王宮2
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ジョシュアは自分が硬い表情をしていることに気づき、エイヴァの前ではいつものおだやかな表情を取り繕った。だが、エイヴァには気づかれていたらしい。
「ジョシュアも王宮は苦手?」
「いや、いきなりエイヴァを王宮に引きずり出したわけだろう? 陛下なのか王孫殿下なのか、誰が黒幕かは分からないが……少々強引だと思ってな」
「悪意がある可能性に注意ってことね」
「そうだ。それからこれも覚えておくんだ。アイザック様の兄上である現マーシャル伯爵は、王宮の法務局で勤めている。うちの……父が長官で、マーシャル伯爵が副長官だ」
「……近いところにいらっしゃるのね」
「それから、父は統括だが、王族の法務に関することはマーシャル伯爵が担当している」
「伯父様に出会す可能性もあるということ?」
「偶然か、それを装ってか、それはわからないが、いる可能性はあるだろう。もしいたならば注意した方がいい。あの人は、アイザック様のこともエイヴァのこともよく思っていないと聞いているから」
思わずため息が出てしまう。ただでさえ国王の前に突然連れて行かれるのに、一度も会ったことがないのに負の感情を向けてくるような伯父にまで対処しなければならないなんて、そう思うと頭痛がしそうだ。
馬車が止まった。王族の私的なエントランスのようだ。ジョシュアの手を借りて馬車を降りると、王孫殿下がにこやかに「こちらへ」と言って先を歩き出した。
王族のプライベートスペースにいる。それだけで怖い。奥まった一室の前に行くと、近衛兵がジョシュアに剣を預けるように指示した。
「陛下の御前で帯剣は許されていない。ジョシュア・ミルズについても入室するようにとのご指示なので、従ってもらうほかない」
「私も呼ばれたとは聞いていないが?」
「護衛騎士が来るならちょうど良い、だそうだ」
ジョシュアとエイヴァは顔を見合わせた。ジョシュアは剣を預けると、エイヴァの背を押すようにして扉の前に立った。形式通りなのか略式なのかも分からない流れに沿って、エイヴァの前の扉が開かれる。もう一つ向こうの扉が開くと、昼間であるにもかかわらず暗く、明かりが灯された廊下が現れた。思わず手を握りしめたエイヴァの緊張を、背中に力が入ったことで感じ取ったのだろう。ジョシュアはそっとエイヴァの手を引いて歩いてくれた。マナーとしてはどうかと思うが、今は恐怖に打ち勝つために、ジョシュアの手のぬくもりにすがりたい。
再び扉が現れると、先導していた近衛が大きな声でエイヴァたちの来訪を告げた。扉が開く。突然の明るさに目がくらむ。
そこにいたのは、国王だった。ジョシュアに従ってかなり手前で立ち止まる。ジョシュアが護衛としての立ち位置に戻った所で、エイヴァは礼を取った。
「エイヴァ・エヴァンスと、ジョシュア・ミルズか」
「はい、陛下。お初にお目にかかります。エヴァンス子爵家嫡女エイヴァ・エヴァンスでございます」
「そうか、お前がエイヴァか」
国王は立ち上がると、エイヴァのすぐ前にやって来た。
「こちらへ。座って話をしよう。ミルズも一緒に」
「はい」
二人は国王に指示された通りソファに腰を下ろした。落ち着いた見た目以上に、その座り心地の快適さにエイヴァは声を上げそうになった。腰を悪くした人に喜ばれそうだと思ったのだ。
「エヴァンスの娘。お前とお前の父を辛い目に遭わせてしまったことを、私は後悔している」
突然の王の言葉にエイヴァはどう反応すべきか分からず、王の顔をただ見つめた。
「妖精の取り替え子などという不可思議なことが起きたと分かった時、私はそれほど深く考えずに、本来の親の元へ戻すようにと言ったのだ。本来の家族なのだから、血の問題も愛情の問題も会えば全て解決するだろうと。だが、そうではなかった。年月を重ねた人の情というものは、そんな簡単なものではなかった。むしろ、血よりも大切なものだったのだと気づかされた。お前たちには本当に悪いことをしたと思っている。だから、保護者変更も婚約も、それからエヴァンス嬢の爵位継承についても、有無を言わせずに通した。こんなことでは足りないとは分かっている。だが、今、まずできることをした。それを分かってほしくてな。無理を言った」
