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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
プロローグ 夏の前に

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第2話 そう悪くない地元高校

 入学四日目の、四月十一日木曜日。

 重い気分で通い始めた高校だけれど、中学よりはかなりましだった。

 ヤンキー臭いのも少しだけれど、やっぱりいる。地元志向もかなり強い。それでも話せる相手が中学と違って存在しているだけ、かなりマシだ。勉強していても変わり者扱いされないし。

 この俺ですら休み時間に、まわりの連中と話をしたりする位だ。小学校六年くらいから話があわなくてずっと孤立していたのに。そういう意味では高校に入って、大分マシになったと思う。

「そう言えば何か最近、魔法が使えるとか、他の世界の記憶があるとかいう話があるよな。あれって本当なのだろうか」

 一時間目が始まる前の時間。前の席の小川聡がそんな事を言った。

「自分の事で無いからわからないな」

 俺はとりあえず肯定も否定もせず、様子を窺う。

「新聞にも載っていたしニュースでもそんな話が出ているけれど、嘘くさいよな。他の世界と混じっているなんて話もあるけれど、変化が見える訳でもないし」

 小川は否定派のようだ。

「でも魔法があって使えるなら、それも面白いでおじゃる」

 これは斜め右前の内海宏の台詞。語尾で遊ぶのは内海の癖だ。

 しかしこの台詞にのってはいけないし、のってカミングアウトするつもりはない。かわりに無難な意見を述べて、カムフラージュさせてもらう。

「ニュースでは、人間の記憶や思考の方が物に比べて変化が出やすいせいだともある。いずれにせよ証拠がわかりやすく出るまで、判断は控えたい」

 実は俺も他の世界の記憶があるし、魔法が使える、なんて事はおくびにも出さない。長いものには巻かれ、危うい橋には近寄らない。中学校で苦労した俺の処世術だ。

「川崎は正しすぎて、面白くないで候。こういう時は、極端な意見の方が面白いのでありんす。実は俺は魔法が使えるんだとか、そんな奴いない全て●違いだとか、いっそ我こそは神だとか言えば面白いのでおじゃーる」

 内海はそう言うが、甘い意見だ。

「下手な事を言うと発言を切り取られて、叩かれる可能性がある。慎重にもなるさ」

「そんな有名人のSNSみたいな事、こんな場所じゃ起こらないだろ」

 確かに普通の、常識的な連中ならそうだろう。しかしアホしかいない中学校とかだと、信じられない事が起こるのだ。

 勉強が出来るというだけで、気取っていると敵扱いする奴もいるのだ。その挙げ句、言ってもいないことを先生にチクられて怒られたりする。

 結果、言葉一つでも用心するに超したことがないと学ぶ訳だ。そんな地獄を知らないのは幸いだと言っておこう。

「そう言えばこの学校にも、何か魔法を研究する部活があるらしいな。掲示板にポスターが貼ってあったぞ」

 小川がそんな事を言う。俺は気づかなかった。まあ掲示板とか見ないしな。

「部活と言うより同好会でおじゃる。正式な学校案内には載っていないので候」

 内海も知っていたようだ。

「よく知っているな、そんな同好会」

「勉強だけでは悲しすぎるので候。課外活動で可愛い彼女でも出来れば、灰色の受験生活も満開の櫻となるでおじゃる。故にアンテナはビンビンに張っているで候」

 おいおい内海。

「目標は大学じゃないのかよ」

「あくまで目標は大学でありんす。でも可愛い彼女が出来たらもっと楽しいので候」

「うーむ、真理だ」

 小川も納得するんじゃない。

「あと川崎はどうなのでござろう?」

「俺は別にいい」

 俺自身は彼女を作るつもりはない。別に変な潔癖感があるわけでは無い。その気になれないだけだ。

「ひょっとして川崎はモーホーでござるか」

「そういう趣味は無い」

「なら既に彼女様がいらっしゃるとか」

「無いな、それも」

 一瞬胸が痛んだ気がした。気のせいだろう。そうなる理由が無いから。

「理解不能なのでおじゃる。思春期で動物なら、生殖本能があって当然なのでおじゃる。仏法僧であっても、摩羅の誘惑を忍のは困難でおじゃる。なので九相図なんて見て己を萎え萎えさせるのでおじゃる。たまにそれで間違って、ネクロフィリアになったりするのでおじゃる」

