休校で授業が遅れた為、臨時で授業をする。そう昨日午後にSNSで連絡が入っていたのだ。
そして六時限目の授業は魔法実技で、火・炎系統を投射する魔法の練習だった。今まで存在しなかった、学校隅の魔法訓練場でだ。
いや、あの大型魔獣襲撃の翌々日で、既にこんな状況。誰も疑問を持たないのが不思議だ。皆、自然に変化を受け入れてしまっているのだろうか。
こちらの世界では、魔獣が出る程度は大した事が無いようだ。最初の襲撃で壊れた窓ガラスや、二番目の襲撃で崩れた上流側の川岸と道路も、ほぼ完全になおっていた。
ある程度その手の作業に習熟した魔法使いがいれば、そんな修理など容易い。その事がわかってしまう俺も、大分変わってしまっているようだ。
授業終了後一度教室に戻り、ノートやタブレットパソコン等を鞄に仕舞う。
「川崎、一緒に行く?」
塩津さんにそう言われて、あれっと思う。
「今日から試験準備期間で課外活動は休みだよな」
「うん。だからラウンジか喫茶室で勉強会をしようって」
来週の水曜日からは試験。しかし俺は試験勉強はしない主義だ。試験の前に勉強するよりも、試験の後に勉強した方が効率がいい。
それに皆と一緒に勉強するというのは、どうも落ち着かない。もしやるとしても、一人でやる方が俺自身にはあっている。
この学校へ来るための勉強も、部屋こそ先輩達と三人でいたけれど、勉強そのものは一人でやっていたし。例外は遙香に教える時くらいだ。
「いいや、今日はパスで」
「何か用事があるの?」
「ある訳ないだろ。全学年、試験日程は同じだし」
「ならいいじゃない」
「勉強するのがあまり好きじゃ無い」
「それって誰でもそうだと思う」
「ま、そんな訳で」
理由にならない理由をつけて、教室を一人で出る。行き先は研究棟の一階、緑先輩の部屋だ。
まだ茜先輩が日曜日ハイキングに行った成果を聞いていない。それに俺が秩父に行った時の話もしようと思う。成果には乏しかったけれど。
研究棟一階の、いつもの扉をノックする。
「どうぞ」
茜先輩の声だ。やはり茜先輩もここにいたか。
中へ入ると紅茶の香りといつもの風景。
「どうした孝昭。何か面白い事でもあったか」
「授業が随分と変わってましたよ。いきなり魔法実習なんて思いませんでした」
「それで誰か、世界の変化に気づいた奴はいそうか」
「見た感じではいなかったですね。俺と同じで、わかりつつ様子を見ているだけかもしれませんが」
「疑問を持たなければ、スムーズに移行してしまうみたいだな、変化があっても」
どうやら先輩の言うとおりのようだ。
「ところで、秩父の街まで行ってきた成果はどうだ?」
俺が話す前に先輩が尋ねてきた。
「大した成果は無いですよ。わかったのは此処と秩父の街で、変化の程度が違った事くらいです。秩父の街のネットカフェでブラウジングしたところ、此処とはかなり違う結果が出ました。自衛隊の秩父分屯地が出ないとか、この学校が今年の六月に設立という事になっているとか。ただ秩父の街の方の世界も変化はしているようです。他の世界の記憶があり魔法が使える人々が出てきた件が、向こうで検索したところ昨年の三月あたりの事になっていました。俺の記憶では今年の三月だったはずですけれど。あとはこの学校の創立の記録とかも調べてましたけれど、全然情報は無かったですね。向こうで出せるデータは、ここを怪物が襲ってくる前の状態そのままに見えました。それだけです」
「向こうの世界も変化している、ただ変化の具合が此処とは違うか。充分な成果だと思うぞ。それ以上はそう簡単には調べられないだろ」
「それで先輩のハイキングの成果はどうでした?」
「こんな感じだ」
先輩は紙を広げる。プリンタで国土地理院の地図を印刷し、貼り合わせたもののようだ。
