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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第2章 異変

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第15話 清水谷教官

 研究棟に入り、緑先輩の部屋の前を通って、更に奥へ。第二研究室は、行き止まりのふたつ手前の部屋だ。

 ノックして扉を開ける。

 清水谷教官はすぐわかった。眼鏡に長い茶色の髪の、二十代後半くらいの若い女性。会った事は無いけれど、もう一人の俺の記憶がおぼえている。

 厳密にはおぼえているのはこっちの清水谷教官ではなく、向こうの世界の清水谷教官。それでも問題はない。

「清水谷教官、失礼します」

 さて交渉、そう思った時だった。

「魔法研究会の件か?」

 向こうから先に切り出してくれた。言い出しを考えるまでも無かったようだ。

「ええ。教官に顧問をお願いしに参りました。向こうの学校と同じように」

「つまり向こうの世界と同じ研究会を、こちらにも作りたい、そういう事だな」

「ええ」

 完全に俺の意図がバレているようだ。

「いいだろう。私の研究にもちょうどいい。ところで人数は何人集まっている?」

 仕方ない。

「すみません。この場にいるのは、まだ四年生三名だけです。あと一人、入ると希望している生徒がいますが」

「上出来だ。どうせ他にも希望者が来ると思っているんだろう」

 完全に読まれている感じだ。でもかまわないし、都合がいい。

「ええ」

「それで部屋も向こうと同じ、第二魔法実験室と隣の測定室でいいのか」

「それでお願いします」

「役員とかはどうする」

「その辺は集まってからでいいでしょう」

「そうだな」

 清水谷教官はそう言うと、ノートパソコンを閉じて立ち上がった。

「千種教官、もし後で私宛に同じような生徒が来たら、第二魔法実験室へ行くよう指示してください」

「わかりました」

「なら一緒に行こう」

 話が早い、早すぎる。何かがひっかかる。

 清水谷教官は、この展開を予期していたのだろうか。それとも何か他に目論見があるのだろうか。

 第二魔法実験室は、この第二研究室の隣の隣。教官は胸につけた認証カードで、鍵を開け扉を開く。

「それにしても随分早かったな。確かに来るだろうとは予想していたし、来て欲しいとも思っていた。でもまさか、最初のアンケート翌日に来るとは思わなかった」

「ちょうど授業が休みになりましたから。それに同じクラスの二人が魔法研究会を作りたいというので、便乗させてもらいました」

 この辺は正直に言う。

「まあお互いの目的は中で話そう、自己紹介も兼ねてな」

 大丈夫かな。この急な展開に塩津さんと須崎さんは引いていないだろうか。

 横目で見る限りでは、どうも大丈夫そうだ。なんて思いつつ俺も部屋の中へ。

「取り敢えず座ってくれ。軽く自己紹介といこうじゃないか」

 教官がそう言うので、俺達は手前にある六人掛けのテーブルにつく。

「さて、魔法実践・訓練・研究会へようこそ。とは言っても、まだ発足すらしていないけれどな。さて、私は五年の副担任で清水谷静枝という。元々は計算物理屋で、ポスドクでくすぶっていたところ、ここの募集を知って飛びついた。今は魔法を理論化した後、計算機を駆使して理論を実証するなんて研究をやっている。ただ私自身は、エネルギー計測可能な魔法を使う事が出来ない。これは情報量的には記述可能かもしれないが、測定する術がないという意味だ。私の魔法は知識という形でしか発動しないから」

 つまり今は、知識という形で発現する魔法は測定不可能ということのようだ。なら物理的変化を計測して、魔法の威力を測定しているのだろうか。

 どうせどこかで説明があるだろう。そう思いつつ、清水谷教官の話を聞き続ける。

「今の仕事上の不満は、魔法を測定するサンプルの少なさと演算用の計算機のトロさだ。一昔前の富岳と同じアーキテクチャのFX700がメインじゃ、トロくてかなわん。せめて次世代の敷島クラスとまでは行かないが、百エクサフロップス程度のマシンは寄越して欲しい。まあ実際は、予算的にも無理だろうというのはわかっている。何せここを作るだけでも、相当な予算が吹っ飛んでいるからな。なお私の年齢は不詳で配偶者もその予定も無し。趣味は仕事。以上だ」

