第11話 最初の襲来
七月二日火曜日、研究協力の時間が始まる前の教室。
昨日の食堂での尋問は、今朝も周りを巻き込んで続いている。どうやら一時間かけて解決したと思ったのは幻想だったようだ。
「何だよ。そんな綺麗な先輩がいるなら、紹介してくれてもいいだろう」
「同意だ」
有明と北村までそんな事を言いだす始末だ。
「久しぶりに会ったから話をしたというだけだ」
だいたい女子なら、このクラスだって二十七人が女子だ。男子は六人しかいないのに。
なんて思った時にスマホが振動する。何だろう。
「おっ、麗しの先輩からか?」
見てみると確かに茜先輩からだ。ただ文面が妙だ。
『何かあったら窓際から離れろ。机も有効に使え』
何だこれは。緑先輩が何か予知したのだろうか。
「どうした、放課後の密会か?」
のぞき込もうとする有明に、画面を見せる。
「何かあったら窓際から離れろだとさ」
「どれどれほんとうかな」
須崎さんや塩津さんまで、画面をのぞき込む。
確かにこの席は窓際だ。数少ない男子が一列に並んでいる。列から一人あぶれた有明は、窓際から二番目の列。俺の横の席だ。
「どういう事だろうね?」
「俺もわからん」
「まさか外から怪獣が襲ってくるとかはないだろう」
窓の外は林と梅雨の空。特に変わったところは無いように見え……えっ。
「何だあれは」
俺より有明の方が、気付くのが早かった。谷側から駐車場方向へ、ワンボックスカー位の褐色の何かが動いてきている。
「ファンタジーな生き物だね。地竜かな」
塩津さんも気付いたようだ。
もっとよく見てみようと思った瞬間、茜先輩のメッセージを思い出した。
「逃げるぞ」
「えっ、折角珍しいものなのに」
「何かいるの?」
教室内の他の連中が気付いたらしい。窓際に寄ってこようとした時だ。
『緊急放送です。生徒は道路側の窓から教室内廊下側へ移動し、机の下等に隠れて下さい。繰り返します。生徒は道路側の窓から教室内廊下側へ移動し、机の下等に隠れて下さい』
放送の直後。
ズドドドドドン! 明らかに銃声、それもかなり大物の音が窓を震わす。
とっさに窓の方を見ると、塩津さんが地竜と呼んだ奴がこっちを向いた。
やばい。逃げるのは間に合わない。とっさに机を持ち上げ斜めにして、俺とすぐ横にいた塩津さんをカバーする。
次の瞬間、強烈な衝撃が襲ってきた。窓ガラスが割れ、更に熱い風が吹き抜ける。
ズドドドドドン! ズドドドドドン! ドドーン! 窓の外では銃声と爆発音。
衝撃の第二波に備え、持っていた机の下に隠れる。しかし次の攻撃は来なかった。
『一斉放送です。生徒は教室で待機してください。教員が急行します。繰り返します。生徒は教室で待機してください。教員が急行します。なお怪我等については教員が急行した後、教員の指示に従ってください。怪我等については教員が急行した後、教員の指示に従ってください』
銃声は聞こえない。
「大丈夫?」
そう言おうとして、思った以上に塩津さんの顔が近くにあったのに気付いた。慌てて逃げつつ確認したところ、怪我は無さそうだ。
教室内を確認。最前列の田中がハンカチで顔を押さえていて、少し出血している。あとは前の方の女子が二人、怪我をしているようだ。
そう言えば俺の腕にもガラスが当たった感触があった。見てみるけれど、どうにもなっていない。
そう言えばこの服、軍服と同じ規格らしい。それが今回は役に立ったようだ。普通の服ならガラスで切れていてもおかしくない。
「大丈夫か」
担任が入って来た。さっと教室内を見回して口を開く。
「重症者はいないな。ガラスで切った程度の怪我については心配いらない。治療魔法を使える魔法使いが順次回ってくる。跡を残さず治るそうなので安心してくれ。あと本日はこれ以降休校だ。学校の再開についてはネット上で掲示する。自室のパソコンやタブレットで随時確認してくれ。また今ので備品のタブレットパソコンが壊れた奴は後に交換する。現物交換だから今は壊れたのを持って帰ってくれ。手順は後にネットで流す。それじゃ怪我が無い奴はこれで解散だ。ただ寮の自室には、必ず一度は帰ってくれ。寮の部屋の被害状況調査がある。学内ネットで回答してくれ」
「さっきのメッセージ、当たっていたね」
塩津さんがぽつりと言った。
「みたいだな」
「そうだ。川崎の先輩はこの事を知っていたのか?」
「茜先輩じゃないと思う。茜先輩のクラスメイトか誰かの魔法だろう」
あえて緑先輩の名前は出さない。迷惑がかかると申し訳ないから。
「とりあえず寮へ戻るか」
「だね」
俺の周りは怪我した奴は幸いにいなかった。だから治療を待たず、鞄を持って教室を出る。
「そう言えば川崎、ありがとう」
塩津さんが突然、そんな事を言った。
「何が」
「机で私の事ガードしてくれたよね。おかげで助かった」
「怪我しなかったのは運だろ」
「私に関しては川崎のおかげだと思うの。結構ガラスが降って来たし」
「あとはこの作業服が、やたら丈夫なおかげだな」
何か恥ずかしいので、そう言って誤魔化す。
「確かにそれもあるよね。結構ガラスが当たったけれど傷は全然無いし」
「これって自衛隊の新型戦闘服の色違いだろ」
有明も知っていたようだ。でも俺はあえて知らなかったふりをする。
「そうなのか?」
「ああ。裏はとってないけれど、デザイン的にはもろ戦闘服、柄が黒一色か迷彩柄かの違いくらいだ。もしそうなら普通の服より遥かに丈夫だし、防炎性能までついている」
「何でそんな服が制服代わりになっているんだろ」
「魔法を使った時の安全性確保の為ではないだろうか」
「だったらいいけれど、何か意図を感じるよね」
「というか、銃とかミサイルなんて何処にあったんだろ?」
「でも自衛隊は結構出入りしているよね。ヘリも毎日飛んでいるし」
そんな話をしながら寮へと向かう。
「ところで寮の部屋は大丈夫かな」
「かなり離れているから大丈夫だろ」
歩きながらふと思いつく。そうだ、帰ったら先輩にメッセージを入れておこう。おかげで無事でしたと言っておかないと。