どこの地図かは見てすぐわかった。この学校付近の地図だ。
「私がハイキングと称して歩いたのは、この地図のここからここまで。大血川の桔梗塚から上流、東谷を学校前から新山沢分岐まで、西谷は天空寺へ続く道の分岐まで。とにかく歩いて調べてみた」
「何を調べたんですか」
「いろいろな」
先輩は頷く。
「この辺に学校以外の私の知らない施設がどれくらいあるか、まず知りたかったんだ。例えば自衛隊、基地と呼べるような施設は無かった筈だ。自衛隊の研究所なんてのものがここにあるなんて、世界が変わってから始めて聞いた。だからそれ以外にそれっぽい怪しい施設がないか、歩いて調べたんだ。この制服姿なら、この辺を歩いていても不審と思われないからな。ただ流石に夏の暑い最中、この長袖姿で歩くのはきついな。魔法で冷却しながら歩いたけどさ」
長袖を着て服の内部を魔法で冷却しながら歩くのは、向こうの世界でよくやる夏のテクニックだ。慣れれば半袖とかを着るよりも涼しく過ごせる。
だからもうすぐ真夏なのに、学内はこの黒作業服長袖姿が多い。防炎処理もあるし丈夫だし、制服にもなっているしというのもあるけれど。
「それで何かありましたか?」
「あまり面白い事は無かったな。違う世界とはいえ、流石日本だ。隠すまでもなく建物は全部地図に載っていた。航空写真でも隠している部分は何も無かった。つまり街の側から見て、旧校舎や旧寮があり、この臨時施設があり、更に奥に自衛隊の研究所と分屯地がある。そのままだ。ただ副産物として、面白い事がいくつかわかった。ひとつは一昨日出た化け物について。あれはおそらく、この世界の自衛隊研究所から出てきた代物だ」
なんだと。
「何故わかりました」
「川の上流側へ向かって歩いてみれば一発だ。道の補修跡や河原のえぐれ具合、両側の樹木の様子を見ればな。何せ化け物、大きくて重そうだからな。女子寮の前から痕跡を辿った結果、自衛隊研究所の大型施設のところで痕跡が無くなっていた。しかも施設の塀のその部分が補修されたばかりの状態だったよ。だからあの施設からやってきたのは、ほぼ間違いない。何処で調達したかは別としてさ」
そうか。そういう基本的なところを見るのも重要だな。
「ならこの事態に、自衛隊が噛んでいる可能性は高いと」
「そういう事だ」
なるほど。ところでちょっと疑問に思う事がある。
「そんな場所なのに自衛隊施設の前を通ったりして、怪しまれませんでしたか?」
「あの黒い作業服のおかげだな。特に何も問題は無かった」
確かにこの黒い作業服というか戦闘服、生徒以外に教官や研究者も着用している。だから仲間だと思われたのだろうか。この道沿いには学校と研究施設、自衛隊しか無いし。
「あとは植生だな。この辺はもともとヒノキの人工林と、シオジやサワグルミの落葉広葉樹林だった筈だ。その辺注意して歩いてみたら、やっぱりだ。この学校と自衛隊の分屯地を中心に、ほぼ五百メートルの範囲だけ、樹木の種類が変わっていた」
そういう部分の違いもあるのか。
「よくわかりましたね」
「広葉樹林はなくなっていた。針葉樹もモミとかエゾマツとかに似た木ばかりだ。つまり向こうの世界はここより少しばかり寒いのだろう。植林なのかもしれんがな」
「つまりその五百メートルの範囲だけ、特に変化しているという訳ですか」
「ああ。そしてその中心が、この学校と自衛隊分屯地だという事もな。どっちがより中心かはわからなかった。一応植生の範囲の中心も求めてみたんだが、どうも学校施設や自衛隊施設の間くらいになるようだ。どっちも変化の中心と言っていいのかもしれない」
流石だなと思う。俺が秩父に行って調べた以上に、先輩は有効な調査が出来たようだ。




