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第一話 いつもみる夢  ——入日凪人

 何をしていたのだったか――と入日凪人(いりひなぎと)は思う。まるで過去がきれいに切り捨てられてしまったように、ここがどこで自分が何をしていたのか思い出せない。周囲を見渡すと柱の錆びついた滑り台やシーソー、砂の地面から半分だけ飛び出したタイヤや日に褪せたベンチが夕日に照らされて長い影を落としていた。ふと座っている場所が軽く揺れているのを感じ、自分がブランコに腰を掛けていたことに今更ながら気づく。かなり年季が入っているようで、吊るされた鎖はブランコが揺れるたびに鈍い音を鳴らした。どうやらここは古びた小さな公園のようだ。


「おまたせ!」

 突然の大きな声に驚く。見ると、目の前には一人の少女の姿があった。小学校低学年くらいだろうか。

「はい、これ」

 少女はそう言って両手をこちらに向ける。差し出された小さな両手には一冊の本が持たれている。凪人は状況が飲み込めないままにそれを受け取り、表紙をまじまじと眺める。小説のようだ。しかし、どうしてこれを渡されたのかが全く分からない。

「凪人くん?」

 顔を上げると、少女が心底心配そうな視線をこちらに向けていた。どうして良いか分からず、凪人はただ目の前の少女を見つめ返す。肩より少し下に伸ばした柔らかな髪は少しだけ茶色がかっており、夕日に照らされ輝いている。綺麗だ、素直にそう思った次の瞬間、凪人は少女が誰で、自分が今まで何をしていたのかをようやく思い出した。この少女、月波琴葉(つきなみことは)はこども園からの友人、いわゆる幼馴染であり、今日は小学校の放課後に自宅近く公園で待ち合わせをしていたのだった。同時に、手渡された小説についても思い出した。これは確か、学校の休み時間に琴葉からおすすめされたもので、放課後に貸してくれる約束をしていたのだ。

「大丈夫?」

 琴葉の顔が心配の色をさらに強める。

「なんでもないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」

 凪人が慌てて誤魔化すように笑うが、琴葉はまだ心配しているといった表情を浮かべている。凪人はなんだか悪いことをした気分になる。

「これ、今日言ってた本だよね」

 凪人がそういうと琴葉も少しは安心を取り戻した様子で頷くのだった。


 それからしばらくの間、二人は公園のベンチに並んで座って小説を読んでいた。二人で一冊の小説を読みつつ、たまに会話をしながら過ごすのだった。

「あ、いたいた。ことちゃん、凪人くん、帰る時間だよ」

 突然聞こえたその声に文字を追うのをやめて視線をあげる。気が付くと日は山の向こうに落ち、周囲は薄暗くなっていた。

「遅いよ!」

 隣にいた琴葉が嬉しそうに声を上げると、立ち上がって声のした方をみる。凪人も声の主を確かめようと琴葉と同じ方向、公園の入り口をみる――――その瞬間、悪寒が走る。そこには誰の姿もなかったのだ。









 室内を満たす甲高い音に驚いて目を覚ます。お前には寝ている暇などないだろう、そう怒鳴りつけられているように感じられる音に急かされるようにして枕元のスマートフォンを手に取り、目覚ましのアラームを止めて一安心、天井を見つめて浅いため息をつく。

 またあの夢だ。遮光カーテンで外界と遮断された薄暗い部屋の中で、外を走るトラックのエンジン音を聞きながら凪人はぼんやりと考える。幼い頃の、放課後に幼馴染と過ごす夢。いつからか繰り返し何度もみるようになった夢で、最後には決まって誰かが迎えに来るのだが、その人が誰なのか、そもそも実在する人物なのかすらも全く思い出せない。


 寝転んだままスマートフォンの画面をみる。時刻は午前七時五十分。起きて支度をしなければ、そう思うが体がベッドに張り付いてしまったかのように重く起き上がれない。今日は水曜日、今すぐ起きて支度を始めなければ高校の始業時刻に間に合わない。いっそ今日は遅刻していこうか、そんな考えが脳裏を過ぎったが、凪人は遅刻における手続きの煩わしさを知っていた。遅刻した生徒が学校に着いて最初に行くのは教室ではなく教務室で、そこで教員から渡されるカードに遅刻の理由と改善点を記入した後、担任に渡さなければならない。手間のかかる記入作業は勿論のこと、凪人は多数の教員が蔓延る教務室の、何とも言えない気まずい雰囲気が苦手だった。


 憂鬱を振りほどくような勢いをもって起き上がり、半ばやけになって遮光カーテンを開けると、薄暗かった部屋に外界の光が流れ込む。朝は嫌いだ。そう強く思う。こうしてまた、いつもの一日が始まる。

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