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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第3章 変化する世界

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第19話 再会

 ほぼ十時ちょうどに喫茶室へ入る。

「川崎、こっちこっち」

 須崎さんが、窓際の席から手を振っている。塩津さんも一緒だ。

 というか、だいたいこの二人は一緒だな。女子ってそういうものなのだろうか。

 とりあえずカウンターでアイスティだけ注文して、二人のところへ。

「どうだった? 今朝のアレは?」

「二度寝していたら、いきなり緊急放送が入って驚いたな。でもそっちの寮の方が近かっただろ。部屋とか大丈夫だったか?」

「女子寮もだいたい大丈夫だったんじゃないかなあ、多分。私の部屋も、ガラスは大丈夫だったから」

 そう言えばメッセージにも書いていたな。

「塩津さんの部屋って、怪物の目の前だったって書いていたな」

 うんうんうん、そんな感じで塩津さんは頷く。

「そうなの。怖かったよー。あと川崎、本当にありがとう。窓は割れなかったけれど、ベッドを窓から離して置いたし、カーテンも閉めておいたから少し安心できた」

「そうそう。私の部屋も彩に聞いてそうしておいたんだけれどね。でも怖かったな」

 なるほど。確かに俺の部屋より近かっただろうしな。

 さて、それで何の用で、俺を呼び出したのだろう。でもそれをいきなり聞くのは、何かぶっきらぼうな感じだ。どうしよう、そう思った時。

「そうそう、川崎。ほんと色々ありがとう。研究会も出来たし今回の事もあるし、教室でもガラス片からかばってもらったし。ちゃんとお礼を言わなかったなと思って」

 ああ、これが用件だったんだなと気づく。でもお礼を言われる程の事は無い。

「教室の時は自分のついでだったしさ。研究会は俺も作ろうと思っていたから、ちょうどよかった。今朝の件も、単に聞いたのを回しただけだしさ」

「そうそう、実は私、それも聞きたかったの。教室の時も何か直前にスマホで何か見て、それで怪物に気づいた感じじゃない。それって誰か、そういうのがわかる知り合いがいるの? ひょっとして前に話していた先輩?」

 まずい。確かに先輩から聞いたのだけれど、それを知られない方がいいだろう。

「その辺は秘密かな。本人がおおやけにしたがらないようだし」

「そっか。出来れば紹介して貰おうと思ったんだけれどな」

 ほっと一息ついた処だった。

「おっと孝昭、朝からデートか」

 いきなり背後から、そんな声をかけられる。

 そんな事を此処で俺に言いそうな奴は二人、うち孝昭と呼ぶのは一人だけだ。

「単に話す場所が此処くらいしかないだけですよ、茜先輩」

 面倒な事になったなと思う間もなく、先輩は俺達の隣へとお盆を置く。

 これ先輩、絶対わざとだろう。しかも近づいた理由なんて、きっと無い。単に面白そうだからと言うだけだ、きっと。

「川崎、先輩紹介してくれない?」

 ほら面倒な事になった。仕方ないなと思ったらだ。

「どうも始めまして。私は五年の二宮茜だ。孝昭と同じ栃葉城にある県立栃金崎高校から来た」

「はじめまして。川崎君と同じクラスの須崎知佳です」

「同じく塩津彩です。宜しくお願いします」

 自動的に紹介が終わってしまった。なんだかな。

「それで二宮先輩は川崎君を名前で呼んでいますけれど。どんな知り合いなんですか?」

 どんな知り合いとは、どういう意味なのだろう。

「茜でいい。孝昭もそう呼ぶからな。孝昭とは単に前の学校で同じ研究会にいた。三ヶ月少々の間だけだがな。それだけだ。あと孝昭、緑から伝言だ。今朝のでかなり近づきそうだ。気をつけろとの事だ」

 近づきそうだって……ああ、二つの世界がという事か。

 それにしても茜先輩。その伝言をここで言うか!

