エイヴァ11才③
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ジョシュアが来てから、それまで閉鎖された空間の中限られた人としか接することのなかったエイヴァに、少しずつ人との交流が増えていった。マデリンがエイヴァに商人としての教育を始めるに当たり、特に重要ないくつかの取引先の人物に会わせるようになったこともあるが、ジョシュアという護衛騎士の存在に安心し、外に出てもエイヴァを守ってくれるという確信がマデリンに持てるようになったことが大きかった。
「ジョシュアが傍にいれば、余程の数でかかってこられない限り、エイヴァを守ってくれるんですって。いい買い物をしたわ」
マデリンはある取引先との会話でそんなことを言った。
「そうですな、優秀で信頼できる護衛というものは、貴族や商人にとってなくてはならない存在ですからね。」
「ええ、私にとってエイヴァは大切な一粒種ですもの。何としても守り抜かなければと思っておりますのよ」
マデリンは、自分がエイヴァにしていることは全て正しいことだと思っている。厳しい教育も、エイヴァを囲い込んで他所の子どもと接触させないことも、そして父親の話をしないことも、すべてエイヴァのためなのだ。
「醜いアヒルの子を婿にしたのは間違いだったかと思った時期もありますが、エイヴァがあれほど美しいのは、悔しいけれどもあの男の血を引いているから。ならば、あの醜いアヒルの子には多少なりとも感謝しなければならないと思っていますわ」
「また、そんなきついあだ名で呼ぶとは、ご当主様も厳しい人だ」
「だって、醜いアヒルの子であることに間違いはないでしょう?どんなに美しい白鳥として生まれても、育ちがアヒルなら所詮その白鳥はニセモノの白鳥ですわ。あるいは、失敗作といっていいでしょうね」
「あの世の御夫君には聞かせられない言葉ですな。まあ、死者を貶すのもほどほどになさいませ。神はいつでも高きところから御覧になっていると言うではありませんか」
「私の信仰心は、神ではなく金に向けられておりますから、問題ありませんわ」
「これはこれは」
話し相手の貴族の顔色が変わったことに、マデリンは全く気づかない。
「大分長居をしてしまったようです。では、次は隣国の新しい書籍500冊を容易でき次第、伺うことに致しましょう」
「ええ、今回の契約は図鑑類ですから、どうぞお忘れなく」
「それでは、また」
商人は質の良い仕立ての服を着ている。乗ってきた馬車も、外装は地味に仕上げてあるが、その中身は下級貴族では購入できないような代物だ。隠しスペースがたくさん用意され、ガラスはまだこの国にない強化ガラスを使っている。マデリンは喉から手が出るほど欲しいが、さすがのマデリンでも即決できるような代物ではなかった。
商人を送り出した後、マデリンの顔は営業スマイルというなの仮面を外していつもの不機嫌な顔に戻っていた。
「ああ、嫌みな人。塩を撒いておきなさい」
「かしこまりました」
厨房から大量の塩をもらってきたメイドが、玄関先に大量の塩を撒く。玄関先にあった花壇は、撒きすぎた塩が原因で全て枯れてしまっている。その因果関係が理解できないマデリンは、先日庭師を一人解雇している。玄関先の花壇の花を枯らすとは何事かと庭師たちを集めて叱責したが、それはご当主様が撒かせる塩のせいだと言った庭師がいたのだ。言われたことが理解できなかったこともあるが、口答えをしたことが何よりも許せなかった。
あの男、ちゃんと消したかしら?
