第19話 再会
ほぼ十時ちょうどに喫茶室へ入る。
「川崎、こっちこっち」
須崎さんが、窓際の席から手を振っている。塩津さんも一緒だ。
というか、だいたいこの二人は一緒だな。女子ってそういうものなのだろうか。
とりあえずカウンターでアイスティだけ注文して、二人のところへ。
「どうだった? 今朝のアレは?」
「二度寝していたら、いきなり緊急放送が入って驚いたな。でもそっちの寮の方が近かっただろ。部屋とか大丈夫だったか?」
「女子寮もだいたい大丈夫だったんじゃないかなあ、多分。私の部屋も、ガラスは大丈夫だったから」
そう言えばメッセージにも書いていたな。
「塩津さんの部屋って、怪物の目の前だったって書いていたな」
うんうんうん、そんな感じで塩津さんは頷く。
「そうなの。怖かったよー。あと川崎、本当にありがとう。窓は割れなかったけれど、ベッドを窓から離して置いたし、カーテンも閉めておいたから少し安心できた」
「そうそう。私の部屋も彩に聞いてそうしておいたんだけれどね。でも怖かったな」
なるほど。確かに俺の部屋より近かっただろうしな。
さて、それで何の用で、俺を呼び出したのだろう。でもそれをいきなり聞くのは、何かぶっきらぼうな感じだ。どうしよう、そう思った時。
「そうそう、川崎。ほんと色々ありがとう。研究会も出来たし今回の事もあるし、教室でもガラス片からかばってもらったし。ちゃんとお礼を言わなかったなと思って」
ああ、これが用件だったんだなと気づく。でもお礼を言われる程の事は無い。
「教室の時は自分のついでだったしさ。研究会は俺も作ろうと思っていたから、ちょうどよかった。今朝の件も、単に聞いたのを回しただけだしさ」
「そうそう、実は私、それも聞きたかったの。教室の時も何か直前にスマホで何か見て、それで怪物に気づいた感じじゃない。それって誰か、そういうのがわかる知り合いがいるの? ひょっとして前に話していた先輩?」
まずい。確かに先輩から聞いたのだけれど、それを知られない方がいいだろう。
「その辺は秘密かな。本人がおおやけにしたがらないようだし」
「そっか。出来れば紹介して貰おうと思ったんだけれどな」
ほっと一息ついた処だった。
「おっと孝昭、朝からデートか」
いきなり背後から、そんな声をかけられる。
そんな事を此処で俺に言いそうな奴は二人、うち孝昭と呼ぶのは一人だけだ。
「単に話す場所が此処くらいしかないだけですよ、茜先輩」
面倒な事になったなと思う間もなく、先輩は俺達の隣へとお盆を置く。
これ先輩、絶対わざとだろう。しかも近づいた理由なんて、きっと無い。単に面白そうだからと言うだけだ、きっと。
「川崎、先輩紹介してくれない?」
ほら面倒な事になった。仕方ないなと思ったらだ。
「どうも始めまして。私は五年の二宮茜だ。孝昭と同じ栃葉城にある県立栃金崎高校から来た」
「はじめまして。川崎君と同じクラスの須崎知佳です」
「同じく塩津彩です。宜しくお願いします」
自動的に紹介が終わってしまった。なんだかな。
「それで二宮先輩は川崎君を名前で呼んでいますけれど。どんな知り合いなんですか?」
どんな知り合いとは、どういう意味なのだろう。
「茜でいい。孝昭もそう呼ぶからな。孝昭とは単に前の学校で同じ研究会にいた。三ヶ月少々の間だけだがな。それだけだ。あと孝昭、緑から伝言だ。今朝のでかなり近づきそうだ。気をつけろとの事だ」
近づきそうだって……ああ、二つの世界がという事か。
それにしても茜先輩。その伝言をここで言うか!
