エイヴァ12才
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虐待シーンがあります。苦手な方はおやめください。
よろしくお願いいたします。
エイヴァが農業改革に取り組んで1年が経った。スイカの村カルプジでは耕作地の分割が行われ、当初の5分割から4分割に組み直した。連作障害を防ぐための輪作が始まり、スイカを収穫した後の秋の畑にニンジンを植える。2年目は春にタマネギ、秋にほうれん草を植える。3年目の春にカボチャ、秋に大根を植えて、4年目は堆肥を入れてしっかり休ませる。村全体で同じものだけ作った場合凶作になった時の被害が大きいので、少しずつずらしたり、違う作物を取り入れたりして作るように工夫した。
ローテーション以外にも、コンパニオンプランツを導入した。コンパニオンプランツとは、ある植物と一緒に植えることで、病気になりにくくしたり、連作障害を抑えたりする効果を持つ植物のことだ。マリーゴールド、ネギ、カモミールなど様々なコンパニオンプランツがあるが、当然相性も存在する。そこでスイカを植える時にはマリーゴールドかネギを植えるように指導した。野菜を売りたい者はネギを混植したが、やがて他の作物にもコンパニオンプランツとしての効果が見込まれることから、毎年マリーゴールドが植えられるようになっていた。
思いがけない効果もあった。マリーゴールドのオレンジ色とスイカの緑のコントラストが美しいと評判になったことで、これまで素通りされるだけだったカルプジ村が、マリーゴールドの村として観光スポットとなったのだ。こうなると、マリーゴールドの栽培を専門に行う農家も現れ、土産として、あるいは苗の供給地として、カルプジ村はエイヴァが15才の時には借金を全て返し終わり、裕福な村として存続することになる。
カルプジ村での実験がうまくいったことで、エイヴァはその他の農地も精力的に視察し、対策を村人たちと考えた。意見がぶつかることもあったが、カルプジ村が上昇気流に乗っていることを知っている他の村の者たちは最後は折れてくれた。
エイヴァが次に取り組んだのは、観光地化する農村と純粋に農業をする村を分けることだった。純粋に農業を行う村については、外からやってくる観光客が落とす現金収入が見込めない。その分、税率を安くすることで不満を抑えた。その分収入が多い観光地化した村の税率を上げ、それを元手に宿泊施設の建設を行った。税率が上がったことに不満を漏らす者は少なくなかったが、自分たちが納めた税で建てられた宿泊施設に王都の貴族や富裕な商人が滞在し、大金を落としていくのを見た結果、あの税金だけでこれだけ収入が増えるなら文句を言ってはなるまいと思うようになっていった。
王都の貴族たちが何故来るようになったかなんて、村人たちは知らない。もちろんエイヴァが噛んでいる。キャンベル商会の本拠地は王都にある。エヴァンス領のキャンベル商会は、あくまで支所に過ぎない。
「どうやって人を呼び込むんですか?王都からエヴァンス領は距離がありますから、なかなかここまでは来ないと思いますが」
ジョシュアとヘイゼルの心配に、エイヴァはにっこりと笑った。
「ベンジャミンに頑張ってもらいましょう」
エイヴァはベンジャミンをカルプジ村他観光地化した村に連れて行き、セールスポイントを実体験させた。そしてそれを王都で宣伝させた。避暑地というほど涼しくはないが、目にも鮮やかな庭園風の農地が広がる風景は、それだけでも見応えがある。新鮮な野菜から作られた食事はエイヴァの手が入っており、王都の貴族でも美味しく食べることができるレベルにある。そして、宿泊者だけが、おいしかったその野菜を定期購入できる権利を有するというオプションも用意した。マリーゴールドに囲まれた結婚式をデザインして王都の庶民の前でポスターにして掲示すると、ここで結婚式を挙げたいという若いカップルが何組もやってくるようになった。
