ここから切れます
この小説にはフィクションならではの誇張表現や過激な描写が含まれます。現実の価値観とは異なる考え方や関係性が描かれます。すべてを現実と混同せず、ひとつの物語としてお楽しみください
今日も今日とて破壊音、の中に、明確な悪意が混じっている。校庭に展開された広いステージの上で、各自武器やら殺意やらを持つ生徒達が殴り合っている。時折、”どん!“という強い衝撃音が聞こえるが、その正体ははステージから降ろされた生徒が校庭の地雷を踏んで吹き飛んでいる音である。
「ぱる!!今日も負けてもらうぞ!」
「いっとれクソガキ!」
がん!!と強い金属音。マグカップの鉄パイプと、パルチザンが持つバールが容赦なくぶつかる。
『専制第一』で定期的に行われる破壊衝動持ちの生徒のガス抜き。風紀委員主催の喧嘩祭りでは『部派』のトップと『無派』のトップの殴り合いは一種の風物詩であった。
「同級生です〜!」
「知っとるわ!」
「遂にボケちゃったんですかおじいちゃん!」
「同級生じゃって自分で言うたろうが!」
わーぎゃーと騒ぐ言葉は年相応かそれ以下に楽しそうだが、2人は相手を殺しかねないほどのその手を休めることは無い。
がん、がん、がん、二度三度では終わらないぶつかり合いの音が校庭に響いている。どんな命知らずな生徒達でも、その2人を避けるように戦闘をしているところを見るとまだ本能というものが動いているのだと言うのが押し図られる。あんな状態の2人に近付けば、間違いなく殺される。
それだけは確かだった。
「ぃ、ってぇのぅ!」
振り下ろされた鉄パイプを腕で受け止めたパルチザンはその痛みに顔を顰める。動かせないほどでは無いが、確かに折れているだろう熱を放ち始める患部に分かりやすく口数が減っている。
「っち、!」
いつもの口調を捨てたパルチザンが、そう舌打ちをすればマグカップの口角が上がる。
そのまま、反射的に後ろに下がろうとしたパルチザンに向かってマグカップは手持ちの鉄パイプを投擲する。それをバールで防いだパルチザンだったが、追撃するように鳩尾に蹴りを1発食らってその体が吹き飛んだ。
男子高校生にしては小さい身長のパルチザンは、けれど普段から鍛えているためそれなりに筋肉があるのだが、マグカップはそれをいとも容易く蹴り飛ばして見せたのだ。安全圏でそれを実況しているスピーカーが興奮に叫んでいるのを2人は思考の端で聞きながら、じい、と視線を合わせたまま離さない。パルチザンの黒曜石のような煌めく銀河色の瞳と、マグカップの星のような輝くオレンジ色の瞳が交錯する。
「ぱるは地面に転がるのが好きねぇ」
「言ってろ、すぐに吠え面かかせてやる」
体勢を立て直したパルチザンがバールで風を切る。
その瞬間、
『ぱりん』!と何かが割れる音。その音が聞こえた生徒が一様に一瞬動きを止めて、我先にとしがみついていたステージから離れて逃げ惑っていく。
「あーあー、また風紀委員が備品壊したんだぁ」
「…っち、…タイミングがわりぃ、のう!」
「もうそのブランディングやめたら?」
『えー、窓ガラスが割れました!
棚田(3-1担任)が襲撃に来ます!