マデリンは報復が怖い。だから、相手を徹底的に潰し、再起できない状況にまで持っていかないと夜、眠れなくなる。かつてマデリンが「エヴァンス書庫」の閉架書庫に隠した「醜いアヒルの子」をわざわざ読ませたベネット男爵家の娘へが許せず、マデリンはベネット男爵の融資先から債権を買い取り、すぐに借金を払えと迫った。
「爵位を売れば、ちょうど借金と同じくらいの金額ね」
その一言で、ベネット男爵は爵位を売った。その金でマデリンの元に渡った債権は消滅した。
「どうか、これで家族には手出しをしないでいただきたい」
「あら、あなたは平民に落ちたのよ?貴族に指図するような立場ではないことを理解していて?」
マデリンは平民落ちしたベネット家を執拗に追いかけさせた。最初に夫人が行方不明になった。精神的に参った彼女は、夜中に発狂して家を飛び出し、行方知れずのままだという。エイヴァに本を貸してくれた娘は自分のせいで没落したのだとしばらくは泣いていたが、必死で働いて家族を支えようとした。だが、自棄になった父が作ってしまった借金のカタとして売られてしまった。売られた先がどこなのかは、父親にも知らされなかった。奴隷落ちしたかもしれないし、娼館に売られたかもしれない。マデリンに対して恨みを募らせた元ベネット男爵は、マデリンが商談のために外出したところを襲い、あと少しという所で護衛騎士によって捕縛されてしまった。
「お前のせいで我が家はおかしくなったんだ!金の亡者め!いつかは呪われるぞ!」
貴族を襲った罪で、元ベネット男爵は処刑された。全てマデリンが仕組んだことだった。夫人は家を飛び出した後、始末させた。娘は船でしか行けない遠い国に売り飛ばした。ここまでしないと、マデリンは落ち着かないのだ……いつか復讐されるのではないかと怯えて、復讐の芽を摘むために存在そのものを消してしまうことにしたのだ。
そんなやり方をしているから、神など怖くないし、信じていたところで助けてくれないとマデリンは思っている。ならば、思いのままに生きよう。そして、全てをエイヴァに持たせるのだ、それが一番いいことだとマデリンは信じている。
エイヴァが15才になったら、子爵位を譲ろう。そして、自分は彼と世界を旅して回るのだ。多少借金を作っても、エイヴァなら何とかするだろう……優秀な娘なのだから、婿もいい男を選べるはずだ。
そんなことをマデリンが考えている頃、先ほどエヴァンス子爵家を訪問していた商人がキャンベル商会に入っていった。
「いや、あれは恐ろしい女だ。取引先の形ではあるが、名前と顔を覚えられているのが怖くてならんよ」
「すまないね。だが、あの女の暴言を集めることも、エイヴァお嬢様を守ることに繋がるんだ。今日はどんな話だったんだい?」
話の内容を書き取り、相手の商人のサインをもらう。
「それにしても、本当にひどい母親だよ。あれで自分は娘を愛して止まず、娘のためにどんなことでもしていると思えるのだから。あれを虐待と言わずに何を虐待というのか」
「最近では毒親という言い方もあるそうだ」
「毒親?言い得て妙だな」
「私も、その言葉を思いついた人物のセンスは素晴らしいと思う」
一息ぐっとカップのコーヒーをあおったベンジャミンは、ふっと息を吐いていった。
「あの女を追い詰めるには、確実な証拠が必要だ。我々の計画を推敲するために、このまま協力してほしい」
「もちろんだ。あんなおぞましい計画、絶対にゆるしてはならないんだ」
二人の頭には、美しく凜と立つエイヴァの姿が浮かんでいる。エイヴァを食い物にするような者は、絶対に許さない。
ジョシュアに連れられて、エイヴァは近郊の農村に来ていた。
「こちらではスイカの生産を行っているのですが、ここ数年成長の状態が芳しくなく、実の数も減っているのだそうです」
「施肥は?」
「へえ、多めに撒いているんじゃが、まったくよくならんのです」
村長が一緒に付いて説明をしてくれた。
「そう。この辺りはずっとスイカの名産地として有名だったのよね」
「へえ、50年はここでスイカを作っとりますよ」
「50年?その間に同じような症状は出なかったのかしら?」
「そこはよくわからんのです。ただ、昔はこう一面のスイカ畑ではなかったんですわ」
「違ったの?」
「へえ。スイカを作る畑と、他のものを作って自分たちの食べる野菜を作る畑と、休みの畑があったんです。だけんど、今のご当主様になってから、せっかくの名産なのだから土地を余らせることなくたくさん作れとおっしゃいやして」
「……連作障害ね」
「連作障害、ですか、お嬢様?」
「連作障害というのはね、同じ野菜を同じ畑で続けて作ると、特定の病気や害虫が増えてしまって、その野菜が育ちにくくなることを言うの。今までこの村は畑を休ませたり、他の野菜を育てたりすることで、スイカを毎年同じ畑で作らないように調整していたの……誰かが学んだのか、実践の中で身につけた伝統なのかは分からないけれどもね。それなのに、お母様が毎年作らせるようになったことで、連作障害が起きてしまったんだわ」
エイヴァは畑を見渡した蔓を必死で伸ばして少しでも成長しようとするスイカの姿が痛々しく見えてしまうエイヴァは、きっと感受性が強いのだろう。