「ベンジャミンはすごいわ。私の想像を遙かに超えた宣伝をしてくれているわ」
キャンベル商会エヴァンス支店の応接室でマリーゴールドと一緒に最近栽培を始めたカレンデュラのハーブティーを飲みながら、エイヴァはベンジャミンとマデリンには聞かせられない話をしている。カレンデュラは園芸用のマリーゴールドとは別のもので、キンセンカという名の方がよく知られているようだ。ハーブティーにすると肌によい効果があるらしく、園芸用のマリーゴールドと混じらないように別の畑で育て、ハーブティーにして王都で売っている。ご婦人方にも人気の品で、エイヴァの資産も順調に増えているようだ。
「お眼鏡に適ったようで何よりです。お嬢様の資産は、当初の倍になったのでは?」
「管財人にベンジャミンを指定して正解ね」
「本来は私のような商人がしていいことではないのですが」
「でも、貴族としての教養も、貴族時代に培った人脈も、それ以降に築いたものもある。そして、お父様のことを今でも大切に思ってくれる。私が今、心から信頼できる人は4人しかいないけれども、ベンジャミンはその中の1人。たとえベンジャミンに裏切られたとしても、それは私が余程のことをした時だと思えるわ」
「もったいないお言葉です、お嬢様」
「それで、資産が倍になったって言ったわね。それなら計画を一段階進めましょうか。10人、腕の立つ者を用意してほしいの。人選はベンジャミンとジョシュアに任せます」
「ついに、立ち上げますか?」
「ええ、私だけの騎士団を作るわ。お母様に対抗する物理的な力を、残り2年半で育てなければ」
「時間が足りませんな」
「ええ。でも、先立つものも必要だもの」
「そうですね。管財人として、一部投資に回していることはご報告済みですが、近々倍になって返ってくるものありますよ」
「危険な投資ではないのね?」
「はい、前マーシャル伯爵のところです」
「……お爺様のところ?」
「お小遣いだそうですよ」
「もう、それでは私の努力にならないわ!」
「資金を集めるには、いろいろな方法があります。実際に一旦融資した形になっておりますので、問題ありません」
「でも」
「でもも何もありません。お嬢様に必要なものは、信頼できる仲間と、潤沢な資金、そして何かあった時に頼れる物理的な力と権力を持つ者です。私はアイザックと私自身の関係から、前マーシャル伯爵と話を付けました。今のマーシャル伯爵を頼ることはできません。お嬢様のお爺様は隠居した形にはなっていますが中央、特に国王陛下との強い繋がりがあります。心配ご無用でございますよ」
「ベンジャミン」
「何でしょうか?」
「ありがとう」
突然の言葉に、ベンジャミンが言葉を失った。
「私ね、ベンジャミンがお父様の代わりになって私を守ってくれているって、ちゃんと理解しているつもりよ。本当にありがとう」
アイザックは娘の成長を見届けたかっただろう。1日1回のエイヴァとの面会さえ面倒だと言い放ったマデリン。平民の家族のようにアイザック自らエイヴァのおしめを替え、夜も一緒に眠って夜泣きするエイヴァをあやし、ミルクを飲ませていたアイザック。どちらがエイヴァを愛しているかなど、一目瞭然だ。アイザックから取り上げられてしまった、この成長を見届け、支える役割を果たす。もしかしたら、そのために自分は平民として生まれ、貴族社会で成長するという、世にも珍しい経験をしたのかもしれないとベンジャミンは思った。
「もったいないお言葉です、お嬢様」
「ベンジャミンは……私のもう一人のお父様、そう思っているわ」
呆気にとられて何も言えないベンジャミンに、エイヴァが微笑む。ちょうどヘイゼルが時間だと呼びに来て、エイヴァはジョシュアと3人で邸へと帰っていった。
アイザック、お前の娘はずいぶんな人たらしだぞ。
空を仰いだベンジャミンの目に光るものがあったことを、周りの従業員たちは誰一人気づかなかった。
