校正者のざれごと――SDGsの風が吹く
近年、SDGsという言葉をよく耳にするようになった。SDGsは「Sustainable Development Goals」の略。持続可能な開発目標。17の目標と169のターゲット。何度も仕事で目にするので、すっかり覚えてしまった。巷にもだいぶ浸透しているし、テレビ番組などでもよく取り上げられている。
教育現場でも、やはりその影響は大きい。数年に一度改訂される教科書の内容の変化からも、それは感じ取れる。多様性の時代。SDGsの17の目標のなかには「多様性」という言葉はないそうだが、169のターゲットのなかに「多様性」はいくつか謳われていて、その圧倒的な波は、校正者にもじわりと迫ってきている。
たとえば、子ども向けの教材の校正。教材には子どものイラストがよく登場する。以前はたいてい男の子はズボン、女の子はスカートだった。そして、洋服の色も男の子は青系、女の子は赤やピンク。これが、色はもちろん、女の子もスカートではなくズボンを履かせるようになった。先生の言葉遣いも、語尾は「~わ」や「~よ」ではなく「~だね」などにするよう指示が入る。「お母さんが料理をする」「お父さんが仕事に行く」のような表現も、男女の偏りがないように調整する必要がある。
ちなみに、色についてふれたが、教材では「色弱対応」というのがある。日本人では男性でおよそ20人に1人、女性で500人に1人の割合で色弱の人がいるそうだ。そのため、たとえば赤と緑など、判別しにくい色を並べて使わない、色だけで答えさせる問題は作らないなどの配慮をする。もし、色がわからなければ答えが導き出せないような問題があれば、「色弱対応OK?」などとエンピツを入れる。
SDGsもそうだが、このように世の中で流行っているものが仕事で回ってくることはよくある。たとえば2020年の民法大改正。このときは成人年齢が20歳から18歳に引き下げられて話題になった。これはかなりいろいろな本の記述に影響があった。「未成年は喫煙はだめ」と書かれていれば、「未成年」では18歳以上はOKということになってしまうので、「未成年」のところに印をつけ、「20歳」に直したりといったことだ。最近の話題では「年収の壁」の話もよく見かける。
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、3月には学校が一斉休校になった。私はこのニュースを、家族で来ていた日帰り温泉施設のテレビで見ていた。それまでテレビのむこうの出来事だったコロナが、急に自分のことになった瞬間だった。「なんか、大変なことになったな」と感じたのを覚えている。
新型コロナウイルスについての本の依頼が来たのは、この年の9月。当時、テレビでよく解説もしていた先生の書いたものだった。子ども向けで、コロナとはどういうものか、どんなことに気をつければいいのかがていねいに書いてあった。正しい知識を示すことで、子どもたちの不安を少しでも和らげようという内容だ。もちろん、総ルビ。すべての漢字にルビ(ふりがな)がついていた。
当時は、もちろん今ほどの情報はなく、調べるのはかなり苦労した。どこを見たらいいのかわからない。難しい漢字もたくさんあって、ルビが本当に正しくついているのかもわからない。厚生労働省や医療関係など、数少ない情報を頼りに確認していたが、同時に、自分自身もそこからずいぶんたくさんの情報を得ることができた。
そして、同時期に流行ったのが、アニメ『鬼滅の刃』。私は派手に血が出たりするものは苦手なのでアニメ自体はほとんど見ていないのだか、家族はすっかりはまってよく見ていた。なぜ自分が見ていないのにこのアニメをわざわざここで取り上げたかというと、校正者が喜ぶネタがそこにあったからだ。
登場人物たちの名前。使われている名字は、日本でもわずかしかいないような珍しいものだそうだ。主人公の竈門炭次郎。不死川という名字も実在するらしい。漢文のようにレ点をつけるような読み方だ。さらに栗花落、や甘露寺など。名字には不思議な読み方のものもあるので、絶対に知っていなければ読めないものもある。「小鳥遊」などもそうだろう。タカがいないと小鳥が遊ぶ、というのが由来。「月見里」は月がきれいに見える里の意。
SDGsの話からだいぶ脱線してしまった。出版業界というのはとにかく紙をたくさん使う。ゴミが増える。これを何とか減らせないかということで、オンライン校正というのも登場した。パソコンの画面上で校正する。最初はなかなか慣れなかったが、今では何とか使えるようになった。ただこれにはちょっとした不満がある。紙で送られてきたものは必ず中3日くらいの時間がもらえていたものが、オンラインではページ数の少ないものは当日戻しということもある。もちろん「お願いできますか?」と打診されるのだが、よほど大事な用でもない限り断ることなんてできないのだ。フリーランスのつらいところだ。
最後は、我が家のSDGsについて。スーパーに買い物に行くと、消費期限の近い食品に割引のシールがついている。今日見つけたのは「クリームたっぷりプリン」。ちょうど家族分ある。冷蔵庫を開けた子どもに「何これ?」と聞かれたら、こう答える。「SDGsのプリンだよ」こうして、食べ物を無駄にしないのもSDGs。家族も喜ぶ。WIN-WINということで。