第13話 緑先輩の状況整理
「もう一度孝昭が何を見たか、何が起きたか整理する。返事をする必要は無い。あくまで孝昭が自分で考えて判断する。私とカードは、ただ手伝うだけ」
緑先輩は整理と言うけれど、どう見てもこれは占いの方法だよな。そう思いながら俺は先輩の手先を見る。
最初に先輩は左側のカードを開く。向かい合った男女が、それぞれ金色の上下対称な何かを持っていて、その上に顔だけのライオンに翼がついたものがいるという絵柄だ。
「まず最初はカップの二。孝昭は見た対象に好意を持っていた。あるいは好きだった。恋人的なものでも友人的なものでも家族的なものでもいい。とにかく好意を持っていた」
その通りだ。遙香は俺の従姉妹。当時、近くに住んでいた事もあって、小さい頃から二人でよく遊んだりしていた。普通の兄妹よりも仲は良かったと思う。
次に先輩は右側のカードを開く。空に虹が出ていて、その虹に横たわるように先程の金色の何かが十本並んでいる絵柄だ。
「カップの十。その相手も孝昭に好意を持っていた」
その通りだ。遙香も俺になついていた。家に帰っても一緒だったくらいだ。うちは父母共働きだったので、俺も親が帰るまでは遙香の家にいる事が多かったし。
先輩は手前側のカードを開いた。これは今までのカードと違って有名なカードだ。馬にまたがった騎士、ただしその騎士の顔は骸骨。
タロットカードの死神のカード。それが上下逆の形で出ている。
「大アルカナの十三、死神。別れた原因は死別」
交通事故だ。学校から帰る途中だったそうだ。歩道がない通学路の端を歩いているところに、猛スピードの車が曲がりきれずに遙香がいた場所へ突っ込んできたらしい。
それでも遙香は、即死ではなかったそうだ。救急車がもう少し早く病院につけば、間に合ったかもしれない。
しかし遙香を跳ね飛ばした車は、救急車を呼ばずその場から逃走した。
それでも人通りのある道だから、目撃者はいた筈だ。でも実際に一一九番通報されたのは、暴走車がその先の先で交通事故を起こした後だったらしい。
更にその時、救急でも無い用件で呼びつけた馬鹿のせいで、救急車は出払っていた。
おまけに大通りで、時代遅れの珍走団だの車カスだのが騒いでいたせいで、他から回された救急車も遅れた。更にスマホで事故を撮っていた野次馬のせいで、近づくのが更に遅れたらしい。
普通に早く救急車が来ていれば、遙香は何とかなったかもしれないのに。
そう、更に思い出した。遙香の死を伝えられた翌日、俺は倒れたんだった。確か頭痛と高熱と何とかでだけれど、その辺はよくおぼえていない。
一週間後、頭痛も高熱も治った俺は、代わりに記憶を無くしていた。直近一ヶ月くらいの記憶と、そして遙香の記憶を。
それでもきっと、実際は遙香が死んだ事を忘れていなかった。地元の馬鹿と変な空気のせいで遙香が死んだ事を知っていた。
だから俺は地元が嫌いになったのだろう。遙香を殺したあの地元を。
残った向こう側のカードを先輩はめくる。赤いハートに三本の剣が刺さった絵柄、それが上下逆に出ていた。
今度はどんな質問が来るだろう。そう思ったのだけれども。
「状況整理は終わり」
緑先輩はそう言って、ふっと息をついた。
「これで終わりですか」
「充分。孝昭も気持ちが整理出来た筈」
言われてみれば、確かにそうだ。
先輩の質問のおかげで、遙香の事を完全に思い出す事が出来た。地元に対する憎しみの理由も。あの地元の田舎ヤンキー的世界が、遙香を殺したからだ。思い出しても憎しみは消えない。
それでも全てを思い出せて良かったと思う。忘れたままでいると悲しすぎるから。遙香が可哀想すぎるから。
「ありがとうございました」
先輩は首を横にふる。
「孝昭の為だけではない。私も先が少し見えるようになった」
どういう意味だろう。
「何か見えるんですか」
「色々な可能性が見える。この場が安定しない今は、特に」
そう言えば、茜先輩が言っていた。緑先輩が魔力不足で部屋に籠もっていると。
「今朝の事件で、二つの世界は少し近づいた。だがまだ充分ではない。だからまだ事件は起きる。でも悪い事ばかりじゃない」
「どういう意味ですか?」
緑先輩は少し考えるように目を閉じて、そして口を開く。
「孝昭が見た人物は、夢や願望の投影ではない。こちらの世界にはもういないけれど、もうひとつの世界では生きている人。しかし今は接近したとは言え、二つの世界の間はまだ離れている。だから希に見る事が出来る程度。でももっと近づけば、実際に会う事も話をする事も出来る」
そうか、俺が見たのは、もうひとつの世界にいる遙香なのか。向こうでは遙香は生きていて、そしてこの学校にいる訳か。
でも……
「なら俺の知っている遙香とは、別人なんですね」
緑先輩は頷く。
「然り。でも会って話す事に意味はある。いずれその時が来る。今は気にせず待っていればいい」
なるほど。おかげで大分心が落ち着いた。
「緑先輩、ありがとうございました」
俺は立って頭を下げ、そして思い出す。
「そう言えば緑先輩は大丈夫ですか。茜先輩に魔力切れと聞いたのですが」
緑先輩は小さく頷く。
「今は問題無い」
良かった。
「最初は魔力切れで、頭痛が酷かった。仕方なく副担任に事情を話し、魔法の研究者に力を絞る方法を教わった。魔法を制限できるこの部屋も貰った。おかげで魔力切れの心配は無くなった。ただ私の魔法が知られてしまい、随時レポート提出の義務がついてしまった」
「大丈夫なんですか?」
茜先輩は、実力がバレないようにした方が安全とか言っていたよな。
しかし緑先輩は頷く。
「レポートもせいぜい一回十分程度。それに私の魔法は、知られても危険は無い」
予知の魔法が使える先輩がそう言うのなら、おそらく大丈夫なのだろう。少なくとも俺が心配する必要は無い。