1ヶ月ほどで、ベンジャミンは身元も人物的にも問題のない若者を騎士や傭兵、さらには冒険者の中から見繕ってきた。ジョシュアと一対一で対戦し、ジョシュアの目で一定レベルにある者とこれからの成長が見込まれる者を選別し、10人を揃えた。
「お嬢様、最初の10人です」
ベンジャミンは、カルプジ村に用意した一軒家でエイヴァと10人を引き合わせた。
「あなたたちは、ここにいるベンジャミンとジョシュアの手と目で選ばれました。私はこの通り小娘ですが、自分の命を守り、将来自分らしく生きるために、あなた方の力を必要としています。私に仕えてくれますか?」
「もちろんです、お嬢様」
10人が声を揃えていった。
「あなた方は、私個人がこれから持つ私設騎士団の最初の騎士となります。団長はここにいるジョシュア。あなたたちの存在は、約2年半後まで秘密にしたいの。あなたたちには、三段階で仕事をしてもらいます。」
エイヴァは10人の真剣な表情に答えるように語った。
第一段階として、指定した村や町で治安維持をしながら、ジョシュアやベンジャミンと協力して、自分の部下になる者たちを探し、鍛えてほしいこと。
第二段階として部下に治安維持だけでなく、キャラバンの護衛をすること。
「そして、第三段階。私は15才で独立します。お母様との関係を断って、もう縛られないようにしたいの。きっとお母様はエヴァンス家の護衛騎士を使って私を捕らえ、言うことを聞かせようとするでしょう。その時に、あなたたちに私を守ってもらいたいと考えているわ」
なぜ、というような顔をする者が何人かいた。
「細かい話はまたその内にしますが、私の父は、母に『醜いアヒルの子』と呼ばれ、監禁され、孤独の中で死んでいきました。私はそのこと一つ取っても母を許すことはできません。また、母は一部の親しい者にのみ父が死んだことを伝え、父の実家マーシャル伯爵家には連絡していません。それは、マーシャル伯爵家から父の生活用に与えられる支援金を搾取するためです。更に、領内の仕事、特に農業や治水など時間がかかる仕事をないがしろにし、農地を崩壊の危機にさらしました。領民の命を軽んじているとしか思えません。このような者に幸せな生活を送らせてはなりません。父の悲しみを思い知らせ、私にしてきたことを理解させるために、物理的な力も必要なのです」
エイヴァは敢えて自分がされてきた仕打ちを明かさなかった。必要な時に言うからといって、ジョシュアにも口止めをした。その情報を出すのに最も効果的なタイミングを狙いましょう、そう言われたらジョシュアも頷くことしかできなかった。
こうして、秘密裡に作られたエイヴァのための騎士団が動き始めた。最初の10人は本当に優秀で、その存在を隠しながら人を集め、訓練し、一人前にしていってくれた。治安維持のために住民たちに気取られぬように見回りし、泥棒やおかしな動きをしている者たちを取り押さえていった。エイヴァが12才から13才になろうとする頃には、エイヴァが見ている地域の治安は劇的に向上し、観光地化した所は観光客が増え、農村は夜中に農作物を盗まれなくなっていった。
だが、少し急ぎすぎたのかもしれない。マデリン寄りの家令が、エイヴァの担当する地域から上がる税収が大きく増えたことに気づいてしまったのだ。報告を受けたマデリンは、本に関する事業以外を全てエイヴァに任せることにした。
「お前ならできるでしょう?どうせ15歳になったらやるはずだったのだから。成功しているのならば今からでもいいでしょう。税収はきちんと渡しなさい」
都合のいい話だとエイヴァは思ったが、拒否すればまた鞭で打たれるだけだ。かしこまりましたとしか言えない自分が歯がゆくてならない。
でも、もう少しだから。
エイヴァが内心で自分に言い聞かせてマデリンの部屋を出ていこうとした時だった。
「そうそう。ジョシュアをくれない?」
「は?」
扉の外にいるジョシュアをくれないって、どういうこと?