 相当にぶっちゃけた自己紹介が来た。清水谷教官って、こんな人だっただろうか。記憶とは微妙に違う気がする。

 でも仕方ない。俺も自己紹介するとしよう。

「それじゃ俺。川崎孝昭、四年生。出身は栃葉城県。不得意科目は英語と古文、得意科目は数学と物理と地理。こんなところでいいですか」

「ほう、栃葉城出身か。ひょっとして久間や二宮と同じ学校か?」

 清水谷教官が俺の方を見る。緑先輩は自分用の研究室を確保しているけれど、茜先輩も同じように何かやらかしたのだろうか。

 わからないけれど、ここで誤魔化して後でバレることを考えると、否定しない方がいい。

「そうです」

「なるほどな。それじゃ次」

 教官はにやりと笑った。

「塩津彩です。四年生で出身は東京。得意科目は英語と古文で苦手なのは数学です。よろしくお願いします」

「OK、じゃ次」

「須崎知佳、四年生です。出身は千葉県、得意科目は英語で苦手なのは地理です。よろしくお願いします」

「OK、わかった」

 教官は頷く。

「それでまずは質問だ。この魔法実践・訓練・研究会で何をしたい? もしくは何を求めている? 私はより多くの魔法発動のサンプルを取って、理論にする事が目的だ。ただその測定を通じて、魔法の威力の向上等についてのアドバイスは出来ると思う。そういう意味ではWIN=WINな関係でやっていける筈だ。さて、川崎は何か別の目的がありそうだから最後にしよう。まずは塩津から、今現在使える魔法とこの研究会でどうしたいか、率直なところを教えてくれ」

「私が今使えるのは風を起こす魔法と、火を付ける魔法です。まずはこれらの魔法の他に、どんな魔法を自分で使えるか、使えるならどれくらいまで使えるのかを調べたいです」

「なるほど。取り敢えず威力を調べるのは、隣の測定室で出来る筈だ。もしその気なら、この後すぐにやってみよう。さて、次は須崎」

「私はやはり火を付ける魔法です。他に火を操る魔法も使えるようですけれど、試す場所が無くて。やりたい事は塩津さんと同じで、他にどんな魔法を使えるか、限界はどれくらいか、もっと多くの魔法を覚えられるか試したいです」

「わかった。これも隣の測定室案件だな」

 教官は頷いて、そして俺の方を見る。

「さて川崎。お前はきっと今の二人のような普通の理由では無いだろう。わざわざ向こうと同じ研究会を作ろうと思った理由は何だ。それを含めて話して貰おう」

 正直に話をしようか一瞬迷う。しかし従姉妹とは言え、女の子目当てというのは誤解されそうだ。いや、誤解ではないかもしれないところが微妙と言うべきか。

 ならここは、あくまで表向きの理由で通すべきだろうと判断する。

「俺は炎を出す、水を少量出す、見た物の温度を変化させる魔法を使えます。この研究会の話を教官に持ち込んだのは、その方が確実に魔法の研究会を立ち上げられると思ったからです」

「持ち魔法の方はその通りのようだな。だが理由はギルティと、私の魔法は判断している。でもいいだろう。どうせ正直に話すとは思っていない」

「どういう事ですか」

 須崎さんの問いに、教官は誰かと似た悪そうな笑みを浮かべる。

「川崎の先輩二人は、私のクラスにいる。どちらも一筋縄ではいかない奴だ。片方は私以上に知識や予知に特化した魔法使い。それでも魔法を、あえて全力で使っていないように見える。そして片方は君達と同じような魔法使いだ。しかし能力が多分、とんでもない。でも明らかに魔法の能力を隠している。

 ちなみに勘というのは、私の魔法だ。私は直感という形で物事を判断する魔法を持っている。ただ勘程度でしかわからないのが欠点だ。その辺は川崎の先輩の片方に、色々ご教授願いたいとも思っている。しかし彼女は無口で、最小限の事しか教えてくれないのが現状だ。その後輩の川崎もやはり一筋縄ではいかないらしい。でもまあ、日本やこの学校、私達に対する敵意とか、そういうものではない事も勘でわかる。だから協力し合えれば文句はいわない。とりあえずはそういうスタンスで行こうと思うんだが。川崎はそれでいいか?」

 なるほど。厳しいなと一瞬思って、そして次の瞬間気づいた。

 教官自身の魔法については、俺に話す必要が無かった筈だ。先輩達に対する考え等も、あえて言わなくても済んだ筈だ。そこまで教えてくれるという事は、つまりは……

「なかなか教官、フェアですね。そこまで話してくれるなんて」

 教官は頷く。

「その方がお互い楽だ。さて、それでは早速だが、お互いの希望と実利の為、能力測定と行こう。隣の測定室の機械は、現在の日本で此処だけにしかない魔法のエネルギーを測定する装置だ。私が設計したんだけれどな」

 教官が立ち上がって、歩き始めた。俺達も慌ててその後に続く。

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