 おいおい内海、ちょっと待て。

「流石にそれはないだろう」

「確かに言い過ぎたでごわす。死体ではなくモーホーになる方が多いのでありんす」

「それはそれで極端じゃないのか」

「要は穴があったら入れたいので候。手取り腰取り服取って」

 こら内海、そう言いながら腰を振るな。そう思ったらだ。

 バシン!

「内海、品が無い!」

 近くにいた森川さんが、思い切り内海の背中をはたいた。

「殴ったね! 親父にもぶたれたことないのに!」

「ごめんね、三中の恥さらしがこんな事して」

「いや、お気になさらず」

 何だかな。

「森川さんは内海と同じ中学だっけ」

 小川の言葉に森川さんは頷く。

「小学校から一緒よ。私と、あと陽子、西場さんと」

 なるほどな。

「ところで何の話をしていたの?」

「いや、魔法や他の世界の記憶があるという話。ネットのニュースなんかでも見るけれど、本当なのかなってさ」

 俺が使えるとは勿論言わない。

「あああれね。そのうち本当かどうか、わかるんじゃない?」

「興味がない感じだな」

「今は何も言える段階じゃないもの。身近にそういう人がいるわけでもなし、明らかな証拠を見た訳でもなし。新聞やテレビのニュースも、何処まで本当かわからないしね。信用できる情報源が流した一次情報を辿れる状態でないと、判断できないかな」

 なるほど、森川さんは現実的だ。正しい事この上ない。

「森川は頭が固いのでおじゃる。何事も楽しければそれでいいので候」

「煩いこの楽天家」

「楽天ショッピングは、宣伝文字が多すぎて見にくいでおじゃる」

「通販じゃない!」

「どてらに似ているが短くて前に紐が無い」

「それは半纏!」

「弥勒菩薩が修行中の……」

「兜率天!」

「夏の風物詩でにゅっと押し出す海藻が原料の」

「ところ天!」

 なんてやっていたらチャイムが鳴り始めた。

 森川さんがダッシュで席に戻り、同時に現国の先生が入ってくる。

「起立!」

 日直がかける号令に従って立ちつつ思う。こういう処まで一緒に来れる幼なじみか。ああいう関係もいいよなと。

 そう思った時、ふと何か引っかかった。

 いや待て、引っかかるような事はない筈だ。俺は基本的に小学校時代5年頃からぼっちで通してきたから。

 そう思い直しつつ号令ドアに礼、着席。とりあえずまずは出席とりに集中しよう。

 この学校は、ホームルームとかは一切無い。授業始まりまでに間に合えばOKだ。滑り込みで入ってくる生徒も多い。

 先生も慣れたもので、一限はどの先生も、必ず出席を二回取る。一回目に呼んでも返事が無かった生徒を、一度出席を取った後もう一度呼ぶのだ。

 この時に返事が出来ればセーフ、出来なければ遅刻。自由かつ合理的でよろしい。

 これで成り立つというのは、馬鹿がいない進学校だからだろう。

「川崎」

「はい」

 出席を取る時にちゃんと返事をして、それから教科書を開きながら俺は思う。

 さっきひっかかった何かについては放っておこう。それより掲示板に貼ってあった魔法の課外活動。そっちにもちょっと興味がある。

 俺は一応魔法を使える。しかし他に魔法を使える人に会った事は無い。

 ネットの掲示板では何人もいるようだし、ニュースでもいるとは聞いている。でも直接出会った事は一度も無いのだ。

 まあ俺の知っている人の範囲なんて狭いから、仕方ない。でもだからこそ、その課外活動の連中がどんなものか知りたい。

 放課後のぞいてみるか。クラスの連中には見つからないようにして。

 しかしその前にまずは授業だ。俺は教科書を開いて街頭のページに目をやる。

 いかにも真面目に授業をうけていますという風に。

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