思わず出てしまった言葉に慌てて母の顔を見た。マデリンは鬼の形相をしていた。
「子爵令嬢が、『は?』と。そんな言葉遣い、どこで覚えたの?」
マデリンの手には鞭があった。見覚えのある鞭ではない。わざわざエイヴァを苛むために新しい物を用意したに違いない。ゆっくりこちらへ向かってくる。
「申し訳、ありません」
「遅いのよ。口から出た言葉は二度と戻らないの。その罪深さを全身で理解しなさい!」
鞭をよく見ると、おぞましい加工がされている。はっとしたエイヴァに、マデリンの口角が上がった。
「気づいた?今までの鞭ではお前は慣れてしまったでしょうから、これからはこの鞭でお仕置きをします。これを振るうお母様の気持ちになってご覧なさい。お母様がどれほど心を痛めているか、お前には分からないのかしら?」
ひゅっと鞭が鳴った。いつもより重たい音がした。うめき声を上げてはならないとエイヴァは全てを飲み込んだ。マデリンの侍女たちが目を背けている。エイヴァの背中に振り下ろされたその鞭が離れた後、エイヴァの背中に血の跡がいくつも浮かび上がっていた。
「痛い?そうよねえ、だって、バラのとげのような加工がされているものだから、当たれば皮膚に刺さって、引き戻される時に皮膚をえぐるんだもの」
血が滲むドレスに触れながら、マデリンが涙を流す。
「どうしてこんな悪い子になってしまったの?お母様の教育が足りなかったからね。だから、お母様がきちんと再教育します。二度とあんな言葉を使わないように、しっかりとその体で覚えなさい」
更に二度、鞭が振り下ろされた。侍女が扉の外に走った。ジョシュアが血相を変えて飛び込むと、マデリンが鞭を持つ手の手首を手刀で打った。マデリンはその衝撃で、鞭を取り落とした。
「ジョシュア!お前、主に向かって何と言うことを!」
「お忘れですか?私の主はエイヴァお嬢様です。お二人が対立した時には、エイヴァお嬢様につくと最初の契約で確認したはずです」
「お前は私の護衛騎士とします。そうよね、エイヴァ」
エイヴァの顔は青ざめている。意識を失ってしまったようだ。
「子どもに鞭を打つことさえ今の貴族はしないのに、こんな拷問用の道具で娘を打つとは、あなたには人間の心がないのか!」
「馬鹿ねえ、この子のことを考えているからこそ、私も辛い思いをしながら教育してやっているんじゃないの」
「あんたは狂っている。こんな所にお嬢様を置いておけない」
「エイヴァはまだ指導中よ。置いて行きなさい!」
「断る!」
ジョシュアの怒りのすさまじさに、さすがのマデリンも床にへたり込んだ。自分が何かまずいことをしたのかもしれないとようやく思ったようだ。だが、なにがまずいのか分からない。
「何が悪いことかも分からないような奴が親になれるとはな」
冷たい目で見下ろされて、マデリンは震え上がった。エイヴァを抱きかかえて出ていこうとするジョシュアを止めようと、取り落とした鞭を手に取った。
「お願い、エイヴァを連れていかないで!ねえ、大事な娘なのよ、返しなさいよ!」
マデリンが震えながら、鞭そのものをジョシュアに投げつけた。棘のような部分がいくつかジョシュアに刺さったようだ。ジョシュアは歩みを止めた。
「証拠品を預けてくれてありがとう」
ひっというマデリンの声が聞こえたような気がするが、鞭を背に付けたまま、ジョシュアは廊下を歩く。物陰に潜んでいた庭師の男に目配せすると、男がすっとジョシュアに近づいた。
「大切なもので、まだお嬢様の部屋に残っているものはあるか?」
「ご当主様に盗まれたことがありますので、全てCに移動してあります」
「馬を」
「はっ」
誰にも見られずに庭師の男が離れた。ジョシュアとベンジャミンの手の者で、武術の心得もある優秀な人材だ。変装も得意なので、いざとなれば一人でも逃げられる。ジョシュアは庭師の男から連絡を受けたヘイゼルと合流した。
「緊急避難する」
ヘイゼルはエイヴァを見て蒼白になり、次にジョシュアを見てより一層青くなった。
「この鞭、取れば出血するが、途中で落とすわけにはいかない。一度取ってくれるか。すまない」
青い顔で鞭を外したヘイゼルが、血が、とつぶやいた。
「いい。お嬢様はもっと近いところから打たれたようだ。部屋の外にいたので対応が遅れた」
「いえ、それでもこれですんだと思うべきでしょう」
厩舎に向かうと、既に庭師が鞍も鐙も手綱も付けて待っていた。
「お前はこのまま探れ」
「はっ」
ヘイゼルはハーヴェイ夫人に以前言われた緊急避難が現実になったことに震え、そして乗馬を学ばせてくれたハーヴェイ夫人の先見の明に感謝した。
「遅れたら置いて行く。その時はCで合流する」
「はい」
ジョシュアとヘイゼルは馬をC……キャンベル商会に走らせた。馬車に傷薬と重要な書類を積み込み、馬を交換させた。そして王都にいるベンジャミンに緊急事態を伝えるように命じた。
「西のMに行くと言えば、ベンジャミンは分かる。必ず伝えよ」
ジョシュアの姿は、護衛騎士ではなくなっていた。
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