…死にたくないやつは逃げろーってこと!』
実況の放送部(正式名称:情報経済部)がそう注意を促す前に、その場に居るのはマグカップとパルチザンだけになっていた。逃げ足が速いことでなによりである。先程までの殺意に突然のキャンセルが入れられた2人は、お互い似たような退屈そうな顔で他の生徒と同じく逃げるを選択する。
反省文も謹慎も怖くない専制第一の生徒は、単純に暴力を振るってくる棚田(別名:怪獣)には弱かったりするのだ。
「あばよーぱる、またな」
パルチザンとは違う逃げ道を選んだマグカップが、別れる前にひらりと手を振るとパルチザンも「おう」と頷く。惜しそうに少し目を細めるパルチザンなんて知らぬ顔をして、マグカップはすたこらさっさと去っていった。
「次は邪魔されん場所がいいのう。
お前を殺すなら、お前に殺されるなら本望じゃ」
「はは、きも」
背中に投げられた執着にも似た言葉に、マグカップは悪態を着いて笑うだけだった。
…
「もー!遅いよまぁぐ!」
金髪のボブカットを揺らしながら、叱るように頬をつねってくるパグラヴァに、遂先程まで観客ができるほどの大立ち回りをしていたマグカップはされるがままになっていた。
どんな狂犬だろうと医者は怖いものだ。
「いててて、ごめんってパグ先生」
「怪我したらすぐ来てねっておれ言った!」
まるで男子とは思えない可憐な顔のパグラヴァは、それはもう女子のようにぷりぷりと怒っている。腰に手を当てて、分かりやすいくらい頬を膨らませてぶーすか文句を言いながらマグカップを椅子に座らせ診察の用意を始めた。一見外傷が無いように見えるマグカップの怪我を既に見破っているらしい辺りにパグラヴァの医者としての実力が見える。
「パルくんの腕、ポッキリ綺麗に折れてたよ。
流石まぁぐ!って感じに綺麗だった!」
マグカップの服の下を触診するパグラヴァが世間話のようにそう言えば、マグカップは渋い顔をする。
「もっと酷く折っとけば良かった?」
「うん、そっちの方が面白かった」
全く酷い話に、2人はほけほけと笑っている。
闇医者として保健部で才能を奮っているパグラヴァの腕は、本人の言う通り『死にさえしていなければ』どうにでも治療ができる。理論や原理ではなく、そういう才能なのだという。そのような不思議な術が広がっているからこそ専制第一での事件や喧嘩が耐えないのだろうけど。
「凄いねえまぁぐ、肩ガッツリえぐれてるよ?
ケロッとしてるけど痛くないの?」
制服の下、マグカップの細い身体の肩の部分が抉れている。血こそ止まっているが、真っ赤な肉が見えるほどのそこは痛々しいと言う他ないだろう。
「痛いよぉ、気にしたら負けだと思ってるだけ」
それでも白々しいマグカップの表情からは『痛み』が感じられない。言われているから茶化している、と言った方が近い。ここでぐるぐると肩を回してやろうかとも思うマグカップだが、そんなことをして保健室のベッドに縛り付けられたら困るに違いない。ただでさえ保健室には『彼女』がいると言うのに。
「何されたの?」
「多分バールの釘抜き部分かな」
じ、と自分の怪我を見たマグカップは「きたな」と小さく呟いている。
「引っ掛けられたのか、じゃあそうなるね」
手際よく消毒し、よく分からない液体をどばっとかけたパグラヴァは熟れているようだ。マグカップはその様子をじっと見つめている。液体のかかった怪我の箇所が、じわりと熱を持ち熱く疼くような感覚。それからぐるぐると肉が勝手に蠢くような気持ち悪い感覚に顔を顰めている。
パルチザンとの煽り合いの時だってそんな顔はしなかった。
「気持ち悪ぅ」
「そう言わないでよ、おれの才能を使うまでもないから。
化学部謹製の治療薬使ったの。
後は包帯巻いてあげるから帰っていいよー」
怪我が無くなったと分かればすぐこれだ。パグラヴァという人間は『部派』らしくない貧弱な男だがこういう冷たさに”らしさ“を感じる。
「邪魔者は帰りますよう、酷いなぁ。
…あ、『あの子』によろしく言っといてよ」
「自分で言えばいいのに」
「はは、機嫌を損ねられると困るからねぇ」
扉からではなく、窓から出ていくマグカップを見送ったパグラヴァはふと視線を看護室に向ける。
「自分の彼女なのにねぇ」
一口メモ
パグラヴァ:2年保健部部長、特殊な治癒能力を持っている。趣味は面白い怪我を治すこと。
『あの子』:2年1組天文学部。マグカップの彼女。