「今年の実りは、神のみぞ知るというところね。来年から畑を五つに分けなさい。その内の一カ所でのみスイカを育てます。ただし、カボチャあたりを使った接ぎ木苗にすること。他のスペースはローテーションして行きます。何を作ればよいか、作ってはいけないかは、一度邸に帰って調べた上でまた連絡します。お母様に何か言われるかもしれませんが、私の方からも伝えるので心配しなくていいわ」
「あ、ありがとうございやす、お嬢様」
「ごめんなさいね、ちゃんと連作障害が起こらないように配慮されていたのに、お母様がそれを壊してしまったの。でも、お母様から農業に関する事業を任されたから、これからは大丈夫よ。回復に時間は少しかかりますが、みんなで頑張りましょう。スイカの収入が減る分は、ローテーションする他の作物でカバーできるはずよ」
「みんなに伝えます。だけんど、ローテーションする作物の最初の苗を買うだけの収入が得られっかどうか……」
「分かった。それでは、こちらから苗を届けましょう。それを倍にして来年返してちょうだい」
「倍?それだけでいいんで?」
「私はあなたたちに物で貸し付けし、物で返してもらうの。利子は100%よ、結構あくどい高利貸しだと思うわ?」
「あ、ありがとうございやす!本当に、何とお礼を言ったらいいんだか……」
感激のあまり涙ぐんだ村長に、何事かと村人たちが集まってくる。涙声で事情を語った村長の話を聞いて、村人たちはみなエイヴァに膝をついた。
「お嬢様、ありがとうございやす!必ず倍にしてお返ししやす!」
「ええ、その代わり、目先の利益に飛びついては駄目よ?」
「はい、お約束しやす!」
村人たちの目がキラキラと輝いている。失敗すれば深い失望となるだろう。できるだけ早く村の経済状況を立て直すために何を作らせれば良いか、早急に計画が必要だ。
「ジョシュア、帰りましょう。すぐに図書館に行きます」
「ここまで来たんです、少しはのんびりなさっては?」
「お母様が農業部門を譲り渡してくれた。つまり私が経営してよいということよ。利益が上がれば、私の個人資産が増える。早く増やして、やりたいことがあるの」
「へえ、何ですか?」
「私専用の護衛集団……いえ、騎士団を作るの」
「騎士団、ですか?」
ジョシュアの足が止まった。
「お母様は、領民が悪漢にやられていたって気にしない。キャラバンを保護するための護衛だって最低限しか付けない。私は、領地それぞれに何人か、そうね、村の護衛、町の護衛とでもいうような者たちを置いて、治安をよくしたいの。お母様にお願いしたところで却下されるのが見えているから、私個人の資産から運営したいのよ」
「お嬢様……」
「実はね、少し前から良くない話があるの」
「良くない話?」
「ええ。成人直前の娘がある日忽然といなくなっているという報告が上がっているわ。誘拐かもしれない。それが複数起きているとすれば、直ぐ働けて、もうじき結婚もできる年齢の娘を狙って誘拐して売る……人身売買組織の関与を私は疑っているの」
「自らの意志で出ていった可能性はないのですか?」
「翌日デートの約束があった子、10日後に嫁入りが決まっていた子……そんな子が家出すると思う?」
「確かに、考えにくいですね」
「私は、エヴァンス領でこんな誘拐が起きることが許せない。エヴァンス領は安全な所だって領民に思ってもらいたい。お母様はきっと私が15才になったら、私に子爵を継がせて自分はあの男と遊んで暮らそうと思っているに違いないの。最近領内の税率が勝手に上がっていたのは、自分が悠々自適に暮らすためにお金が必要だから。まだお母様に対抗できるだけの力がないから表だっていろいろやれない分、仕事をして正当に資産を増やして私がやりたいことをやれるように準備したい」
「確かに、お嬢様の計画の実現には、莫大な資金が必要ですね」
「ジョシュアにも苦労させるわ。少しずつ人を雇って、あなたにその人たちを騎士として鍛えてもらわなければならないもの」
「ですが、私にはお嬢様の護衛という仕事が……」
「ええ。あなたが信頼できる部下が早くたくさん育てば、あなたは私の専属に戻れるわ。それに、私の騎士団の存在はお母様に隠しておきたい。今はまだ計画中なの。こうやって外に出た時、私の騎士団のあり方や育て方をジョシュアと相談したい。どう?」
「お嬢様のご下命とあらば、喜んで。でも」
ジョシュアはそっとエイヴァの頬に触れた。
「お嬢様はまだ11才なんです。もっと頼ってください……私を」
思いも掛けなかった言葉に、エイヴァの目が見開かれた。ハーヴェイ夫人も、ベンジャミンも、助けてくれる。こうやってジョシュアを付けてくれた。
「まだ、私がみんなを信頼しきれていないのね」
「つまり、私たちの努力もまだまだ足りないってことですね。でも、ハーヴェイ夫人とベンジャミンと私は、お嬢様とは運命共同体だと思っています。お嬢様が地獄に落ちるなら、私たちも一緒に落ちる覚悟です。ですから、もっと頼ってください……エイヴァ」
突然名前を呼ばれてエイヴァは驚いてジョシュアの顔を見上げた。今まで大きな体の護衛のお兄さん、としか思ってこなかったが……。
「ジョシュアって、男だったのね?」
「今更ですよ?」
クスクスと二人が笑う声がする。ヘイゼルだけが、二人の空気が少しだけ変化したことに気づいていた。
読んでくださってありがとうございました。
まだ次話が書き上がりません。頑張りますが、更新が遅れるかもしれません……
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