「緑さんってどなたですか?」
「さっき言った、前の研究会のもう一人さ。三人しかいない研究会で、三人ともここへ来た。まあ研究会と言っても、ここへ来るための勉強会だけれどさ、実際は」
「でもここの事って、合格発表まで一切情報が無かったですよね」
「緑の魔法は予知でさ。全国テストで選抜する事が、事前にわかっていた訳だ」
「凄い。それで三人ともここへ来た訳ですか」
「そういう事だ」
「ならひょっとして、今朝の気をつけろって教えてくれたのも」
「ああ、それは緑が予知したと聞いて私が流した」
いいのだろうか、その辺ばらして。そう思いつつ、俺は他人事のように聞いている。
「ところで今日は、孝昭とここで朝食かな?」
「ええ。研究会を作るの手伝ってもらったり、この前の怪物騒ぎの時に庇ってもらったりしたので」
「おっと、孝昭も隅におけないじゃないか」
おい待て茜先輩。その辺の状況は、既にこの前話して把握済みだろう。そう思った時だ。
「あ、お兄!」
何か聞き覚えのある声がした気がした。どこで聞いたかなと脳の一割程度で考えつつ、目の前の先輩とクラスメイトの、面倒な事になりそうな会話を聞いていた時だ。
「お兄、此処にいたんだ」
先程の声がすぐ近くでした。そっちを見ると……
「遙香……」
俺の知っている遙香は、小学四年生まで。それでも見てすぐにわかった。向こうの世界の俺の記憶で知っているから。
所々にあの当時の面影がある。でもかなり女の子らしくなったし、綺麗になった。
考えてみれば今は遙香も十五歳の筈なのだ。生きていれば。
涙が出てきそうになるのを、必死に堪える。
「お兄、どうかしたの?」
ふと気づく。確かにじっと見ていれば変だ。
「いや、何でも無い」
「遙香ちゃん、どうしたの?」
ちょっと待った塩津さん。お前が遙香の事を知っている訳は無いだろう。そう思って俺は気づいた。
緑先輩の伝言通り、世界が近づいたのだと。まさにたった今、この瞬間に。
「来週から試験だから、お兄に勉強を教わろうと思ったんです。でも全然連絡つかなくて。仕方ないから遅めの朝食を食べようと思って来てみたら……」
「ここにいた、って訳か」
須崎さんも、記憶が変わっているようだ。
「それじゃ孝昭は、遙香に返してやるとしようか」
茜先輩もだ。いつの間にか、茜先輩も遙香と知り合いという事になっている。
接点としては、研究会くらいしかない。でもさっきまで、塩津さん達は茜先輩の事を知らなかったはずだ。
つまり今、まさに遙香が声をかけてきた前後に世界が変わった訳か。
でも何故俺の記憶だけは、前のままなのだろうか。それとも俺の記憶も、他の部分が書き換わっているのだろうか。何かその辺の違いに条件があるのだろうか。
「それじゃお兄、ラウンジへ行くよ」
俺は飲みかけのアイスティを片手に、遙香に引っ張られる。
俺をつかむ手が温かい。間違いなくこの遙香は生きている。それはわかるのだけれど、一体どうなっているのだろう。
ラウンジへ向かって歩いて行く。その経路は以前、つまり二十一世紀日本で作られた学校と変わらないように見える。
真新しい、それでいて各所がネジ留めだったりするところまで。
「どうしたの、お兄」
「いや、校舎はやっぱりプレハブ建築なんだな」
言った後しまったと思う。向こうの世界にいた遙香にはわからない内容だよな、これは。
「そんなの当たり前じゃない。ここは仮設校舎なんだし」
言われてみると確かに、向こうの世界の俺にはそんな記憶があった。元々の校舎が老朽化して、六月後半からこの仮設校舎へ移転したと。
そうやって世界は帳尻をあわせているようだ。
階段をのぼり厚生棟三階へ。ここが通称ラウンジと呼ばれる場所だ。要は椅子とテーブルが大量にある空間。
たまに大人数の授業で使う時以外は解放されている。
結構空いているので自由に陣取れる。そんな訳で見晴らしのいい南側窓際の席へ。
俺は下から持ってきたアイスティの紙コップを、遙香はやはり下から持ってきたアイスティとチーズアップルパイ、あとディパックからタブレットパソコンとノート、筆記用具を出す。
「それじゃ早速お願いするね。まずは魔法基礎から」
そんな授業を受けた覚えは、俺には無い。しかし遙香のタブレットパソコンに表示された教科書の内容には、見覚えがある。
これはつまり、向こうの世界の俺の記憶だろう。試験にかつて出た場所も、出そうな重要箇所もわかる。これなら教えられるな。
「まずこの範囲なんだけれど、何処をおぼえればいいのかな」
「ここの基本は魔法属性の相性だ。この場合、風属性と……」