「緑さんってどなたですか?」

「さっき言った、前の研究会のもう一人さ。三人しかいない研究会で、三人ともここへ来た。まあ研究会と言っても、ここへ来るための勉強会だけれどさ、実際は」

「でもここの事って、合格発表まで一切情報が無かったですよね」

「緑の魔法は予知でさ。全国テストで選抜する事が、事前にわかっていた訳だ」

「凄い。それで三人ともここへ来た訳ですか」

「そういう事だ」

「ならひょっとして、今朝の気をつけろって教えてくれたのも」

「ああ、それは緑が予知したと聞いて私が流した」

 いいのだろうか、その辺ばらして。そう思いつつ、俺は他人事のように聞いている。

「ところで今日は、孝昭とここで朝食かな?」

「ええ。研究会を作るの手伝ってもらったり、この前の怪物騒ぎの時に庇ってもらったりしたので」

「おっと、孝昭も隅におけないじゃないか」

 おい待て茜先輩。その辺の状況は、既にこの前話して把握済みだろう。そう思った時だ。

「あ、お兄!」

 何か聞き覚えのある声がした気がした。どこで聞いたかなと脳の一割程度で考えつつ、目の前の先輩とクラスメイトの、面倒な事になりそうな会話を聞いていた時だ。

「お兄、此処にいたんだ」

 先程の声がすぐ近くでした。そっちを見ると……

「遙香……」

 俺の知っている遙香は、小学四年生まで。それでも見てすぐにわかった。向こうの世界の俺の記憶で知っているから。

 所々にあの当時の面影がある。でもかなり女の子らしくなったし、綺麗になった。

 考えてみれば今は遙香も十五歳の筈なのだ。生きていれば。

 涙が出てきそうになるのを、必死に堪える。

「お兄、どうかしたの?」

 ふと気づく。確かにじっと見ていれば変だ。

「いや、何でも無い」

「遙香ちゃん、どうしたの?」

 ちょっと待った塩津さん。お前が遙香の事を知っている訳は無いだろう。そう思って俺は気づいた。

 緑先輩の伝言通り、世界が近づいたのだと。まさにたった今、この瞬間に。

「来週から試験だから、お兄に勉強を教わろうと思ったんです。でも全然連絡つかなくて。仕方ないから遅めの朝食を食べようと思って来てみたら……」

「ここにいた、って訳か」

 須崎さんも、記憶が変わっているようだ。

「それじゃ孝昭は、遙香に返してやるとしようか」

 茜先輩もだ。いつの間にか、茜先輩も遙香と知り合いという事になっている。

 接点としては、研究会くらいしかない。でもさっきまで、塩津さん達は茜先輩の事を知らなかったはずだ。

 つまり今、まさに遙香が声をかけてきた前後に世界が変わった訳か。

 でも何故俺の記憶だけは、前のままなのだろうか。それとも俺の記憶も、他の部分が書き換わっているのだろうか。何かその辺の違いに条件があるのだろうか。

「それじゃお兄、ラウンジへ行くよ」

 俺は飲みかけのアイスティを片手に、遙香に引っ張られる。

 俺をつかむ手が温かい。間違いなくこの遙香は生きている。それはわかるのだけれど、一体どうなっているのだろう。

 ラウンジへ向かって歩いて行く。その経路は以前、つまり二十一世紀日本で作られた学校と変わらないように見える。

 真新しい、それでいて各所がネジ留めだったりするところまで。

「どうしたの、お兄」

「いや、校舎はやっぱりプレハブ建築なんだな」

 言った後しまったと思う。向こうの世界にいた遙香にはわからない内容だよな、これは。

「そんなの当たり前じゃない。ここは仮設校舎なんだし」

 言われてみると確かに、向こうの世界の俺にはそんな記憶があった。元々の校舎が老朽化して、六月後半からこの仮設校舎へ移転したと。

 そうやって世界は帳尻をあわせているようだ。

 階段をのぼり厚生棟三階へ。ここが通称ラウンジと呼ばれる場所だ。要は椅子とテーブルが大量にある空間。

 たまに大人数の授業で使う時以外は解放されている。

 結構空いているので自由に陣取れる。そんな訳で見晴らしのいい南側窓際の席へ。

 俺は下から持ってきたアイスティの紙コップを、遙香はやはり下から持ってきたアイスティとチーズアップルパイ、あとディパックからタブレットパソコンとノート、筆記用具を出す。

「それじゃ早速お願いするね。まずは魔法基礎から」

 そんな授業を受けた覚えは、俺には無い。しかし遙香のタブレットパソコンに表示された教科書の内容には、見覚えがある。

 これはつまり、向こうの世界の俺の記憶だろう。試験にかつて出た場所も、出そうな重要箇所もわかる。これなら教えられるな。

「まずこの範囲なんだけれど、何処をおぼえればいいのかな」

「ここの基本は魔法属性の相性だ。この場合、風属性と……」

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