「ですが、今回のお召しは陛下のお話だけではありませんよね」
「……どうしてそう思うのだ、ミルズ」
ジョシュアの問いかけに、王は問いで返した。
「陛下のお召しというだけであれば、呼出状一つで済むはず。それを、王孫殿下が側近候補たちと共に、口頭で、様々な人から見える状態でお声がけなさったと聞いております。つまり、陛下のお召しがあったことを学院の生徒職員に知らしめる目的もあった。そこに、王孫殿下のお考えがあるように推察いたします」
「そうだな」
王はエイヴァをじっくり見た。一本筋が通った娘だろう。編入テストの結果も良好だったと聞く。
「エヴァンス嬢。お前が子爵を継いだ後のことを考えた時、何が不足しているかわかるか?」
エイヴァは今日1日を思い返した。
「人脈と貴族としての常識・マナーでしょうか」
「そうだな。もう一つ、どうだ?」
エイヴァは考えた。あまり考える時間はない。
「……目、でございましょうか?」
「目、とな」
「はい。人を見る目、物を見る目。私は田舎者でございますので、見てきた物の質も量も王都の方々とは比べものにならぬほど少なく、その分視野が狭いと実感しております。目を育て、見極められるようにならなければ、領地領民とエヴァンス書庫を守り切れぬのではないかと考えております」
「そうだな。学問という部分では、お前は既に最終学年で学ぶことを知っているし、実際に領地経営をして思うこともあるだろう。だが、所詮田舎の小規模な領地経営だ。領地内だけで全てが収まるわけではないし、他の、特に高位貴族に足元をすくわれて領地領民を奪われるようなこともある。何かあった時に相談できるような家をマーシャル家以外にも持たねばならないだろう。グラハム家は中立公正な家だからどこの家にも肩入れはしない、そうだな?」
「仰せの通りでございます」
「だからこそ、お前は人脈を広げ、味方を多く持たねばならない。成人と同時に爵位を継承するのであれば、それこそ死に物狂いで今動かなければならないのだ。そこで、だ」
王はにやりと笑った。ドアをノックする音が聞こえ、誰かが入ってきた。
「王孫殿下……」
「孫を使え。将来の王だ、保険として悪くあるまい」
「つ、使う、とは?」
「エヴァンス嬢は、淑女科の一部生徒から理不尽に恨まれていることに気づいているだろうか?」
王孫の言葉に、ジョシュア絡みですね、とエイヴァは答えた。
「そうだ。シンプソン公爵令嬢は現在学院内で最も高位の令嬢ということもあり、どの科に対しても影響力を持っている。ミルズの件でそのシンプソン公爵令嬢の怒りを買い、取り巻きとしての価値を下げた令嬢がいてな、彼女がエヴァンス嬢に対して何か企んでいるようだ。そういうことにどう対応するか、エヴァンス嬢の手腕を見極めた上で、必要であれば私が介入しようと思う。それ以外にも必要な人脈作りのために力が必要であれば言ってほしい」
「なぜ、そこまで私を助けてくださるのでしょう」
エイヴァは静かに言った。
「たとえ妖精の取り替え子のことがあったとしても、あまりにも私が受け取るものが多すぎると思うのですが」
「妖精の取り替え子を元に戻したことで、本人のみならず次世代にまで負の問題が起きている。これを阻止するためには、その負の問題を解決しなければならない。王家が少し力を使うだけでそれが叶うというのなら、王家は問題解決のために力を尽くす。王命で始まった問題なのだから、王家が責任を持つのは当然だろう」
エイヴァはジョシュアを見た。微妙な顔だが、小さく頷かれた。
「ご厚意に感謝申し上げます。助けていただかなければならなくなった時には、是非ともお願い致します」
帰り道、エイヴァはじっと窓の外を見続けた。
王都は怖いところなのだということを強く実感させられた。
既に星が瞬き、街灯に火が灯されている中、マーシャル家の馬車は静かに郊外の邸へと走り抜けていった。
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