第20話 再会 ⑵
魔法基礎と数学基礎をきりのいい所まで教えた後、時計を見る。
お昼を過ぎてしまった。範囲は途中だが、きりがいいのでここまでにしよう。
「今日はここまでかな、時間的に」
「うん、ありがとう。やっぱりお兄に教わると楽だよね。教え方が上手いし」
「おだてても何も出ないぞ」
ノートと筆記用具、タブレットを仕舞う遙香を見る。
うん、特に変わった様子は無い。俺のかつての記憶が嘘のようだ。
このままこの世界で過ごすのもいいかなと思う。遙香がいるこの世界で。
でもそうなると、交通事故で死んだ遙香はどうなるのだろう。あの遙香も、確かにあの日までいたのだ。
それを忘れてしまうのは、あまりにあの遙香が可哀想だと思った。ついこの前まで忘れていただけに余計にそう思ってしまう。
だからあえて、俺は今ここにいる遙香に尋ねる。俺と一緒に育った遙香とは別の遙香として。
「そう言えば今朝、大丈夫だった?」
あの魔獣の襲撃を、別の世界の遙香はどういう風に処理しているのだろう。
「ああ、あの魔獣の件ね。結局被害は無かったみたい。あの魔獣はこの先にある自衛隊との共同研究で作った試作品で、逃げたところを抑えこんだんだって。勿論学校には魔法障壁が張ってあるけれど、毎度毎度怖いよね」
既にあの怪物は、既知のものになっている訳か。毎度毎度なんて言葉が出てくるからには、珍しくない事にもなっていると。しかもこの奥に自衛隊がいる事になっているらしい。
状況を更に確認するため、俺としては少し怖い質問をしてみる。
「あと、この春から何か変わった事は無かったか?」
「私としては学校の建物が立て替えで、寮ごと全員ここへ移ってきた事くらいかなあ。そう言えばお兄、何か別の記憶が思い出せるって言っていたよね。魔法の無い世界の記憶がって。その件、その後どう?」
逆に聞かれてしまった。ちょっと考えて誤魔化すことにする。
「変わらないかな。この世界の記憶の他、もう一つの世界の記憶が思い出せるってだけで」
「うちのクラスでそういう人、多いみたいだよね。私はそんな事ないんだけれど。何かこれも自衛隊との研究のせいだって噂があるけれど、本当かな」
「その辺は正式な発表でもない限り、事実確認出来ないだろ」
「それもそうだよね」
奥の自衛隊か。少なくとも二十一世紀日本には、ここに自衛隊駐屯地ははなかった筈だ。自衛隊のヘリは飛んできていたし、怪獣を迎撃したのも自衛隊だろうけれど。
その辺りが何か、この事態の鍵になっているのだろうか。
テーブルを片付けて荷物をまとめ、ゴミをゴミ箱に捨て、二人で階段を下りていく。
「それでどうする? お昼御飯、今からなら食堂も空いているよね」
「いや、買ったのがあるから、今日は寮で食べるよ」
「ええ、一緒に食べないの?」
弱った。違う遙香とわかっていても、やっぱり遙香は遙香だ。可愛いし自然に好きだなと感じる。
このままだと、この遙香と一緒にいる事を望むようになってしまうかもしれない。
「ごめん、ちょっと用事も思い出したしさ」
「なら代わりに、明日も勉強お願いしていい。どうせ明日も学校は休みだろうから、十時にここで。まだ数学が範囲の確認出来ていないの。最近数学が異常に難しくなった気がして。周りに聞いても、元々難しいからわかんないって言われるけれど」
最近数学が異常に難しくなったか。それも世界の変化かもしれない。この遙香の世界も、俺達がいた世界に寄せられているという。
「わかった」
「でもお兄、用事って本当は女の子じゃないよね」
おい遙香、待ってくれ。
「単なる調べ物と、あとネットのバーゲンが一時から」
「本当かな。だってお兄のまわり女の子が多いよね。今朝も女の子に囲まれていたし」
だから待ってくれ。
「それはこの学校が女子ばかりだからだろ。全体の七割近くは女子なんだから」
「でも茜先輩だっけ、あの人は綺麗だし、お兄の好きなタイプだよね」
待ってくれ、よりによって茜先輩を出すか!? しかし他のクラスメートとかを出されるよりは、まだましか。
「はいはい。俺は遙香がいれば充分だから」
実のところ、これは本音でもあるのだけれど。
「そう言ってすぐ誤魔化す」
遙香はぷうっと頬を膨らます。
「今日のところは信じてあげる。今日は買い物をするからここで。それじゃ明日ね」
「ああ、明日な」
階段を下りた一階で別れ、俺は寮へ。一人で少し状況を整理しようと思う。




