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第十二話 神隠し  ——入日凪人

 凪人が向かったのは、琴葉の家だった。琴葉がいそうな場所として考えられる中で、最も有力な候補は、やはり家だと思ったからだ。十数分だったか走り続け、琴葉の家の前に着く。

「すみません。琴葉さんはいらっしゃいますか」

 ——頼むから居てくれ。そんな願いを胸に、門の下で警備をしていた信者と思しき男に声をかけた。頭を綺麗に丸めた男は一瞬だけ目を大きく開くと、今度は細めて俯き、何やら考えている様子だったが、すぐに口を開いた。

「ここに、そのような人はいません」

 予想していたなかでも最悪の返答に凪人は苛立つが、出来るだけ落ち着いた声を出す。

「嘘ですよね。友達なんです。だから——」

「本当に存じ上げません。お引き取りください」

「通してください」

「それは出来ません」

 凪人は話にならないと思い、警備を無視して屋敷へ入ろうとしたが、すぐに取り押さえられてしまった。

「どうして嘘をつくんですか。絶対にいるんです!」

 抵抗をしていた凪人だったが、ふいに近づく数人の人影に気が付き、次の瞬間には激しい衝撃とともに路上へ放り出されてしまう。みると、目の前には男が数人立っていた。武道家かなにかだろうか。凪人よりも一回りも二回りも大きな男たちが、門前で凪人を見下ろしている。

「本当に、いないですから」

 先ほどの男が息を切らしながら、白々しくも、そう言った。

「何なんですか! どうして会わせてくれないんですか!」

「迷惑なんです! ……これ以上なにかあるようでしたら警察を呼びますよ」

 何か言い返そうとして、凪人は口ごもる。自分に向けられた男の視線に、憐みの色が含まれているように感じたからだ。

「分かりました。もう良いです」

 それだけ言い残すと、凪人は逃げるように琴葉の家を離れた。


 次に向かったのは図書館だった。琴葉は図書館へ、たまに行くことがあると言っていたことを思い出したからだ。ここにいなければ、もう他に探す当てはない。自動ドアを抜け、建物の中に入る。エントランスの椅子には幾人かの学生が座って本を読んだり、勉強をしたりと色々なことをしていた。急ぎ足で琴葉がいないか探したが、見つけることは出来なかった。次に図書室へ入り、いくつもの本棚が並べられた部屋の中を探す。夏休みの間に散々通い尽くし、とっくに見慣れたはずのここも、今日は何だか巨大な迷宮のように思える。最初に探したのは、日本文学のコーナーだった。琴葉が図書館に来ているとして、居る可能性が最も高い場所だと考えたからだ。書籍が所狭しと並べられた本棚の間を隈なく探す。いつもは落ち着いた気分にさせてくれるはずの館内の静けさも、今は凪人の焦燥感をより一層掻き立てるのみだ。次に向かったのは外国文学、それから歴史、地理、伝記と、すべての場所を見て回る。

 全てのコーナーを何周か探したものの、琴葉の姿はなかった。

「入日くん?」

 図書館で探すことを諦めて外に出ようとした時、突然名前を呼ばれる。

「やっぱり入日くん。どうしたの? そんなに急いで」

 そこにいたのは同級生の庄本だった。

「え、ああ。ちょっと人を探してて。あのさ——」

 ここまで言って、琴葉の姿を見なかったかと聞くことを躊躇する。学校でのこと、それから花火大会で偶然会った時のことから、庄本が琴葉のことを良く思っていないことは明白だった。それに加えて、琴葉のことを聞いたときに今日の水坂のような反応をされることを恐れたからだ。庄本まで琴葉のことを忘れているとなると、もう本当に、何が何だか分からない。

「人探しって、誰を探してるの?」

 庄本にそう訊かれ、凪人はようやく決心をする。

「月波さんがいなくて。ほら、二組の。見たりしてない?」


 結果として、庄本からの答えは恐れていた通りのものだった。心配する庄本をごまかした後、図書館を出て歩きながら考える。どうやら本当に、自分以外は琴葉のことを全く覚えていないらしい。ここまで来ると、周りの人は正常で自分がおかしいだけなのではないかと再び思えてきたりもするのだが、琴葉がいたということだけは、凪人の中に確信として存在していた。

 そうは言っても琴葉の家、図書館ときて、他に探す当ても残されていない。このまま街中を探し回っても見つけられる可能性は皆無だ。目の前に続く道の街灯が、ひとつ、またひとつと灯っていく。気が付くと、日はすっかり暮れかけている。ふいに、悪い夢でも見ているのではないかと思う。しかし、これは夢であるはずがないという確信も、凪人の中にはあった。歩き疲れた足から伝わってくる軽い痺れが、その何よりの証拠だった。


 しばらく歩いたのち、凪人は帰宅することを決めた。このまま考えもなく探したところで、見つけられるはずがないと思ったからだ。いったん帰って、よく考えてみよう。そう思いつつスマートフォンを開く。

 検索エンジンの検索ボックスに「人 記憶から消える」と入れてみる。検索結果には様々な病名や事例が並べられていたが、そのどれにも、不特定多数の人々の記憶から特定の物や人に関係する記憶が抜け落ちる、というものは見当たらなかった。次に、「神隠し」と入れて検索してみる。状況から考えて可能性として思い浮かんだのが、この言葉だったからだ。神隠しという言葉の意味や言い伝え、それを題材とした映画やアニメまで、様々なものがヒットする。その中に最近起きた神隠し事件をまとめたサイトを見つけ、開いてみる。今から二十年ほど前に神隠しとしか思えない事件が起きたのだと、サイトには記されていた。比較的最近になっても神隠しとしか思えないような事件が発生していたことに驚愕しつつも読み進める。他にも様々な事例が並べられていたが、そのどれもが誘拐や殺人、心中などとして結論付けられていた。結果として、今回の琴葉のような事例は、他に見当たらなかったということだ。そのことが「神隠し」という仮定の信憑性を引き立たせる。怒り、悲しみ、畏怖。様々な感情が凪人を一斉に襲い、叫びたいような、泣きたいような、訳の分からない気持ちになる。

 ——どうしようもないじゃないか。凪人は涙で歪む視界の中、絶望的な気持ちで、そう呟く。

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